それぞれに酒を酌み交わし、笑いあい、高砂の席には入れ代わり立ち代わり祝いを述べにやってくるものが引きも切らず・・・。あやかしの子らも、末席で楽しそうに笑っている。
 瞳子がそんな様子を入り口に立ちながら眺めていると、雪兎が「鬼桃ダイキリ」を持ってきた。
「瞳子さんも少し飲めば?」
「ダイキリ、まだ、ある?追加を用意しておいた方がいいかしら?神様たちって、意外と酒豪なのね。現世から持ってきたお酒も四斗樽で6つもあったのに、もうほとんどないし・・・」
「あはは・・・そうだね。意外と酒豪軍団だね」
 他愛ない夫婦の会話をしたのが、随分と久しぶりに感じる。
「なんだか雪兎と二人でゆっくり話するのは、久しぶりね。たった1週間の間なのに、何年も経ってるみたい」
「そうだね。ここでの時間の流れは、なんだか濃密な気がするよ」
「ねぇ、私たち、あっちへ帰ったら、もう何十年も経ってて、浦島太郎みたいにおじいさん、おばあさんになってたりしないわよね?」
「あははは。浦島太郎か・・・あるかもね。でも、太郎はひとりぼっちだったけど、僕らは二人いる。太郎よりも心強いよ」
 瞳子が雪兎に凭れ掛かってダイキリを口にした。
「おいっ。二人の世界に浸るのは、新郎新婦だけにしてくれよ」
 振り返ると、青龍・朔が立っていた。
「あら、青龍さん、どうかした?お酒とかお料理、足りなかった?」
「いや、これ、何?みんな気にしてる」
 手に持った短冊を瞳子と雪兎の顔の前で、ヒラヒラさせた。
「あぁ、そうね。そろそろ、その時間かしら?」
 瞳子は、秋菟と小虎を呼ぶと耳打ちをした。
「ささ、青龍様も席にお戻りになって。宴の後半戦のはじまりですよ」

 秋菟と小虎が運んできた布が掛けられた大きな盆は、瞳子の先導で新郎新婦の前に置かれた台に置かれた。
「鬼堂様、景子、申し訳ないけど、立っていただける?」
 瞳子に促されて、新郎新婦は顔を見合わせながら、立ち上がった。
― ご歓談中、失礼いたします。皆さま、こちらにご注目くださいませ。 ―
 瞳子の声に、皆が瞳子の方へ向いたのを確認して、徐に掛けていた布が払われた。
三段に重なったそれには、華やかに彩られた大きな押寿司だった。
三段の一番上には、新郎新婦を象った飾りが添えられている。
「わぁ・・・」
「おぉ・・・」
「なんだ?なんだ?」
― ご静粛に!皆さま、本日の飯物は「ちらし押寿司」です!
現世では、結婚式で「初めての共同作業」としてケーキ入刀をしますが、今宵は幽世流に、押寿司入刀を。
さあ、新郎新婦、お二人でどうぞ!
 あ、その前に・・・ちょうど頃合いかと思いますので、そちらの窓を開けましょう。 ―

瞳子の目くばせを受けて、あやかしの子らが、窓を開け、笹を真ん中から割って、二手に分けた。
掻き分けた笹の間からは、空にポッカリと口を開けたような、明るい上弦の月が浮いている。

― さあ、新郎新婦のお二人、ケーキ入刀・・・じゃなかった、お寿司に入刀お願いします。
 入刀を終えたお寿司は、まず、新郎新婦お互いに食べさせ合った後、新たに取り分けて、黄龍様ご夫妻と八龍の皆さまには、新郎新婦より、そのほかの皆さまには、給仕の者がお配りいたします。 ―

盛大な拍手のなか、入刀が行われ、喝采を浴びながら、お互いの口に押寿司をひと口づつ運んだ二人は、顔を見合わせながら、幸せそうに微笑みあっている。
その脇で、給仕役の秋菟はじめ、あやかしの子らは、次から次へと皿に寿司を取り分けていく。そして、弥狐と沙雪がまたワゴンを押して登場した。

― 皆さまに、お寿司をお配りしておりますが、この機に、もう一品(ひとしな)お楽しみいただきたいと思います。
 こちらは、黄龍様ご所望の“卵のつるんの熱々”、現世では茶碗蒸しと言います。
現世では、鶏の卵を使いますが、卯兎さんが使っていたという山鳥の卵を使用し、具材も幽世と現世の味を融合させました。
 皆さんがご存じの卯兎さんのモノと同じにできたかどうか⁉わかりませんが、こちらは、私も得意料理ですので、充分お楽しみいただける仕上がりかと存じます。 ―

「おぉ!!これじゃ、これじゃ!」
大喜びの黄龍の他にも、八龍の面々も、納得の顔をしている。

― さて皆さま、ここで皆さまにも参加していただこうと思います。
 お手元に短冊はお持ちですか?
 今宵は、現世では「七夕(たなばた)と言われる、いわゆる祭日でございます。
愛しあった二人が、天の川の両岸に引き裂かれ、お天気の良い七夕の夜に(かささぎ)が飛んできて羽を広げて並び、天の川に橋をかけてくれ、二人が一年ぶりに逢瀬をできるという伝説があり、「<再会>という願いをかなえた二人のように、願い事がかないますように」と、短冊に色々な願い事を書いて、その成就を願うものとなっています。
 ここにお集いの皆さまは、普段は人々からの願いを聞いて叶える立場の神族の方々ですので、「何を馬鹿らしい」とお思いになれば、新郎新婦のお二人への祝辞でも結構です。
 それぞれ短冊を書いて、あの大きな笹の枝に吊るしていただきたいのです。 
 あぁ、紙の色については、五行が基になっているらしいので、神様の皆さまの前で私が講釈するようなことではないと思いますので説明は割愛させていただきますが、私たち・現世の「ひと」が思う意味をあちらの壁に貼ってございます。また、書き損じたり、色を変えたいとお思いの方も、あちらの台に、まだ短冊がございますので、どうぞ。 ―

「ほぉ、面白い。我らが願いを書いたら、叶えてくださるのは、黄龍様だろう?」
「じゃ、黄龍様へお願いしてみるか?」
 すでに大酔っ払いと化している黒龍と金龍が短冊を持って大笑いしている。
「お二方、黄龍様にお願いはよろしいですが、お二人がお持ちの短冊は、瞳子様の「あの」張り紙によると『学び』。さすが、黄龍の八龍になられる方は違いますな。ここまで来られても、まだまだ学びたいと・・・。ならば、短冊などに書かずとも、私が黄龍様のお耳に入れてまいりましょう」
 冷ややかな皮肉な笑みを浮かべながら言い放つと、漣がスクッと立ち上がるのを、しがみつくように止める神とは思えぬ状態の黒龍、金龍。

「この歳になると、願いと言うてものぅ・・・」
「刑殿は、何色の短冊じゃ?」
「儂は、黄色じゃ。兎士郎殿は?」
「私も黄色です」
『はて・・・黄色の意味はなんぢゃったかのぅ??』
幽世のケイシソーカンとソーリダイジンは、声を合わせて呟いたかと思うと、張り紙の前に走った。
『・・・・れ・・・れん・・・あい・・・恋愛⁉』
 妙な照れ方をしつうも、空を見つめて、夢見がちな目を泳がせる老人二人・・・。

「トーコ、トーコ、字、上手く書けないよ。書いてぇ~」
 弥狐が甘え声で、瞳子に縋りついてきた。
「いいわよ。なんて書きたいの?」
「ん?ん~とねぇ・・・『ユキトのお嫁さんになる!』ふふっ」
「は?ダメ!絶対、ダメ!それ以外考えなさい!」
 子供相手に大人げなく真剣に拒否る瞳子。

「晦ぃ~、おまえ、なんて書いた?」
「教えません!」
「いいじゃないかよ。双子なんだから、おんなじこと書いてるかも知れないだろ?」
「私は、朔とは違うので、同じことはないと思うよ」
「え~ちょっとだけ。ちょっと教えてくれたって・・・」
 揉める双子龍。

 黄龍と姫龍も頭を捻りながら、何を書くのか?考えている様子。
(確か・・・黄龍様って、ここのトップオブトップで、願うって言うより、願いを叶える側よねぇ・・・あんなで大丈夫かしら?)自分で企画しておいて、胸のうちで瞳子のツッコミは止まらない。

― さて、皆さま、短冊の用意はできたでしょうか?
 それでは、新郎新婦、そして黄龍様ご夫妻に吊るしていただきましょう。 ―

 瞳子の呼びかけに、皆、静まり返って、吊るされる様子に注目している。
「おい、鬼丸、なんて書いたんだ?」
 青龍の声に、周囲もワッと冷やかす声が飛んだ。
「言うか!ぜってー言わねぇ。少なくとも、朔だけにはな!」
 もうまるっきり幼い時のままに戻っている。
 鬼堂・鬼丸の手にした短冊には『結卯がずっと笑っていられる日が続きますよう』と書かれている。
 一方、結卯・景子の短冊には、『鬼丸に似たイケメンの子供に恵まれますように』。

 二人の金色の短冊が笹の上部に飾られ、続いて手に手を取って進み出た黄龍夫妻。ああぁだ、こうだとイチャイチャ揉めつつ、見てる周囲が辟易しかけた頃、ようやく吊るす位置を決めた二人が、また手に手を取って、席に戻って行った。
 その後、八龍の面々、鬼堂・鬼丸の親族、鬼族、その他の列席した親族や幽世の重鎮と、次々と吊るしていき、青々としていた笹が色とりどりに彩られてきた。
 あやかしの子らの番になり、皆、思い思いの色に、それぞれの願いを書いた短冊を胸に抱きしめながら、そっと吊るしていく。

「ねぇねぇ、瞳子は何をお願いしたの?」
 さっきの「ユキトの嫁」宣言を却下された割には、めげてない弥狐が尋ねる。
「私も知りたーい」
 沙雪も弥狐の言葉に載って、瞳子の短冊を覗き込む。
「残念でした!まだ、書いてない。何にしようかな・・・」
『え~ずるい!瞳子、私たちのお願い知ってるのにぃ』
 二人が声を合わせて反論する。
「だって、二人は字が書けないんだからしょうがなじゃない」
 それまで男の子のあやかしたちの短冊を書いてやってた雪兎が自分のを書き上げて、立ち上がって瞳子のもとへ来た。
「瞳子さん、書いた?たぶん、もう最後で、僕らだけだよ」
「う~ん・・・雪兎とずっと一緒に?・・・景子たち・・・う~ん・・・」
 瞳子は迷いに迷って、短冊が飾られた笹に目をやった。笹の間からは、少し傾き始めたが、まだまだ明るい上弦の月が見えていた。