二階座敷の宴会も高潮の時を超え、宴を後にする者、酔いつぶれて眠る者、皆の残り物と愚痴を肴にグダグダと飲み続ける者。卯兎と結卯、秋菟は、その間を縫うようにして片付けを始めていた。
「卯兎、これから風呂へ行くからな。あと、頼んだぞ」
先に寝所へ引き上げていた黄龍が座敷に顔を出した。
「皆も、もうそこそこにして、片付けを手伝ってやれ!」
『鶴のひと声』ならぬ、『龍のひと声』で、残っていた者も片付けを始めた。
厨と座敷を何往復かして、ようやく片付けを終え、掃き掃除をしてゴミを持って厨に戻ると、裏で竹暁が宴会に使った竹や笹をまとめていた。
「竹暁、ありがとね。アンタが助けてくれなかったら、今日はダメだったわ。ホントに助かったわ。あ。食器にした竹は置いていってくれる?また、ココで使いたいから」
「卯兎、そう言うと思った。せっかく作ったし、紗雪がきれいに洗ってくれた。弥狐が乾かしてくれて、厨の棚に仕舞ってある」
いまは、坊主頭の少年の人形ひとがたを取っている竹暁は、卯兎に御礼を言われて、照れくさそうに頭を掻きながら答えた。
「わぁー。みんな、気が利くね!ありがとう‼」
竹暁に御礼を言いながら中へ入ると、厨の中もきれいに片づいていた。こういうことは、結卯の得意なところだ。
「結卯、ありがとうね。厨、きれいに片づけてくれて」
卯兎の呼びかけに戻ってきたのは、結卯の嬌声。
店の方を覗くと、結卯が鬼堂にしなだれかかっている。
鬼堂の方は、明らかに迷惑そうな顔をして、体を躱そうとするが、結卯は逃さない。
「鬼丸ったら、やっだぁ〜」
躱されても躱されても、、甘えたようにしなだれかかる結卯。酔っているのかと思いきや、目は猛獣が獲物を狩るときのソレだ。
(鬼がウサギに狩られてちゃしょうがないわね)
卯兎がそんなことを心でつぶやいたと同時に、結卯がしなだれ掛かる逆側に懐かしい顔を見つけた。
「あらあら、私が宴を仕切ってる間に、龍の置物が一体増えてない?晦かいっ!久しぶり〜。朔と晦が揃うだけでも珍しいのに、鬼丸もいて、懐かし過ぎるわぁ~」
『おー卯兎‼』
置物三体が卯兎の声に答える。特に鬼堂など、これは好機とばかりに立ち上がって卯兎を迎えた。
急に立ち上がられて、支えを失った結卯は派手な音を立てて床に激突。
「いっ痛ぁーい」
結卯が頭を抱えながら立ち上がるのを「大丈夫かい?」と優しく声を掛けながら助け起こしたのは、青龍とそっくりの、晦・蒼龍だ。
蒼龍は、朔・青龍の双子の兄で、幼名を「晦」。
『朔』は、はじめ。『晦』はおわり。
そういう漢字の意味からすると兄弟逆のようだが、月は暗い新月から始まる。月のない日を表す『晦』はそういった意味では、最初ともいえる。
『朔』自体にも新月の意味があり、双子にはピッタリの名だったと言えるかも知れない。
その兄弟は、いまや『黄龍・八龍』入りする、青龍と蒼龍である。
龍族は、幽世を治めるトップの一族。
そのトップ・オブ・トップは、黄龍であり、その地位は世襲制ではなく、天啓により示される。
黄龍の補佐に、白龍、赤龍、黒龍、青龍の上四龍。この上四龍から、次代の黄龍が選ばれることが多い。が、それも天のみぞ知ることであり、絶対的なことではない。
この四龍の下に、蒼龍、金龍、銀龍、朱龍の下四龍が控え、次の上四龍はここから選ばれる。そしてここまでの龍が、『黄龍の八龍』と呼ばれる、龍族の、いや幽世の上層部である。
新たな八龍が選ばれるのは、その籍が空くとき。
しかし神族である龍は、基本的に不老長寿。その死は、神氣を失うときに迎える。いつ、どうして、神氣が失われるのか⁉誰も知らない。まさに「天のみぞ知る」天命なのだ。
それはある日突然、プツンと失われるものではなく、その兆候が現れ始め、徐々に失われていく。八龍の誰かの神氣が失われ始めると、時の黄龍と選ばれし龍に天啓が下される。
黄龍には、直感のような報せとして。選ばれし龍には、その髭の色に現れる。
通常、龍の髭には色がない。曇硝子のような無色の髭に、八龍のどれかの色が差し始め、徐々に濃くなっていく。龍が人形ひとがたを採ったとき、その髪の一房が髭に現れた色となるので、龍としていても人形であっても、天啓を受けたと一目瞭然である。
黄龍となった龍は、また話は別である。神氣が失われても、すぐに亡くなることはない。自分の後継・黄龍の神氣が失われ始めると、その役目と命を終える。それまでは、虹龍として、時の黄龍の後見を務める。
青龍である朔が、黄龍の天啓を受けたのは100年前。
現・黄龍が気分がすぐれないと、神事を白龍に任せ、半年ほど床についた。
その明けの神事の際に青龍を伴って現れ、次期・黄龍が青龍であるコトを告げると、皆に動揺が走った。なぜなら、その時点では朔は上四龍入りさえしておらず、八龍入りして銀龍になって間もなかったからだ。
150年前、双子の兄・晦に遅れること50年で、銀龍として八龍入りした。
奔放な朔より、物静かで柔和な晦の方が早く上四龍入りし、末は次期・黄龍だろうと、龍族・神族のみならず、神薙やあやかしたちでさえ、そう思っていた。
しかし、黄龍の隣に鎮座する青龍の一房の髪は、根本から鮮やかな黄色が差し、その先は抜けるような青色に染まっていた。
上四龍としての青龍への天啓と次期・黄龍への天啓が同時に朔に現れたのだ。
これまでになかったことではないが、一番驚いたのは、時の青龍である。次期・青龍が現れたということは、自分の遠からぬ消滅を示されているのだから無理もない。
「黄龍の陰謀だ!息子贔屓だ!こんな横暴が許されるのかッ‼」
大きく取り乱した。
「青龍っ!いい加減にしないかっ!お前の悪行を私が知らないと思ったか⁉上四龍であることを笠に、身分の低いあやかしを使って『ひと』たちをたぶらかしていたことを‼」
その場にいた全員が猛抗議を奮っていた青龍から距離を取って、冷たい視線を向ける。
「なんでだ?お前も、お前も、お前も潤っていただろ‼私だけのせいなのか?」
次々に指差された神薙、役人たちは、顔を背けて他の者の背に隠れている。
「心配するな、青龍よ。この償いはお前ひとりじゃない。関わった者全員が引責する。龍籍にあるものは、龍籍返上とし、その職を解く。『ひと』であるものは幽世での職を解き、現世へ戻したうえ、再び幽世へ踏み入れることまかりならんッ。そうと知らず関わったあやかしも可哀そうだが、罰を受けてもらう。鬼界の鬼たちのところで天狗堂からの沙汰を待て!」
青龍の悪事に関わっていたであろう、神薙もひともあやかしも顔色を失っている。なかには、泣いて許しを乞う者もいる。震えてしゃがみこんでしまった者もいる。
黄龍は、それらをジリッと見回し、最後に静かにしかし力強く言い放った。
「そうして…青龍の邪な行いに気づいたのちも数十年、『青龍自ら過ちを正してくれるだろう』と目を閉じていた私も黄龍の任を解かれる」
「これが天命である‼」
これを機に、朔は四龍入りし、次期・黄龍としてその座に就いている。
蒼龍・晦は、これを恨むことも羨むこともなく、弟・朔の前にひざまずき、心から寿ぎの言葉を述べた。青龍・朔は慌ててこれを止めようと、晦の腕を取り立たせようとしたが、晦は頑なにそれを拒み、頭こうべをより深く垂れた。
このときから晦は朔と一緒に住んでいた屋敷を出て「月の丘」と呼ばれる、幽玄界の外れに居を構えた。
生来、体が強くなかった晦は、同じ時期に幼少期を過ごした、卯兎や朔、結卯、鬼丸などと川や野山を駆け回って遊ぶことは少なく、書を読んだり、書いたり、絵を描いて過ごすことが多かった。
『月丘蒼邸』と呼ばれる屋敷で、いまもそうして過ごしていることが多いのだろう。街へ降りてくることがほとんどない。神事で幽玄館龍 別邸まで来ても、宴会には挨拶程度の顔出しに止とどめ、幽玄館に泊まることもせず、卯兎のいる『めし処』で静かに飲んで、食事をして帰っていく。
「晦、ホントに久しぶりねぇ。今日はどうしたの?神事にはいなかったのに…」
「ん?うーん・・・父さ・・・黄龍様に呼ばれてね。でも、ああいう宴の場所に入るのは苦手で、宴が終わるまでココでまたせてもらおうかなって」
「お前もか。俺は神事があったから、その後でって言われてたんだけど、その後すぐに宴になったから、ココに避難してた」
見た目は瓜二つ。髪のひと房の色だけが違う、蒼龍と青龍がそれぞれに答える。
「黄龍様は、息子二人に何のご用だったのかしら?あ‼あ~~~忘れてたっ!お湯のあとに、一杯召し上がりたいって仰られてんだった」
卯兎は、慌てて厨へ向かって、バタバタと準備を始めた。
卯兎の背を見送り、盃にまた新たに酒を満たした鬼堂が盃を蒼青の双子龍にに向けながら言った。
「晦は、なかなか『月丘の蒼邸』からお出ましにならんから、気になさってお呼びになったんだろうが、朔なぞ、ちょこちょこ顔を合わせておるだろうに、いまさらなんの御用だったのかのぅ?」
「知るかっ!もうちょっとしっかりやれ!とかそんな話だろ。どうせ!」
青龍はめんどくさそうに言い放つと、盃を大きく煽った。
「私だって、それなりに定期的にはご挨拶に行ってるから、思い当たることはないんだけどね」
蒼龍は、散らかった卓の上を片付けながら答えた。
「お前さぁ、あんなに寂しい場所でよく一人でいられるな」
片づけている蒼龍の手元を見ながら、鬼堂は自分の方がよほど寂しそうに尋ねた。
「鬼丸、いつもありがとう」
「な、なにがだよっ」
「子どものときから、鬼丸はいつも私のこと気に掛けてくれてたよね。みんなで山へ遊びに行けば、胡桃や木の実。川へ行けば沢蟹や川魚を持ってきてくれたよね。あまり外で一緒に遊べなかった私に。私が行けなかった日は必ず何かお土産持ってきてくれたよね」
「そうそう。ホント優しいんだよねぇ」
ここぞとばかりに、鬼堂の腕に絡みつく結卯。
「そんなこと、ねぇよッ。ついでだから」
「ホッホッホッ。そういえば、晦の寝床の蚊帳の中に蛍をてんこ盛り連れこんだら、翌朝、蛍の死骸だらけ。乳母だった妖狐のお銀に、晦がこっぴどく叱られて、朝から掃除させられてたコトもあったのぅ…」
『父さんっ』
『黄龍様ッ』
「えぇ〜〜。黄龍様、いま、お部屋にお持ちしようと…」
みんなの声を聞いて、晩酌の用意をした盆を掲げて、卯兎が厨から出てきた。
「おぉ、みな、ここにおったのか。卯兎、ここで良い。皆とココで寝酒をもらおう」
「父さ…黄龍様、こちらからお部屋の方へ伺おうと思うておりましたのに…」
「晦、堅いことはヌキだ。ここには身内しかおらん。晦、朔、父さんで良いではないか。のう、鬼丸?鬼堂とお呼びしたほうが良いかな⁉」
「黄龍様、もったいないことでございます。どうぞ『鬼丸』とお呼びつけくださいまし」
「で?何だったんだ?俺たちを呼びつけたのは?」
「朔、堅いことはヌキだと言うただろ。まずは、皆で一杯、やらんか?」
「あら…アタクシは、仲間はずれですの?母なのに」
『母さんっ』
『姫さまっ』
姫龍は、優雅に滑るように室内に入ると、素早く双子龍の頭を搔き抱いた。
「元気にしてたの?」
「離せよ!ガキじゃあるまいし」
「母さん、心配かけてすみません。元気ですよ」
「おお。コレで全員揃ったの。卯兎、お前もここへ来て、一緒にやろう」
「ハイ…それでは皆に、改めて肴を用意してから参ります。先にお始めください」
「卯兎、わたくし、先ほどの御酒をいただきたいわ。まだあるかしら?」
「ハイ。姫龍さま、鬼桃を潰すのに少しお時間いただければ」
「なに?さっきの姫のための御酒か。わたしもそれがイイな」
「御大、アレは、卯兎がわたくしのために・・・用意してくれた、特別な御酒ですのよ?」
またジャレあうようなやり取りを始めた黄龍夫妻の前に、潰した鬼桃を載せた皿と冷酒、二つの盃が差し出された。
「卯兎、さすがだな。よしっ。皆揃った。始めよう、懐かしの宴を!」
「卯兎、これから風呂へ行くからな。あと、頼んだぞ」
先に寝所へ引き上げていた黄龍が座敷に顔を出した。
「皆も、もうそこそこにして、片付けを手伝ってやれ!」
『鶴のひと声』ならぬ、『龍のひと声』で、残っていた者も片付けを始めた。
厨と座敷を何往復かして、ようやく片付けを終え、掃き掃除をしてゴミを持って厨に戻ると、裏で竹暁が宴会に使った竹や笹をまとめていた。
「竹暁、ありがとね。アンタが助けてくれなかったら、今日はダメだったわ。ホントに助かったわ。あ。食器にした竹は置いていってくれる?また、ココで使いたいから」
「卯兎、そう言うと思った。せっかく作ったし、紗雪がきれいに洗ってくれた。弥狐が乾かしてくれて、厨の棚に仕舞ってある」
いまは、坊主頭の少年の人形ひとがたを取っている竹暁は、卯兎に御礼を言われて、照れくさそうに頭を掻きながら答えた。
「わぁー。みんな、気が利くね!ありがとう‼」
竹暁に御礼を言いながら中へ入ると、厨の中もきれいに片づいていた。こういうことは、結卯の得意なところだ。
「結卯、ありがとうね。厨、きれいに片づけてくれて」
卯兎の呼びかけに戻ってきたのは、結卯の嬌声。
店の方を覗くと、結卯が鬼堂にしなだれかかっている。
鬼堂の方は、明らかに迷惑そうな顔をして、体を躱そうとするが、結卯は逃さない。
「鬼丸ったら、やっだぁ〜」
躱されても躱されても、、甘えたようにしなだれかかる結卯。酔っているのかと思いきや、目は猛獣が獲物を狩るときのソレだ。
(鬼がウサギに狩られてちゃしょうがないわね)
卯兎がそんなことを心でつぶやいたと同時に、結卯がしなだれ掛かる逆側に懐かしい顔を見つけた。
「あらあら、私が宴を仕切ってる間に、龍の置物が一体増えてない?晦かいっ!久しぶり〜。朔と晦が揃うだけでも珍しいのに、鬼丸もいて、懐かし過ぎるわぁ~」
『おー卯兎‼』
置物三体が卯兎の声に答える。特に鬼堂など、これは好機とばかりに立ち上がって卯兎を迎えた。
急に立ち上がられて、支えを失った結卯は派手な音を立てて床に激突。
「いっ痛ぁーい」
結卯が頭を抱えながら立ち上がるのを「大丈夫かい?」と優しく声を掛けながら助け起こしたのは、青龍とそっくりの、晦・蒼龍だ。
蒼龍は、朔・青龍の双子の兄で、幼名を「晦」。
『朔』は、はじめ。『晦』はおわり。
そういう漢字の意味からすると兄弟逆のようだが、月は暗い新月から始まる。月のない日を表す『晦』はそういった意味では、最初ともいえる。
『朔』自体にも新月の意味があり、双子にはピッタリの名だったと言えるかも知れない。
その兄弟は、いまや『黄龍・八龍』入りする、青龍と蒼龍である。
龍族は、幽世を治めるトップの一族。
そのトップ・オブ・トップは、黄龍であり、その地位は世襲制ではなく、天啓により示される。
黄龍の補佐に、白龍、赤龍、黒龍、青龍の上四龍。この上四龍から、次代の黄龍が選ばれることが多い。が、それも天のみぞ知ることであり、絶対的なことではない。
この四龍の下に、蒼龍、金龍、銀龍、朱龍の下四龍が控え、次の上四龍はここから選ばれる。そしてここまでの龍が、『黄龍の八龍』と呼ばれる、龍族の、いや幽世の上層部である。
新たな八龍が選ばれるのは、その籍が空くとき。
しかし神族である龍は、基本的に不老長寿。その死は、神氣を失うときに迎える。いつ、どうして、神氣が失われるのか⁉誰も知らない。まさに「天のみぞ知る」天命なのだ。
それはある日突然、プツンと失われるものではなく、その兆候が現れ始め、徐々に失われていく。八龍の誰かの神氣が失われ始めると、時の黄龍と選ばれし龍に天啓が下される。
黄龍には、直感のような報せとして。選ばれし龍には、その髭の色に現れる。
通常、龍の髭には色がない。曇硝子のような無色の髭に、八龍のどれかの色が差し始め、徐々に濃くなっていく。龍が人形ひとがたを採ったとき、その髪の一房が髭に現れた色となるので、龍としていても人形であっても、天啓を受けたと一目瞭然である。
黄龍となった龍は、また話は別である。神氣が失われても、すぐに亡くなることはない。自分の後継・黄龍の神氣が失われ始めると、その役目と命を終える。それまでは、虹龍として、時の黄龍の後見を務める。
青龍である朔が、黄龍の天啓を受けたのは100年前。
現・黄龍が気分がすぐれないと、神事を白龍に任せ、半年ほど床についた。
その明けの神事の際に青龍を伴って現れ、次期・黄龍が青龍であるコトを告げると、皆に動揺が走った。なぜなら、その時点では朔は上四龍入りさえしておらず、八龍入りして銀龍になって間もなかったからだ。
150年前、双子の兄・晦に遅れること50年で、銀龍として八龍入りした。
奔放な朔より、物静かで柔和な晦の方が早く上四龍入りし、末は次期・黄龍だろうと、龍族・神族のみならず、神薙やあやかしたちでさえ、そう思っていた。
しかし、黄龍の隣に鎮座する青龍の一房の髪は、根本から鮮やかな黄色が差し、その先は抜けるような青色に染まっていた。
上四龍としての青龍への天啓と次期・黄龍への天啓が同時に朔に現れたのだ。
これまでになかったことではないが、一番驚いたのは、時の青龍である。次期・青龍が現れたということは、自分の遠からぬ消滅を示されているのだから無理もない。
「黄龍の陰謀だ!息子贔屓だ!こんな横暴が許されるのかッ‼」
大きく取り乱した。
「青龍っ!いい加減にしないかっ!お前の悪行を私が知らないと思ったか⁉上四龍であることを笠に、身分の低いあやかしを使って『ひと』たちをたぶらかしていたことを‼」
その場にいた全員が猛抗議を奮っていた青龍から距離を取って、冷たい視線を向ける。
「なんでだ?お前も、お前も、お前も潤っていただろ‼私だけのせいなのか?」
次々に指差された神薙、役人たちは、顔を背けて他の者の背に隠れている。
「心配するな、青龍よ。この償いはお前ひとりじゃない。関わった者全員が引責する。龍籍にあるものは、龍籍返上とし、その職を解く。『ひと』であるものは幽世での職を解き、現世へ戻したうえ、再び幽世へ踏み入れることまかりならんッ。そうと知らず関わったあやかしも可哀そうだが、罰を受けてもらう。鬼界の鬼たちのところで天狗堂からの沙汰を待て!」
青龍の悪事に関わっていたであろう、神薙もひともあやかしも顔色を失っている。なかには、泣いて許しを乞う者もいる。震えてしゃがみこんでしまった者もいる。
黄龍は、それらをジリッと見回し、最後に静かにしかし力強く言い放った。
「そうして…青龍の邪な行いに気づいたのちも数十年、『青龍自ら過ちを正してくれるだろう』と目を閉じていた私も黄龍の任を解かれる」
「これが天命である‼」
これを機に、朔は四龍入りし、次期・黄龍としてその座に就いている。
蒼龍・晦は、これを恨むことも羨むこともなく、弟・朔の前にひざまずき、心から寿ぎの言葉を述べた。青龍・朔は慌ててこれを止めようと、晦の腕を取り立たせようとしたが、晦は頑なにそれを拒み、頭こうべをより深く垂れた。
このときから晦は朔と一緒に住んでいた屋敷を出て「月の丘」と呼ばれる、幽玄界の外れに居を構えた。
生来、体が強くなかった晦は、同じ時期に幼少期を過ごした、卯兎や朔、結卯、鬼丸などと川や野山を駆け回って遊ぶことは少なく、書を読んだり、書いたり、絵を描いて過ごすことが多かった。
『月丘蒼邸』と呼ばれる屋敷で、いまもそうして過ごしていることが多いのだろう。街へ降りてくることがほとんどない。神事で幽玄館龍 別邸まで来ても、宴会には挨拶程度の顔出しに止とどめ、幽玄館に泊まることもせず、卯兎のいる『めし処』で静かに飲んで、食事をして帰っていく。
「晦、ホントに久しぶりねぇ。今日はどうしたの?神事にはいなかったのに…」
「ん?うーん・・・父さ・・・黄龍様に呼ばれてね。でも、ああいう宴の場所に入るのは苦手で、宴が終わるまでココでまたせてもらおうかなって」
「お前もか。俺は神事があったから、その後でって言われてたんだけど、その後すぐに宴になったから、ココに避難してた」
見た目は瓜二つ。髪のひと房の色だけが違う、蒼龍と青龍がそれぞれに答える。
「黄龍様は、息子二人に何のご用だったのかしら?あ‼あ~~~忘れてたっ!お湯のあとに、一杯召し上がりたいって仰られてんだった」
卯兎は、慌てて厨へ向かって、バタバタと準備を始めた。
卯兎の背を見送り、盃にまた新たに酒を満たした鬼堂が盃を蒼青の双子龍にに向けながら言った。
「晦は、なかなか『月丘の蒼邸』からお出ましにならんから、気になさってお呼びになったんだろうが、朔なぞ、ちょこちょこ顔を合わせておるだろうに、いまさらなんの御用だったのかのぅ?」
「知るかっ!もうちょっとしっかりやれ!とかそんな話だろ。どうせ!」
青龍はめんどくさそうに言い放つと、盃を大きく煽った。
「私だって、それなりに定期的にはご挨拶に行ってるから、思い当たることはないんだけどね」
蒼龍は、散らかった卓の上を片付けながら答えた。
「お前さぁ、あんなに寂しい場所でよく一人でいられるな」
片づけている蒼龍の手元を見ながら、鬼堂は自分の方がよほど寂しそうに尋ねた。
「鬼丸、いつもありがとう」
「な、なにがだよっ」
「子どものときから、鬼丸はいつも私のこと気に掛けてくれてたよね。みんなで山へ遊びに行けば、胡桃や木の実。川へ行けば沢蟹や川魚を持ってきてくれたよね。あまり外で一緒に遊べなかった私に。私が行けなかった日は必ず何かお土産持ってきてくれたよね」
「そうそう。ホント優しいんだよねぇ」
ここぞとばかりに、鬼堂の腕に絡みつく結卯。
「そんなこと、ねぇよッ。ついでだから」
「ホッホッホッ。そういえば、晦の寝床の蚊帳の中に蛍をてんこ盛り連れこんだら、翌朝、蛍の死骸だらけ。乳母だった妖狐のお銀に、晦がこっぴどく叱られて、朝から掃除させられてたコトもあったのぅ…」
『父さんっ』
『黄龍様ッ』
「えぇ〜〜。黄龍様、いま、お部屋にお持ちしようと…」
みんなの声を聞いて、晩酌の用意をした盆を掲げて、卯兎が厨から出てきた。
「おぉ、みな、ここにおったのか。卯兎、ここで良い。皆とココで寝酒をもらおう」
「父さ…黄龍様、こちらからお部屋の方へ伺おうと思うておりましたのに…」
「晦、堅いことはヌキだ。ここには身内しかおらん。晦、朔、父さんで良いではないか。のう、鬼丸?鬼堂とお呼びしたほうが良いかな⁉」
「黄龍様、もったいないことでございます。どうぞ『鬼丸』とお呼びつけくださいまし」
「で?何だったんだ?俺たちを呼びつけたのは?」
「朔、堅いことはヌキだと言うただろ。まずは、皆で一杯、やらんか?」
「あら…アタクシは、仲間はずれですの?母なのに」
『母さんっ』
『姫さまっ』
姫龍は、優雅に滑るように室内に入ると、素早く双子龍の頭を搔き抱いた。
「元気にしてたの?」
「離せよ!ガキじゃあるまいし」
「母さん、心配かけてすみません。元気ですよ」
「おお。コレで全員揃ったの。卯兎、お前もここへ来て、一緒にやろう」
「ハイ…それでは皆に、改めて肴を用意してから参ります。先にお始めください」
「卯兎、わたくし、先ほどの御酒をいただきたいわ。まだあるかしら?」
「ハイ。姫龍さま、鬼桃を潰すのに少しお時間いただければ」
「なに?さっきの姫のための御酒か。わたしもそれがイイな」
「御大、アレは、卯兎がわたくしのために・・・用意してくれた、特別な御酒ですのよ?」
またジャレあうようなやり取りを始めた黄龍夫妻の前に、潰した鬼桃を載せた皿と冷酒、二つの盃が差し出された。
「卯兎、さすがだな。よしっ。皆揃った。始めよう、懐かしの宴を!」
