卯兎が幽世を去ってからの久遠の時間をこの機に埋めてしまえとばかりに、話に花が咲き、飲み、食い、笑った。
「そういえば、私、また思い出したよ。鬼界ヶ原でのこと!」
「なんだ?前回の宴のときには、何ひとつ思い出せなくて、ビィビィ泣いたくせによ」
青龍がツッコむと、ニヤリと卯兎は不敵な笑みを浮かべた。
「小さいときのことは、いまでもおぼろげにしか思い出せないよ。でも、朔と鬼丸に見送ってもらった日のこと。鬼丸が『鬼桃を齧りながら虹の橋を渡ると、飛び切り楽しかった思い出が蘇る』って鬼桃持たせてくれたの。そしたら、ね。ホントに、もう笑っちゃうくらい楽しい思い出、見られたの!」
「へぇ・・・卯兎、どんな?どんな?」
結卯が身を乗り出して尋ねる。
「私聞きたいわぁ」
姫龍までもが身を乗り出してきた。
「結卯、子ども頃にさぁ、裏の幽山に行ったじゃない?大熊のあやかしに脅かされてさぁ・・・」
青龍・朔と鬼堂・鬼丸は、顔を見合わせて、何の話か⁉想像がついた二人は大慌てで卯兎を二人がかりで止めに入った。
『もう、それ以上、言わんで、いいっ!!』
その努力虚しく・・・続きは、あっさり結卯に暴露された。
「あははは!覚えてる、覚えてる!鬼丸がギャン泣きするし、ビビって腰抜かした朔がおもらししてたよねぇ。あははは。帰りに、幽川で朔の下履き洗って、拾った枝に結んで旗みたいに干しながら帰ったねぇ」
「あら、あら、そう。あのとき川遊びしてて、川で転んだっていうのは、ウソだったのね?アハハハ、おほほほ・・・」
女性陣が青龍と鬼堂をツマミに大笑いしているのを子どものようなふくれっ面で睨みつつ、笑いだすツマミ二人。
そんな話をしているなか、蒼龍・晦が怪訝な顔で卯兎に手を伸ばしかけて、慌てて引っ込めた。
その様子を見ていた黄龍は、蒼龍・晦の肩を叩くと、振り向いた蒼龍に首を横に振りながら、口の前に人差し指を立てた。
蒼龍もうなずいて、自分の杯の酒を飲み干した。
後ろからも赤龍や黒竜、金龍など八龍、兎士郎、刑たちからもたくさんの話が飛び出して、卯兎の周囲は笑いと話題の坩堝と化している。
その話題も絶好調となった、そのとき。突然、卯兎の身体が輝きだした。
卯兎が外を見やると、笹の間から見えていた空にポッカリと口を開けたように浮いていた、明るい上弦の月が傾き、沈み始めている。
「皆さん、懐かしい、楽しいひとときでしたが、刻が来たようです」
改めて正座しなおすと、四方へ八方へ、頭を下げた。
最後に雪兎に向き直ると、さらに深々と頭を下げた。
「雪兎様、ありがとうございました。瞳子さんの思いと、雪兎さんの御心に甘えて、楽しいひとときを過ごさせていただきました。これにて、瞳子さんに時間をお戻しします。さあ、そのショールを私に・・・」
そう言いながら、卯兎の姿は、どんどん光に溶け込むように薄くなっている。
「卯兎さん、僕も卯兎さんに会えて良かった。ありがとう」
雪兎がショールを手渡すと、卯兎がそのショールを大きく広げて、身を包んだ。
ショール越しの卯兎が、ふわりと手を振る。その笑顔は淡く揺らめき、やがて光の波に溶け込んでいった。クルリと舞う卯兎の姿をなぞるように、光が集まり、ひと筋の光柱となって天へと駆け上がる。やがて光はふわりと降り注ぎ、小さな光の球へと姿を変え、ショールの中で膨らんでいく。その隙間から、七色の光の粒が弾けるように飛び出した。
短冊を飾った笹が、大きく揺れ、吊るした狐火がホワーッと大きく小さく揺らめいた。そこに渦巻いていた光の粒が一瞬、卯兎のその姿を映し出して、青龍・朔が思わず差し伸べた手は宙を切り、搔き消えた。
星が降るごとく卯兎の光が座敷全体に降り注ぎ、卯兎がそれぞれに別れを告げるかのように、皆の肩に載っては、消えた。
「卯兎っ!!」
「ウト!!」
「うと~!!!」
名を呼ぶ声も、やがて静寂に呑まれていった。
そして――ショールが、ふわりと膨らんだ。
その中に、笹の枝を手にした瞳子が、静かに横たわっていた。
戻ってきた瞳子の手を包み込み、洟を啜り上げながら、ただただ泣く雪兎の背を撫でながら、瞳子は改めて、自分には雪兎しかいないんだと思いなおしていた。
「雪兎、私、全部見てたよ。みんな楽しそうにしてたこと。雪兎もみんなに馴染んで飲んでたところ。卯兎さんを通して、ずっと見てた。そして楽しげなみんなも、そこに囲まれている雪兎も、見ていて幸せな気持ちになったよ」
「僕は、楽しかったわけじゃないよ!瞳子さんのいない時間、どれだけ寂しかったか!!」
「ごめんね。寂しい思いさせて。私も、そんなつもりはなかったんだけど、やっぱりひとつの器に二つの魂が表立って一緒にいることはできないんだねぇ・・・。青龍さんにも蒼龍さんにも申し訳ないけど、私がこうやっている限り、卯兎さんは私のずっと奥にいるしかないみたい」
「僕は、目の前に瞳子さんがいてくれる方がいいよ」
珍しく雪兎は駄々をこねる子どものように、何を言っても反論してきて、瞳子も嬉しさ半分、めんどくさくなってきたのが半分になってきた頃。
「再開の喜びのところ悪いがな・・・瞳子のその手の笹・・・なんだ?」
青龍・朔が感動の再会に割って入り、雪兎は明らかに不機嫌な顔を向けたが、指摘を受けて瞳子の手元に短冊の下がった笹の枝。瞳子の短冊の枝は、雪兎が持っている。
「あら?ホントだ・・・」
瞳子は改めて笹と短冊を確認した。
『瞳子さんがこの生を全うし、雪兎さんと幸せにいられますように。
朔と晦が仲良く、黄龍様、姫龍様・・・・』
延々と小さな短冊の表裏に、びっしり願いが書いてあるが、どれも皆の幸せと安寧を願うものばかりだった。
「卯兎は、相変わらず、欲張りだね。また、会おう」
短冊を指で弾いて、蒼龍・晦が呟いた。
「再会の喜びは落ち着いたかしら?」
姫龍がいたずらっぽく笑いながら、瞳子と雪兎に声を掛けた。
「これは、姫龍様…」
夫婦が慌てて、正座しようとしたのを姫龍が素早く近づいて止めた。
「卯兎は、娘同然の子。そして私の二人の我が子の幼馴染の子。そして、卯兎と瞳子は同じ魂を持つ者。朔と晦があなた方とは『神』の立場じゃなく、素の「朔」と「晦」でいたいというのなら、母である私もそうさせていただきたい。だから、身内だけのときは、形式ばったことは、ナシで…。ね?」
恐縮しきりの夫婦に、姫龍はコロコロと笑って二人をそっと抱き寄せた。
「あぁ!そうそう。忘れるところでしたわ。御大が…黄龍様が、雪兎のコーヒーをご所望なの。淹れていただける?」
「え?黄龍様が!?はい!もちろん、喜んで!」
「あ。そうそう。わたくしには、晦がおいしかったと言うておった『かふぇ…』」
「カフェ・オ・レですか?」
「おぉ、それそれ!それをいただきたいわ」
「承知しました。準備をして、すぐに向かいます」
瞳子の手をもう一度両手で包み込むように握り締めると、雪兎は、厨へ向かった。
「やれやれ、雪兎と雪兎のコーヒーは、どこへ行ってもモテモテね」
仕方なさそうに笑うと、瞳子は未だ続いている宴の席へ向かった。
「あれ?ユキトは?どこ行った?」
言葉の拙い弥狐が尋ねた。
「黄龍様が雪兎のコーヒーをご所望でね。コーヒー淹れるセットを取りに行ったわ」
「弥狐もユキトのこーひー好き。弥狐、お手伝い行く」
この宴の準備で瞳子夫婦にすっかり懐いてしまった、幽玄館界隈の幼いあやかしたち。中でも、弥狐はすっかり雪兎がお気に入りのようだ。
「そういえば、私、また思い出したよ。鬼界ヶ原でのこと!」
「なんだ?前回の宴のときには、何ひとつ思い出せなくて、ビィビィ泣いたくせによ」
青龍がツッコむと、ニヤリと卯兎は不敵な笑みを浮かべた。
「小さいときのことは、いまでもおぼろげにしか思い出せないよ。でも、朔と鬼丸に見送ってもらった日のこと。鬼丸が『鬼桃を齧りながら虹の橋を渡ると、飛び切り楽しかった思い出が蘇る』って鬼桃持たせてくれたの。そしたら、ね。ホントに、もう笑っちゃうくらい楽しい思い出、見られたの!」
「へぇ・・・卯兎、どんな?どんな?」
結卯が身を乗り出して尋ねる。
「私聞きたいわぁ」
姫龍までもが身を乗り出してきた。
「結卯、子ども頃にさぁ、裏の幽山に行ったじゃない?大熊のあやかしに脅かされてさぁ・・・」
青龍・朔と鬼堂・鬼丸は、顔を見合わせて、何の話か⁉想像がついた二人は大慌てで卯兎を二人がかりで止めに入った。
『もう、それ以上、言わんで、いいっ!!』
その努力虚しく・・・続きは、あっさり結卯に暴露された。
「あははは!覚えてる、覚えてる!鬼丸がギャン泣きするし、ビビって腰抜かした朔がおもらししてたよねぇ。あははは。帰りに、幽川で朔の下履き洗って、拾った枝に結んで旗みたいに干しながら帰ったねぇ」
「あら、あら、そう。あのとき川遊びしてて、川で転んだっていうのは、ウソだったのね?アハハハ、おほほほ・・・」
女性陣が青龍と鬼堂をツマミに大笑いしているのを子どものようなふくれっ面で睨みつつ、笑いだすツマミ二人。
そんな話をしているなか、蒼龍・晦が怪訝な顔で卯兎に手を伸ばしかけて、慌てて引っ込めた。
その様子を見ていた黄龍は、蒼龍・晦の肩を叩くと、振り向いた蒼龍に首を横に振りながら、口の前に人差し指を立てた。
蒼龍もうなずいて、自分の杯の酒を飲み干した。
後ろからも赤龍や黒竜、金龍など八龍、兎士郎、刑たちからもたくさんの話が飛び出して、卯兎の周囲は笑いと話題の坩堝と化している。
その話題も絶好調となった、そのとき。突然、卯兎の身体が輝きだした。
卯兎が外を見やると、笹の間から見えていた空にポッカリと口を開けたように浮いていた、明るい上弦の月が傾き、沈み始めている。
「皆さん、懐かしい、楽しいひとときでしたが、刻が来たようです」
改めて正座しなおすと、四方へ八方へ、頭を下げた。
最後に雪兎に向き直ると、さらに深々と頭を下げた。
「雪兎様、ありがとうございました。瞳子さんの思いと、雪兎さんの御心に甘えて、楽しいひとときを過ごさせていただきました。これにて、瞳子さんに時間をお戻しします。さあ、そのショールを私に・・・」
そう言いながら、卯兎の姿は、どんどん光に溶け込むように薄くなっている。
「卯兎さん、僕も卯兎さんに会えて良かった。ありがとう」
雪兎がショールを手渡すと、卯兎がそのショールを大きく広げて、身を包んだ。
ショール越しの卯兎が、ふわりと手を振る。その笑顔は淡く揺らめき、やがて光の波に溶け込んでいった。クルリと舞う卯兎の姿をなぞるように、光が集まり、ひと筋の光柱となって天へと駆け上がる。やがて光はふわりと降り注ぎ、小さな光の球へと姿を変え、ショールの中で膨らんでいく。その隙間から、七色の光の粒が弾けるように飛び出した。
短冊を飾った笹が、大きく揺れ、吊るした狐火がホワーッと大きく小さく揺らめいた。そこに渦巻いていた光の粒が一瞬、卯兎のその姿を映し出して、青龍・朔が思わず差し伸べた手は宙を切り、搔き消えた。
星が降るごとく卯兎の光が座敷全体に降り注ぎ、卯兎がそれぞれに別れを告げるかのように、皆の肩に載っては、消えた。
「卯兎っ!!」
「ウト!!」
「うと~!!!」
名を呼ぶ声も、やがて静寂に呑まれていった。
そして――ショールが、ふわりと膨らんだ。
その中に、笹の枝を手にした瞳子が、静かに横たわっていた。
戻ってきた瞳子の手を包み込み、洟を啜り上げながら、ただただ泣く雪兎の背を撫でながら、瞳子は改めて、自分には雪兎しかいないんだと思いなおしていた。
「雪兎、私、全部見てたよ。みんな楽しそうにしてたこと。雪兎もみんなに馴染んで飲んでたところ。卯兎さんを通して、ずっと見てた。そして楽しげなみんなも、そこに囲まれている雪兎も、見ていて幸せな気持ちになったよ」
「僕は、楽しかったわけじゃないよ!瞳子さんのいない時間、どれだけ寂しかったか!!」
「ごめんね。寂しい思いさせて。私も、そんなつもりはなかったんだけど、やっぱりひとつの器に二つの魂が表立って一緒にいることはできないんだねぇ・・・。青龍さんにも蒼龍さんにも申し訳ないけど、私がこうやっている限り、卯兎さんは私のずっと奥にいるしかないみたい」
「僕は、目の前に瞳子さんがいてくれる方がいいよ」
珍しく雪兎は駄々をこねる子どものように、何を言っても反論してきて、瞳子も嬉しさ半分、めんどくさくなってきたのが半分になってきた頃。
「再開の喜びのところ悪いがな・・・瞳子のその手の笹・・・なんだ?」
青龍・朔が感動の再会に割って入り、雪兎は明らかに不機嫌な顔を向けたが、指摘を受けて瞳子の手元に短冊の下がった笹の枝。瞳子の短冊の枝は、雪兎が持っている。
「あら?ホントだ・・・」
瞳子は改めて笹と短冊を確認した。
『瞳子さんがこの生を全うし、雪兎さんと幸せにいられますように。
朔と晦が仲良く、黄龍様、姫龍様・・・・』
延々と小さな短冊の表裏に、びっしり願いが書いてあるが、どれも皆の幸せと安寧を願うものばかりだった。
「卯兎は、相変わらず、欲張りだね。また、会おう」
短冊を指で弾いて、蒼龍・晦が呟いた。
「再会の喜びは落ち着いたかしら?」
姫龍がいたずらっぽく笑いながら、瞳子と雪兎に声を掛けた。
「これは、姫龍様…」
夫婦が慌てて、正座しようとしたのを姫龍が素早く近づいて止めた。
「卯兎は、娘同然の子。そして私の二人の我が子の幼馴染の子。そして、卯兎と瞳子は同じ魂を持つ者。朔と晦があなた方とは『神』の立場じゃなく、素の「朔」と「晦」でいたいというのなら、母である私もそうさせていただきたい。だから、身内だけのときは、形式ばったことは、ナシで…。ね?」
恐縮しきりの夫婦に、姫龍はコロコロと笑って二人をそっと抱き寄せた。
「あぁ!そうそう。忘れるところでしたわ。御大が…黄龍様が、雪兎のコーヒーをご所望なの。淹れていただける?」
「え?黄龍様が!?はい!もちろん、喜んで!」
「あ。そうそう。わたくしには、晦がおいしかったと言うておった『かふぇ…』」
「カフェ・オ・レですか?」
「おぉ、それそれ!それをいただきたいわ」
「承知しました。準備をして、すぐに向かいます」
瞳子の手をもう一度両手で包み込むように握り締めると、雪兎は、厨へ向かった。
「やれやれ、雪兎と雪兎のコーヒーは、どこへ行ってもモテモテね」
仕方なさそうに笑うと、瞳子は未だ続いている宴の席へ向かった。
「あれ?ユキトは?どこ行った?」
言葉の拙い弥狐が尋ねた。
「黄龍様が雪兎のコーヒーをご所望でね。コーヒー淹れるセットを取りに行ったわ」
「弥狐もユキトのこーひー好き。弥狐、お手伝い行く」
この宴の準備で瞳子夫婦にすっかり懐いてしまった、幽玄館界隈の幼いあやかしたち。中でも、弥狐はすっかり雪兎がお気に入りのようだ。
