景子が件の「幽世ツアー」募集を瞳子に教えてから数日が経ち、景子の『幽世』熱も随分治まったかにみえていた。
しかし幽世ツアー騒ぎは、世間では大盛りあがりをみせている。
「今回の募集には、全国から10万人以上が応募したものの、一次選考を通過したのはわずか100人以下だということです!特に“薬指に星の印”の条件を満たそうと、フェイクタトゥーを入れた応募者が続出。審査基準を満たさないとして、大半が落選しているようです。」
テレビでレポーターが興奮気味に伝えている。
タトゥ以外にも『40歳以上』と云われているにも関わらず、生年・干支を偽る者が多く、どう見ても20代30代の女性からの応募が引きも切らず。主催者側が困惑しているとか…。
「幽世ってそんなに魅力的なとこかしらね」
テレビを見ながら瞳子が呆れ顔に言う。
「瞳子さんは、興味ないの?」
夫の雪兎が、瞳子のカップにコーヒーを継ぎ足しながら尋ねる。
「えぇっ⁉雪兎、興味あるの?行ってみたいの?どーせ、死ぬときには立ち寄るんだよ?いま行かなくて良くない⁉」
「う〜ん…。ちょっと興味あるかな⁉死ぬときに行ったら、ひとりじゃない。生きているうちに瞳子さんと行って、思い出があったら、死ぬときにひとりで行っても、そこに思い出があるわけじゃない。そしたら、光の湖もひとりで渡れるかな⁉って。ホラ、僕ってひとりっ子だったじゃない。だから、ひとりは平気だったんだけど…瞳子さんと一緒になってからは、ひとりで居たり、ひとりでなにかするのは寂しくてね」
雪兎は、ボソボソと独り言のように言うと、照れくさそうに笑いながら、コーヒーを飲み干した。そんな雪兎をみながら、瞳子は改めて雪兎との再婚は間違ってなかったとひとりニヤけている。
「雪兎らしいね。私もひとりで橋を渡れるか自信ないなぁ…」
コーヒーカップの縁を指で撫でながら、上目遣いに雪兎を見ると、包み込むような笑顔で瞳子を見返しながら瞳子の頭を宥めるようにポンポンっとする。
白髪交じりの髪を見なければ、60をもう二、三年超えたとは思えない笑顔は若々しく、いつも瞳子を癒やしてくれる。
瞳子と雪兎は、バツイチ同士で知りあった。
前婚のコトは、お互いに多くを語らないけれど、「いまが幸せだからそれでイイ」と共に納得している。
「私は今日リモートだけど、雪兎は?」
「あぁ、僕はちょっと会社に行って、現場見てくるよ。瞳子さん、お昼、一緒にどう?」
「いいネ♪でもオンライン会議が11時からだから、合流できるのは午後イチくらいになりそうだけど?」
「いいよ。じゃ、午後イチくらいに…う〜ん…カフェ・トゥツィでどう?」
『カフェ・トゥツィ』は、瞳子と雪兎が出逢った店。以来、店から常連として認識されるほど通っている、飲茶を中心とした中華カフェだ。
「飲茶か…イイね♪午後イチくらいにね!」
朝食の片づけをして、雪兎を送り出し、瞳子は仕事を始めた。
*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*
リモート会議を終えて、時計に目をやると、12時を少し回ったところ。
『カフェ・トゥツィ』は、瞳子の家から行くと地元駅の反対側の商店街の中ほどにある。瞳子の家からは、駅まで10分弱。パソコンを片づけて、シャワー浴びて着替えたら、頃合いの時間。よしっ!掛け声とともに、瞳子は予定の行動に移った。
サクサクと後片付けを済ませ、シャワーを浴びて髪を乾かしていると、スマホがチカチカ光り、着信を知らせている。ドライヤーを止めて、スマホを手に取ると、景子からの着信だ。
ん??なんだろ?
さっきのオンライン会議後に、会社で何かあったかな⁉
画面をスライドさせて、電話に出ると飛び込んできた景子の興奮した声。
「う、ウコさんッ‼た、大変です〜‼」
「え?なに?あの企画、なんか問題出た?」
瞳子が、退職前の最後の大仕事として企画した、学生の就活と企業の求人をマッチングさせるイベント企画。
さっきのオンラインミーティングでの社内プレゼンでは好評価な手応えを得たと思っていたのだが…。
「あ〜、仕事の話じゃないです」
急に声のトーンが色を失う。
「は?じゃ、なにッ?景子ぉ、私、ちょっと出掛けるんで急いでるんだけど?」
「あ、お出掛けですか?どちらに?私も行きますっ。表で会いましょう」
「えぇ?いいわよ!来なくて!切るわよ」
「なんでですかぁ〜。雪兎さんとデートですか?イイなぁ〜。
あ。でも雪兎さんもご一緒なら、その方が都合いいかも!やっぱ、私も行きます!どこですか?」
雪兎も一緒の方が都合がいいって、なんだろう?
そんなことを考えているうちに、景子に押し切られるようにして、待ち合わせの『カフェ・トゥツィ』の場所を教えてしまった。
電話を切ってから「しまった!」と思ったところで後の祭り。
雪兎が「2人」で予約を取っているといけないと思い、電話を入れて、景子が来ることを伝えた。
「へぇ。景子ちゃんと会うの久しぶりだなぁ。予約は2人って入れてるけど、料理は行って決めるコトにしてるし、平日だから、ひとりくらい増えても大丈夫でしょ。僕、もうちょっとで着くから、席、確保しておくよ」
(雪兎ぉ〜、そーゆーことじゃないのよ。もぉ〜‼久々の2人での外食なのに!)
でも雪兎のそういうところも好きなところではある。
13時をかなり過ぎて『カフェ・トゥツィ』に瞳子が着くと、テラス席でニコニコと笑いながら手を振る雪兎。
そして…隣には、景子。
「ウコさん、遅い!遅いッ!」
・・・景子…なんで?早っ‼
つか、遅れたのはアンタのせいだっちゅーの!
一瞬、イラッとして目がつり上がったが、気を取り直してパチパチと瞬きを数度。
怒りに吊り上がった眦を修整しつつ雪兎に声を掛ける。
「ゴメン!ゴメン、待たせたね」
「いいんだよ。約束は『午後イチくらいに』だっただろ?まだその範囲だ。さて、瞳子さんも、景子ちゃんも腹減ったろ?なに食べる?」
雪兎は、瞳子を景子とは逆側の隣に座らせて、メニューを広げた。
― 小龍包、海老蒸し餃子、鶏肉とザーサイの蒸し物、海老チリ、冷製クラゲ、腸詰め、皮蛋、金華豚の甘酢ソース、白麻婆豆腐、牛肉と野菜のブラックペッパーソース… ―
3人でも多すぎじゃないかと思うほど注文したうえに
「今日は平日なので、北京ダックはごさいませんが、『金華ハムと真鯛の汁そば』のご用意がごさいますよ」
という店長のひと言に載せられた雪兎。
「じゃ、ソレも!」
・・・マジか・・・雪兎…大丈夫かぁ??
*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*
さすがに、食べ過ぎた…。
しかし、甘いモノは別腹。
瞳子は、杏仁豆腐。景子は、マンゴープリン。雪兎は、タピオカ入りココナッツミルク。
お腹も落ち着いて、デザートでまったりしたところで思い出した。
「あれ?景子、なんか話があったんじゃないの?」
「あぁ〜!すっかり忘れるところでした‼」
そんなにカンタンに忘れるようなコトをあんな大騒ぎに電話してきたのか!ま、こんなところも景子の景子たる所以だ。
大したことではなかったのだろうと、流そうとしたときに、景子が一枚の紙をテーブルに置いた。
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盈月 瞳子様の代理人様
ご応募ありがとうございます。
多数の応募のなか、盈月様は書類選考を通過されました。
つきましては、後日、面談のうえ最終決定させていただきたく、
ご本人様のご都合の良い日時をご指定いただければと存じます。
お返事、心よりお待ち申しあげます。
幽世ツアーズ
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しかし幽世ツアー騒ぎは、世間では大盛りあがりをみせている。
「今回の募集には、全国から10万人以上が応募したものの、一次選考を通過したのはわずか100人以下だということです!特に“薬指に星の印”の条件を満たそうと、フェイクタトゥーを入れた応募者が続出。審査基準を満たさないとして、大半が落選しているようです。」
テレビでレポーターが興奮気味に伝えている。
タトゥ以外にも『40歳以上』と云われているにも関わらず、生年・干支を偽る者が多く、どう見ても20代30代の女性からの応募が引きも切らず。主催者側が困惑しているとか…。
「幽世ってそんなに魅力的なとこかしらね」
テレビを見ながら瞳子が呆れ顔に言う。
「瞳子さんは、興味ないの?」
夫の雪兎が、瞳子のカップにコーヒーを継ぎ足しながら尋ねる。
「えぇっ⁉雪兎、興味あるの?行ってみたいの?どーせ、死ぬときには立ち寄るんだよ?いま行かなくて良くない⁉」
「う〜ん…。ちょっと興味あるかな⁉死ぬときに行ったら、ひとりじゃない。生きているうちに瞳子さんと行って、思い出があったら、死ぬときにひとりで行っても、そこに思い出があるわけじゃない。そしたら、光の湖もひとりで渡れるかな⁉って。ホラ、僕ってひとりっ子だったじゃない。だから、ひとりは平気だったんだけど…瞳子さんと一緒になってからは、ひとりで居たり、ひとりでなにかするのは寂しくてね」
雪兎は、ボソボソと独り言のように言うと、照れくさそうに笑いながら、コーヒーを飲み干した。そんな雪兎をみながら、瞳子は改めて雪兎との再婚は間違ってなかったとひとりニヤけている。
「雪兎らしいね。私もひとりで橋を渡れるか自信ないなぁ…」
コーヒーカップの縁を指で撫でながら、上目遣いに雪兎を見ると、包み込むような笑顔で瞳子を見返しながら瞳子の頭を宥めるようにポンポンっとする。
白髪交じりの髪を見なければ、60をもう二、三年超えたとは思えない笑顔は若々しく、いつも瞳子を癒やしてくれる。
瞳子と雪兎は、バツイチ同士で知りあった。
前婚のコトは、お互いに多くを語らないけれど、「いまが幸せだからそれでイイ」と共に納得している。
「私は今日リモートだけど、雪兎は?」
「あぁ、僕はちょっと会社に行って、現場見てくるよ。瞳子さん、お昼、一緒にどう?」
「いいネ♪でもオンライン会議が11時からだから、合流できるのは午後イチくらいになりそうだけど?」
「いいよ。じゃ、午後イチくらいに…う〜ん…カフェ・トゥツィでどう?」
『カフェ・トゥツィ』は、瞳子と雪兎が出逢った店。以来、店から常連として認識されるほど通っている、飲茶を中心とした中華カフェだ。
「飲茶か…イイね♪午後イチくらいにね!」
朝食の片づけをして、雪兎を送り出し、瞳子は仕事を始めた。
*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*
リモート会議を終えて、時計に目をやると、12時を少し回ったところ。
『カフェ・トゥツィ』は、瞳子の家から行くと地元駅の反対側の商店街の中ほどにある。瞳子の家からは、駅まで10分弱。パソコンを片づけて、シャワー浴びて着替えたら、頃合いの時間。よしっ!掛け声とともに、瞳子は予定の行動に移った。
サクサクと後片付けを済ませ、シャワーを浴びて髪を乾かしていると、スマホがチカチカ光り、着信を知らせている。ドライヤーを止めて、スマホを手に取ると、景子からの着信だ。
ん??なんだろ?
さっきのオンライン会議後に、会社で何かあったかな⁉
画面をスライドさせて、電話に出ると飛び込んできた景子の興奮した声。
「う、ウコさんッ‼た、大変です〜‼」
「え?なに?あの企画、なんか問題出た?」
瞳子が、退職前の最後の大仕事として企画した、学生の就活と企業の求人をマッチングさせるイベント企画。
さっきのオンラインミーティングでの社内プレゼンでは好評価な手応えを得たと思っていたのだが…。
「あ〜、仕事の話じゃないです」
急に声のトーンが色を失う。
「は?じゃ、なにッ?景子ぉ、私、ちょっと出掛けるんで急いでるんだけど?」
「あ、お出掛けですか?どちらに?私も行きますっ。表で会いましょう」
「えぇ?いいわよ!来なくて!切るわよ」
「なんでですかぁ〜。雪兎さんとデートですか?イイなぁ〜。
あ。でも雪兎さんもご一緒なら、その方が都合いいかも!やっぱ、私も行きます!どこですか?」
雪兎も一緒の方が都合がいいって、なんだろう?
そんなことを考えているうちに、景子に押し切られるようにして、待ち合わせの『カフェ・トゥツィ』の場所を教えてしまった。
電話を切ってから「しまった!」と思ったところで後の祭り。
雪兎が「2人」で予約を取っているといけないと思い、電話を入れて、景子が来ることを伝えた。
「へぇ。景子ちゃんと会うの久しぶりだなぁ。予約は2人って入れてるけど、料理は行って決めるコトにしてるし、平日だから、ひとりくらい増えても大丈夫でしょ。僕、もうちょっとで着くから、席、確保しておくよ」
(雪兎ぉ〜、そーゆーことじゃないのよ。もぉ〜‼久々の2人での外食なのに!)
でも雪兎のそういうところも好きなところではある。
13時をかなり過ぎて『カフェ・トゥツィ』に瞳子が着くと、テラス席でニコニコと笑いながら手を振る雪兎。
そして…隣には、景子。
「ウコさん、遅い!遅いッ!」
・・・景子…なんで?早っ‼
つか、遅れたのはアンタのせいだっちゅーの!
一瞬、イラッとして目がつり上がったが、気を取り直してパチパチと瞬きを数度。
怒りに吊り上がった眦を修整しつつ雪兎に声を掛ける。
「ゴメン!ゴメン、待たせたね」
「いいんだよ。約束は『午後イチくらいに』だっただろ?まだその範囲だ。さて、瞳子さんも、景子ちゃんも腹減ったろ?なに食べる?」
雪兎は、瞳子を景子とは逆側の隣に座らせて、メニューを広げた。
― 小龍包、海老蒸し餃子、鶏肉とザーサイの蒸し物、海老チリ、冷製クラゲ、腸詰め、皮蛋、金華豚の甘酢ソース、白麻婆豆腐、牛肉と野菜のブラックペッパーソース… ―
3人でも多すぎじゃないかと思うほど注文したうえに
「今日は平日なので、北京ダックはごさいませんが、『金華ハムと真鯛の汁そば』のご用意がごさいますよ」
という店長のひと言に載せられた雪兎。
「じゃ、ソレも!」
・・・マジか・・・雪兎…大丈夫かぁ??
*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*
さすがに、食べ過ぎた…。
しかし、甘いモノは別腹。
瞳子は、杏仁豆腐。景子は、マンゴープリン。雪兎は、タピオカ入りココナッツミルク。
お腹も落ち着いて、デザートでまったりしたところで思い出した。
「あれ?景子、なんか話があったんじゃないの?」
「あぁ〜!すっかり忘れるところでした‼」
そんなにカンタンに忘れるようなコトをあんな大騒ぎに電話してきたのか!ま、こんなところも景子の景子たる所以だ。
大したことではなかったのだろうと、流そうとしたときに、景子が一枚の紙をテーブルに置いた。
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盈月 瞳子様の代理人様
ご応募ありがとうございます。
多数の応募のなか、盈月様は書類選考を通過されました。
つきましては、後日、面談のうえ最終決定させていただきたく、
ご本人様のご都合の良い日時をご指定いただければと存じます。
お返事、心よりお待ち申しあげます。
幽世ツアーズ
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