白い壁、赤茶のレンガ、木製の窓枠に扉。洋風の新築2階建てが私の家。庭にはハーブを植え、いつか子どもが生まれた時にと白いブランコを特注で作って貰った。天窓には青空に白い雲、珈琲の芳しい香りが台所に漂った。ヒッコリーのダイニングテーブルには目玉焼きと自家製ジャムのヨーグルトを準備した。


直也(なおや)さん、起きて!遅刻するよ!」

「ふあーーい」

「はい、おはよう」

「おはよう」


 半分眠気まなこで低血圧で朝に弱いパジャマ姿の夫が椅子に腰掛けトーストが焼き上がるのを待つ。手には新聞紙、株価のチェックは怠らない。


「莉子、結婚3周年は何処でお祝いする?」

「う〜ん、フレンチも魅力的だけれどイタリア料理も捨て難い」

「よく食うからな」

「直也さんがご馳走してくれるなんて1年に1回だけだからね!」

「ごもっとも」


 7月30日は私と直也さんの結婚記念日、そして私の29歳の誕生日だ。


「そうだ、調べたんだけどさ」

「うんうん、なにを調べたの」


 直也さんは目玉焼きは半熟が好き。


「結婚3年目は革婚式って言うんだって」

「かわ」

「ベルトとか靴の革よ、鶏皮じゃないからね」

「ふむふむ、分かってるよ」


 直也さんは猫舌なのでコーヒーは温め。


「で、どこでお祝いする?フレンチ料理ならホテルだな」

「おおお、おめかししなきゃ」

「あと2週間しかないんだからフレンチかイタリアンか決めておいて」

「は〜い」


 直也さんは朝寝坊のくせに夜の帰宅が遅いからという理由で朝のひとときは大事にする。しっかり語り合った後に慌てて着替えてネクタイを締める。


「ああっ、寝癖!お客様に笑われちゃうよ!」


 直也さんは保険の営業をしている。右と左の靴を履き違えて転びそうになって玄関の扉を閉めた。その背中を見送った私はその場で待つこと3分。


(来るぞ、来るぞ)


 朝の儀式を忘れた直也さんは蜻蛉返(とんぼかえ)りで戻って来た。


「んーーーー!」


 私たちは毎朝抱きしめ合い口付けた。


「今日も営業頑張るぞ!」

「いってらっしゃい、気を付けてね!」

「分かった!」


 そう言って振り返った直也さんは散歩中のダックスフントに吠えられ飛び上がった。


(おっちょこちょいなんだから)


 私はその滑稽(こっけい)な後ろ姿に失笑し朝食の片付けを始める。2個のコーヒーカップ、2枚の皿、2本のフォークをキッチンのシンクに沈めた。


(今日も良い天気、洗濯物も良く乾きそうね)


 掃除機をかける前にまずは洗濯機のスイッチを押してタオルやインナーを次々と放り込む。


(・・・・・ふう)


 月曜日、燃えるごみをごみ収集所に持っていくと近所のご婦人たちが「あの家のご主人は浮気をしている」だの「あそこの奥さんには彼氏が居るみたいよ」などと週刊誌並みの情報収集能力を遺憾(いかん)無く発揮しゴシップトークを交えている。


(直也さんにそんな気配はない)



私の名前は萩原 莉子(はぎわらりこ)28歳 専業主婦 結婚3年目

旧姓 市原 市原 莉子