2人で過ごした夏は眩しかった。制服を着た僕は部活動に行く前に莉子の家に立ち寄った。


「蔵之介!」


 8:00になると眩しい笑顔が細い路地を駆けて来た。


「お待たせ!」

「おはよう」

「おはよう」


 莉子は連日図書館に通い受験勉強に励んでいた。


「毎日大変だね」

「蔵之介も3年生になったら同じよ、覚悟しなさい!」


 莉子は厳しい顔で僕に向き直った。


「僕はスポーツ特待生で私立大学に行くって決めたんだ」

「もう進路を決めたの!?」

「うん!顧問の先生が勧めてくれたんだ」

「すごいじゃない!」

「うん!」


 図書館へ向かうこの僅かな距離と時間が僕と莉子を繋いでいた。レンガ畳みに降り注ぐ蝉時雨(せみしぐれ)、白い陽炎(かげろう)、僕は自転車を引いてトートバックを肩に担いだ莉子の後ろを歩いた。


「莉子、今日もそんなに勉強するの」

「うん、この問題集解いてしまいたいから」

「莉子は凄いな」

「蔵之介はサッカーが上手でしょ、練習試合も勝ったんだよね」

「うん!2点ゴールしたよ!」

「凄いね!」

「ご褒美わんわん」

「調子に乗らないで!」


 莉子は真剣な顔で僕を睨みつけたが直ぐに仕方が無いなぁという顔で唇を近付けた。僕は帽子を脱いで2人の口元を隠した。


「莉子、好き」

「うん」


「じゃあ部活行くね!」

「自転車気を付けてね!」


 莉子が大きく手を振った。


(目指せ特待生!!)


 僕は一日も早く莉子に追いついて肩を並べて歩きたいと思った。そしてどこまでも高い夏空の空気を大きく吸い込んだ。






8月8日


 その日は雨が激しく降っていた。サッカーの練習試合は明後日に持ち越され僕は慌ててバスに飛び乗った。


(莉子、いるかな)


 停留所で降りた紺色の傘は小走りで図書館へと向かった。


(あぁ、もうびしょ濡れだよ)


 傘の雨粒を払い図書館に入ると濡れた肩がクーラーの風で冷えて肌寒かった。


(えーと)


 見回すといつもの席に莉子の後ろ頭を見付けた。


(莉子、いた!)


 そっと近付き手を伸ばして目隠しをした。


「だーれだ」

「ひやっ!」


 莉子は素っ頓狂な声で振り向き目隠しをした相手を確認すると「し・ず・か・に!」と唇の前で人差し指を立てて見せた。周囲からの痛い視線に晒された僕は莉子の隣に静かに座った。すると莉子がノートの端で筆談を始めた。




部活どうしたの


       雨で休み


そうなんだ


       うん



 莉子は水色のワンピースを着ていた。生地は真新しくマリーゴールドの花がプリントされふんわりとした半袖にはフリルが施されていた。僕はいつもと違う雰囲気の莉子にときめいた。




可愛いワンピースだね


          うん


初めて見た

          
          誕生日のプレゼントなの




「えええっ!」



 僕は大声で椅子から立ち上がった。周囲の冷たい視線に慌てた莉子が制服のズボンを引っ張り座るように促したが僕は愕然と立ち尽くした。


「莉子、莉子の誕生日っていつだったの?」

「7月30日」

「嘘、もう1週間も前じゃない!」

「どうしたの、静かにして座って」


 僕は気を取り直して椅子に座り莉子の顔を覗き込んだ。そしてノートにシャープペンシルで書き殴った。



どうして言ってくれなかったの!



 莉子は意味が分からないという表情で僕を凝視した。




僕たち付き合っているんだよね!


               そうだけど


誕生日は教えてよ!

         
              ごめん でも聞かれなかったから



 僕は日々の楽しさに浮かれ彼女に誕生日を尋ねる事を失念していた。莉子の性格を考えれば自分から誕生日を話す事は無かった。


「ごめん」

「どうしたの」

「今日はもう帰る」

「帰っちゃうの」

「用事を思い出したんだ」


 僕は雨の中一目散に家に帰り母親の背中に声を掛けた。


「母さん!」

「あら、部活動はどうしたの」

「休み!それより婆ちゃんから貰ったお年玉あるよね!?」

「銀行に預けてあるけど如何したの?」


 僕は雨で濡れた服を脱ぎ捨てTシャツに袖を通しジーンズに片脚を入れ四苦八苦しながら声を大にした。


「買いたい物があるんだ!キャッシュカード頂戴!」

「なに、いきなり」

「早く!お店が閉まっちゃう!」


 僕の剣幕に慌てた母親は茶箪笥の引き出しからキャッシュカードを取り出した。


「あんたゲーム買ったからもう10,000円くらいしか入ってないわよ」

「10,000円しかないの!?」

「なに言ってるの!10,000円全部使っちゃ駄目よ!」

「分かった!」


 僕は正月にゲーム機器を購入し携帯ゲームのアプリに課金をした中学3年生の自分を恨めしく思った。ただその時はまだ莉子と出会っていなかったので仕方のない事だが貯金は大事だと思った。


「あー!失敗した!」


 紺色の傘は街へと飛び出した。


 



 僕は婆ちゃんから貰ったお年玉で銀の指輪を買った。指輪のモチーフは莉子の好きなマリーゴールドで一目で気に入った僕は「これ下さい!」とショーケースを指差していた。


(いつ渡そうかな)


 勉強に励む莉子の横顔を伺い見ながら僕は指輪を渡すに相応しい場面(シーン)が無いかとGoogleで検索した。


(・・・・流れ星)


 恋占いのページには流れ星を見ながら告白すると恋が実ると書いてあった。将来、莉子と結婚をしたかった僕はその宇宙の(ちり)をひとつでも多く見る良い手立てが無いかと調べた。すると流星群の夜は1時間に10個以上の流れ星を見る事が出来るという。


(獅子座流星群、真夜中かぁ)


 高校生が深夜に出歩く事を親が許す筈が無かった。


(内緒で出られないかな)


 僕は獅子座流星群を眺めながら莉子の左手の薬指にマリーゴールドの指輪をはめたいと思った。