神族、参席者全員が短冊を吊るし終えたところで、それまで演奏されていた雅楽が止み、静寂が座敷に広がった。雅楽の奏者たちも短冊を吊るしている。いよいよ、瞳子たちを残すのみとなり、皆が息を呑んで瞳子たちの登場を待っている。
 ようやく瞳子が立ち上がって、雪兎とともに、笹に近づいていった。
雪兎の黄色の短冊に『瞳子さんといつまでも。 雪兎』と記していたのがちらりと見えて、瞳子はニヤリとしつつ、自分の短冊は胸に当てたまま、雪兎にも見せないようにしつつ、少し見上げる位置に手を伸ばし、枝に自分の短冊を枝に結んだ。
「さぁ、これで全員の願いが揃ったわね。弥狐、さっき話してくれた前の『上弦の宴』のときみたいに、弥狐の『火』を飾ってくれる?」
 弥狐は、うれしそうに!立ち上がると、いくつかの古い竹の皿に、火を灯し、隣に立つ紗雪に渡した。
 瞳子より少し背の高い紗雪は、弥狐から預かった『火』 の皿を高く低く、皆の短冊とぶつからないように、笹の枝に吊るしていった。
 すべてを吊るし終えて、瞳子と弥狐、紗雪は、それに手を合わせて、後ずさりながら、飾り付けた笹に見惚れていた。
 弥狐の「火」は、ゆらゆらと艶めかしいような、妖しげな光を放ちながら、月明かりを邪魔することなく、それでいて、確かな存在感を持って、灯っている。
弥狐の「火」が灯された瞬間、また雅楽の演奏が始まった。それまでのお祝い気分を含んだ明るい曲調ではなく、厳かな感じさえする、静かな雅楽が流れている。その演奏が揺らめく炎と笹の葉のさざめきをより神秘的に見せている。
「まぁ・・・ほんに、あの夜の宴を思い出しますわねぇ・・・御大?」
 瞳子の作った鬼桃のダイキリをすっかり気に入って、どんどん飲み進めていた姫龍がうっとりと黄龍にもたれかかったときだった。
それまで優雅に厳かに流れていた雅楽の()が、歪な流れになったかと思うと、笹の間から明るい顔を出していた「上弦の月」が雲にかき消され、一瞬、暗くなった。
 その刹那。笹が揺れて、瞳子の体全体が薄っすらと光を帯びたようになり、その光がふぅっと大きく広がり、部屋全体を照らし出した。
「なんだ?」青龍が立ち上がり背伸びして瞳子がいた笹のあたりを手を翳して見た。
「おかしいよ。朔、私、『蒼龍の鏡』を使ってないのに、月が翳った」
 蒼龍も青龍の隣に立ち並んで不思議そうに呟いた。
「お、俺だって『青龍の剣』揮ってないのに、雲が来たな・・・なんなんだ?」
 蒼・青双子龍は顔を見合わせ、眉を顰めた。
まぶしかった光が、瞳子のもとへ集まったと思うと、ひらりと瞳子のショールが宙に舞う。それは、スローモーションのように、ゆっくりと舞い上がり、ゆらゆらと瞳子の頭上に戻っていく。そして、ショールは瞳子もろとも光に融けたかに見えた。
 一瞬のまばゆさに、皆が目を閉じ、ゆっくりと目を開けると、さっきまでの光とはまた違う光が射し込んできた。
 
 その光のなかから、ひと枝の笹を持った、赤い袴の神子姿の若い女性が現れた。

 そこにいた一同が息をのみ、何が起こったのか⁉理解できないでいるうちに、光に目が慣れて、その姿がハッキリと認められるようになると、次の瞬間には皆が皆、涙を流している。
 赤い袴の神子は、ゆっくりと振り向くと、きれいに正座して黄龍と姫龍に深々とお辞儀をした。そして、兎士郎に、刑に、八龍の面々に。座ったままそれぞれへ向きを変えながら。最後に、蒼・青双子龍と結卯と鬼堂の方へ向き直って、深々と頭を下げた。

「皆々様、お久しゅうございます。卯兎にございます。黄龍様はじめ、皆さまにご心配おかけして申し訳ございません。今宵、現世と幽世が交わると言われる、上弦の月に乗って戻って参りました。しばしの時間を、あの頃と同じ『上弦の月の宴』を皆さまと共に、楽しませてください」
 再び、深々と頭を下げた卯兎に、喝采があがった。その喝采のなか、立ち上がった卯兎は真っすぐに結卯の許へと走り出した。
「結卯、おめでとう!早く結婚したいって言ってたもんね」
そして、小声で結卯の耳元で囁いた。
「あのとき、ガッツリ狙ってたものネ!鬼界ヶ原の総長夫人っ!」
「ちょっと!何、言い出してんのよ。や、ヤメてよぉ〜」
 結卯は、卯兎の肩をドンッと突いて、俯いてモジモジしている。突かれた卯兎は、勢い余って、尻もちを着いたのを蒼龍・晦がスッと手を差し出して、助け起こした。
「おかえり。卯兎」
「晦〜ッ!ただいま」
 卯兎は、晦に差し出された手を取って立ち上がり、その勢いで晦に抱きついた。その晦の肩越しに、完全に出遅れて不貞腐れている青龍・朔がジッと恨めしげに見ている。
「朔ぅ〜!朔もおいで!一緒に抱っこしよッ」
「抱っこ…って、誰がするか‼」
「あら、そ?じゃ、鬼丸ぅ〜」
 呼ばれた鬼堂・鬼丸は「そぉかぁ〜」と、頭を掻きながら立ち上がりかけると、左から結卯に。右から朔に、腕を引っ張られて腰を落とした。
 一旦、腰を落とした鬼丸だが、エイヤッとばかりに両腕に絡みついている二人も一緒に立ち上がらせ、三人で晦と卯兎に抱きついた。
「昔の5人に戻りましたネ」
 晦のその言葉に、それぞれウンウンと頷き泣きながらきつく抱きしめあった。
しばらく抱き合ったまま、それぞれに手を握り合いながら、静かに涙を流していた5人だった。
「みんな、ゴメンね。それから、ありがとう。待っててくれて。私・・・」
「卯兎、もういい。なにも言うな。もういい。忘れずに帰ってきてくれた。それだけで、俺たちは・・・」
 卯兎も、青龍・朔も涙で声にならない。また、手を握り合って、涙で会話するような時間がしばし・・・。
「ふぅ・・・っ!ホントに!ゴメン。みんなっ!」
「もういいってば」
「何回謝るんだい?」
「今日は、俺たち二人の門出だ。もう涙も謝るのも、おしまいだ」
「そうだぞ、卯兎。今日の主役を搔(か)っ攫(さら)っちゃダメだ。今日は鬼丸と結卯の祝いなんだからな」
 それぞれに顔を突き合わせて、口にしたが、卯兎は一度、俯き、大きく息を吸って、月を見上げると、手にしていた笹の枝を目の前に持ち直して、改めて口を開いた。
「みんな、ゴメンね。時間がないの。月が消えるまでの間。その間だけ戻ってきたの。コレを見て」
 皆の前に、持っていた笹の枝を差し出した。
 そこには、さっき瞳子が皆に勧めて、皆も余興のひとつだと笑いながら書いた、七夕の短冊がひとつぶら下がっていた。

『卯兎さんが、懐かしい皆さんとまた会えて、幸せなときを過ごせますように  瞳子』

 瞳子の書いた短冊だった。
「コレがどうしたっていうんだよっ」
 短冊を指で弾いて、怒ったように言う朔の手を改めて握ると、卯兎は静かに語り始めた。

― 朔、晦・・・鬼丸、結卯、現世と幽世が交じり合う今夜『上弦の月』の七夕の願いに、瞳子さんは、自分のことでも、雪兎さんのことでもない。私のことを心から願って書いてくれた。
 瞳子さん、気づいてた。瞳子さんのなかに私がいること。私の記憶。私の気持ち。それだから、今日この日。私のことを願ってくれた。
 だから、私はココへ戻ってこられた。皆に会えた。結卯と鬼丸にお祝いも言えた。ホントにありがたいよ。
でもね…でも、このまま私が此処へ残ってしまうのは違う気がするの。
 瞳子さんは、みんなの思いや私のことをホントに思いやってくれた。そこにウソがなかったからこそ、『上弦の月』は…天帝様は、私を此処へ戻してくださった。その瞳子さんの気持ちに乗っかって、そのままでいいのかな⁉せめてこの機会をくれた瞳子さんに、御礼がしたいの。
 何ができる?いろいろ考えたけど、私にできることはひとつ。
瞳子さんの人生を奪わないことだと思うの。瞳子さんと瞳子さんが愛する雪兎さんの暮らしを奪わないことだと思うの。
 だから私は、今夜のこのひとときを楽しんだら、また瞳子さんの奥で眠ることにする。そして…瞳子さんが自身の人生を充分に生きて、終わらせたとき。また目醒めることにする。
 そのときには、卯兎である私と瞳子さんである私を併せ持って目醒められる気がするの。―

「それって、また卯兎にサヨナラしなきゃいけないってことなの?」
 結卯が涙声で答えると、「それ以上言うな」と鬼丸が肩をグッと抱き寄せた。その様子を見て、卯兎が大きくうなずくと、蒼・青二人の龍が両脇から卯兎を抱きしめた。

「あのとき…卯兎が虹の橋を渡る前に、天帝がおっしゃっていた『その者の好きにさせよ。その者が望めば、そのように』とは、このことを言っていたのだな」
 子らの様子を黙って見ていた黄龍が呟いた。
 その言葉を聞いた蒼龍・晦が納得したように頷き、卯兎の背を優しく撫でた。
「その者の好きに…卯兎の選んだようにしてやれということか…。わかった。わかったよ、卯兎」
「なんだよ!晦だけ、また物わかりがいいヤツぶって。いい子ぶるの止めろよな。また、卯兎がいなくなるって言ってるんだぞ!」
 青龍・朔が拳を晦の胸元にぶつけた。
 朔の拳を両手で受け止めて、握りしめると、その手を握ったまま、朔をさっき卯兎が現れた方へ向けさせた。
 そこには、瞳子の落としたショールを握りしめて、俯いたまま動かない雪兎がいた。握りしめたショールに向かって、瞳子の名を呼び続けている。
「朔、あれを見ても、そう言えるかい?卯兎が戻ればいいと。卯兎だけが戻ればいいと言えるかい?」
 宥める晦に続いて、鬼堂・鬼丸が口を開いた。
「朔、あのとき俺も鬼界ヶ原に一緒にいたよな。あの天帝様の声を俺も聞いた。ここまでお見通しだったってことだな…。俺たちが最後まで聞き取れなかったお言葉の『七度目の生が閉じる前に、幽世を思い出せば…』の続きは、こうだったんじゃないか?『卯兎ひとりならず、七度目の魂をも救うことになる』」
「あ!その前のお言葉…『七度目の生をこの者がどのように生きたか?それが決め手に…』とか仰ったな…。卯兎が『七度目の生』である瞳子の人生をどう生きたか!?生かしたか⁉ってことか…」
「そうだ!その如何によっては、八度(やたび)、九度(くたび)になるやも…とも…」
 青龍・朔と鬼堂・鬼丸が、卯兎と虹の橋のたもとで別れた日のことをひとつひとつ宝箱から大切なものを取り出すように、思い出していた。
「皆、卯兎には時間がないのだぞ」
 黄龍のその言葉に、
『”その者の好きにさせよ。その者が望めば、そのように”、天帝の仰る通りに。卯兎の望むままに…』
 誰からともなく、口を揃えて声にした。

「みんな!ありがとう!」
 卯兎はもう一度、皆を抱きしめた。

「…ところでさぁ、さっき、虹の橋でのこと、思い出したって言ってたけど…。私もあの時のことで聞きたいことがある・・・アレはなんなのよっ!朔ッ」
「何ってなんだよ」
「コレよ!コレ!!痛かったんだからね!」
 卯兎は、星形の疵が残る左の薬指を青龍・朔の眼の前に突きつけた。
「それは…ほら、『咎め』だろ!お前が俺を怒らせた…」
「あーんなに長いこと考えて、思いついたのが、人を噛むことなの?子どもじゃあるまいしッ」
「ゴメン、卯兎。『噛め』って言ったのは、私なんだ」
 蒼龍・晦が割って入り、手を合わせて、謝った。
「晦?…でも、あのときいなかったじゃない」
「卯兎、あのとき、朔はこんなカッコしてなかったかい?」
 そう言うと、晦は両手で支えるようにこめかみを押さえて目を閉じた。
「あぁ、そうそう。そんな感じでずいぶん考えこんでたよ」
「それ、私と『念話』してたんだ。あのときのことを『幻視』で送ってくれて…それで、どうするか!?私と相談してたんだ」
「で?双子龍揃って、子どもみたいな思いつき?」
 卯兎がキッと双子龍を睨むと、二人は顔を見合わせてから、卯兎に向き直り声を揃えて答えた。
『卯兎を見失わないためには、強い神氣を卯兎に纏わせるのがイイと思った。それには、どこかに疵として残すのが一番だったんだ!それから卯兎を護ってやりたかった。いつのときの『生』でも、二人の神氣で。いろいろ儀式をするよりカンタンなのは、やはり疵として護りを残すこと。私たちの、俺たちの犬歯の歯型は五芒星になる。五芒星は古くから護符としても知られている‼そして…二人の強い神氣を合わせて送るためには、どちらかの身体(からだ)から直接発せられるモノが良かったんだ!……で、・・・『噛め!』って・・・だから・・・噛んだ・・・』
 最初は勢い込んで話し始めた二人。最後は尻すぼみに小さな声になり、その身も小さくなってしまったようだった。
 そんな様子を見ていた黄龍、姫龍、鬼丸、結卯、卯兎が大笑い。その様子は、卯兎が虹の橋へ消えたあの夜の楽しかった時間が戻ってきたようだった。
「オホホホ。アハハハ…。あぁおかしい。ホントにあなた方二人ときたら…。いつまでもあの裏山を走り回っていた頃と変わらないわね」
 二人の息子を両手で抱いて、笑いが止まらない様子の姫龍に双子龍は、子どもさながらのふくれっ面を見せて、また、皆の笑いを誘った。
「さあ、さあ、姫龍様も黄龍様も、ほれ、そこな皆も、今宵は飲もう!瞳子とやらが用意してくれた饗膳も酒も絶品ですぞ」
 だいぶ御酒を召したと見えて、赤龍と変わらぬほど赤くなった銀龍が皆を宴の席へ戻した。
 一旦は、席に着いた皆だったが、卯兎が後ろを振り返り、席を立とうとした。
「わかってる。お前は、ここにいろ。俺が行ってくる」
 そう言うと、立ち上がりかけた卯兎を止めて、青龍・朔が席を立って、未だ瞳子のショールを握りしめて動かない雪兎のもとへ行った。

「瞳子さん、瞳子さん…どこ行ったんだよ。『連れて帰ってね』って言ってたじゃないか…。僕がルーツを知りたいなんて興味本位で連れてきてしまったのが良くなかったよ。ゴメンよぉ…一緒に帰ろう…僕らのウチに…。出ておいでよ。瞳子さぁーん……」
 雪兎は、消えてしまった瞳子に一生懸命、語り掛けている。
 一気に雪兎の側まで来たものの、雪兎の様子に二、三歩退いてしまった青龍・朔。繰り返し瞳子に呼び掛ける雪兎をしばし見ていたが、力なく垂らしていた拳をグッと握りしめると、雪兎の後ろに立った。
「雪兎、瞳子は居なくなったわけじゃない。あそこにいる」
 宴の輪にいる、卯兎を指した。
「あれは、瞳子さんじゃない…。僕の瞳子さんじゃない…」
「そうだな。そうだ。でもな、あれは紛れもなく瞳子なのだ」
 そう言うと青龍は、今度は卯兎が持っていた笹の枝を雪兎の前に差し出した。雪兎は、差し出された笹に吊るされた短冊を手に取って読むと、嗚咽した。
「瞳子さんは、卯兎さんと皆の再会を願って、自分は消えたというのかい?僕は…僕はどうなるんだよ」
「瞳子は、自分が消えるとは思ってなかったと思うよ。ただただ純粋に、卯兎と私たちのことを願ってくれただけなんだ。結果的に、瞳子が消えて、卯兎が戻ってきたけど…」
 戸惑いながら、俯いて嗚咽する雪兎の肩に手を置きつつ、青龍が続けた。
「雪兎の瞳子も思いやり深かったようだけど、俺たちの卯兎も他人に対する思いやりは深いヤツなんだ。ま…同じ魂の人間だから、同じ質(たち)なんだろうけど…な。瞳子は卯兎のために、願を掛けてくれた。そして、その思いにウソがなかったからこそ、叶えられた。そして、瞳子の願のおかげで戻ってきた卯兎は瞳子に感謝してる。恩に感じて、恩返ししたいと。その恩返しが、瞳子の人生を奪わないことだと…。瞳子から雪兎との暮らしを奪わないことだと…そう言ってる」
「もうすでに、僕との暮らしは奪われたよ!!」
 瞳子のショールに顔を埋めていた雪兎が、キッと顔をあげて青龍を睨んだ。
「そうだな。このままだったら、な。でも卯兎によると、あの上弦の月が姿を隠す頃、卯兎はまた瞳子の内へ戻る。そうすると、瞳子が戻ってくるそうだ」
「月が姿を隠す頃…瞳子さんが戻る…」
「そう。そうだ。どうやらひとつの魂で二人一緒に同じ世界には存在できないようだ。いま、瞳子は卯兎の内側で眠っているんだろう。消えたり、死んだりしたわけじゃない。そうだ!晦の、蒼龍の酒の話を思い出してくれ。一つの盃に二つの酒は入れられない。でも、器が空けば違う酒を入れられる。瞳子と卯兎は、二つの酒なんだ。でも器は一つしかない。だから、瞳子はこの月の間だけ、器を空けてくれた。そして、月が終われば、卯兎はその器を空けて返すと言ってるんだ。わかってくれるか?」
 雪兎は、遠く卯兎を見つめて声を絞り出した。
「あ・・・あの娘(こ)のなかに、瞳子さんが・・・?」
「そうだ。卯兎は、瞳子で、瞳子は卯兎なんだ。俺たちは、瞳子の明るさも天真爛漫さも優しさも、それから・・・どれだけ瞳子が雪兎を愛してきたかも、この数日で充分に感じさせてもらった。そして、俺たちは瞳子も瞳子が愛している雪兎も大好きになったんだ。だから、今度は雪兎に知って欲しい。俺たちの卯兎を。卯兎の愛しさを…。どうだ?瞳子は間違いなく、月が姿を隠す頃、戻ってくる。だから、それまでのひととき卯兎とときを過ごして、卯兎という魂のことを知って欲しいんだが・・・」
「ホントに、ホントに瞳子さんは、戻ってくるんですか?」
「雪兎、いろいろあって忘れてると思うが、私は、神だ。いまは幽世の一端を担う神だが、ときが来れば、この幽世のトップ・オブ・トップだ!信じろ!」
 雪兎は、半眼の目の隅で青龍を見つめている。たぶん、ひとはこういうのを「疑いの目」というのだろう。
「い、い、いや・・・俺が信用できなければ、兄貴もいる!現・黄龍の八龍のうち、二人もいる!あ。いや、今日は鬼丸と結卯の祝言で、八龍全員揃ってる!なんなら、現・黄龍もいるし、その妻もいるぞ。・・・・あと、刑部省(ぎょうぶしょう)烏頭 刑(うとう ぎょう)もいるし、それから・・・えーっと。。。。」
「あはははははは」
 雪兎は、先ほどとは打って変わった表情で、大笑いしている。
「なんだ、何がおかしい!」
「あはははは、はぁはぁ…。あぁ、おかしい。そんなに必死になって神であることを主張する神がいるかなぁ…わかりました。わかりました。今日は、景子ちゃんのお祝いの日でもあるし、青龍さんを信じて、卯兎さんとお近づきになりつつ、瞳子さんを待ちましょう」
 いつもの笑顔を取り戻した雪兎は、「瞳子さんも一緒に行こう」そう一人ごちながらショールを手早くネジネジと捻じって、自分の首に巻いて宴の輪の方へ歩きはじめた。
「お。そういうのを、『おしゃれ』と言うのだろう?今度俺もやってみよう」
 青龍・朔は雪兎が巻いたショールに触れながら呟いた。
「青龍さんは、背もお高いし、きっとお似合いですよ」
「…朔…朔で、いい。敬語もいらん。許す」
 これまた呟くように言った。
「え?なんですって?皆さんの声が賑やかで聞き取れませんでした」
「だから!俺のことは「朔」と呼べ!敬語も使うな!命令だ!」
 雪兎の耳元で大声でそう言うと、皆に呼びかけながら、輪のなかへ走っていった。
「おーい、雪兎も来たぞ!本格的に飲もう!」