あれから10年、6月15日土曜日。今日、僕と莉子は芝生公園の骨董市、マルシェで再会するはずだ。僕のテントの隣ではアンティークドールと年代物のオルゴールを陳列する高齢夫婦の姿があった。
 色とりどりのフラッグがはためき、僕が扱う陶器のカップや皿は飛ぶように売れた。その様子を見ていた高齢男性は僕に10,000円札を手渡して言う「お釣りはいらないよ、安いくらいだよ」と。


「お釣りはいらないよ、それは価値がある物だよ。安いくらいだよ」


 そして高齢男性は祖母が残したコレクションの陶器は大変価値のある物だと教えてくれる。そのメーカー名はコウルドン、僕は素知らぬ振りで首を傾げた。


「コウルドンってなんですか」

「イギリスから北アメリカに輸出されたアンティーク品だよ」

「そうなんですか」

「現在値段が高騰しているメーカー製品だから価格設定は高い方が良いよ」

「へぇ、そんなに高いんですね」


 僕の記憶が正しければテントの店仕舞いをしているときに莉子は現れる。


 星降る夜から時を飛び越えた僕は10年後の6月15日土曜日のマルシェにいた。胸に残る寂しさ、僕と莉子はなんらかの理由で別れた。記憶をなぞる様に店仕舞いを始めるとひとりの女性がテントの前に屈み込んだ。

「これ下さい」


 仰ぎ見たその面差しは莉子だった。莉子の額に痛々しい傷痕はなく髪の色は10年前と同じ薄茶で緩やかな巻き毛をひとつに結えていた。莉子はコウルドンの茶系の薔薇が描かれたティーカップとソーサーを2客買い求めた。


「3,500円になります」

「そんなに安くて良いんですか?」

「もう店仕舞いですから」


 莉子は紙袋を選ぶ。


「ビニール袋か紙袋、要りますか」

「あ、じゃあ紙袋で」


 彼女は1,000円札を4枚僕に手渡した。僕は緊張のあまり釣り銭箱で500円玉を探すが上手く掴めなかった。莉子は黒縁の眼鏡を掛け髪を伸ばし面差しが変わった26歳の僕に気付いていないのだろうか。


「はい、3.500円、500円のお釣りですね」


 莉子と僕はなんらかの理由で別れてしまった。莉子は僕に話し掛ける事はなかった。


「ありがとうございました」


 その時僕は彼女の左手の薬指に光る指輪を見付けてしまった。


「ありがとうございました」


 踵を返して立ち去る後ろ姿が滲んで見えた。僕はその場にしゃがみ込むと梱包に使っていた英字新聞を正方形に切って赤いマジックペンを握り携帯電話番号を書き込んでいた。


紙飛行機


 莉子に届けと願いを込めて大きく振りかぶった紙飛行機は彼女の足元に落ちた。莉子は芝生の上に落ちた紙飛行機を掴むとこちらを振り返った。僕は思わず深々とお辞儀をし、莉子も会釈をしてバスの停留所の列に並んだ。


(莉子、会いたかった)


 到着したバスに乗り込むその後ろ姿、椅子に座った莉子がこちらに向き直った。僕は10年の時を経て莉子と再会した。