雪兎も言い終えると、(にじ)り下がって、瞳子と再び並ぶと、頭を下げた。
 「卯兎」の名を耳にして、皆が皆、息を呑んで瞳子たちを見つめていた。もう非難の声も聞こえてこない。
少しの静寂を割って笑い声が響いた。
「わっはっはっはっは・・・。さすがだな。卯兎は、何度生まれなおしても、やはり根の性分は変わらんと見える」
 黄龍だった。周囲はまだざわめくなか、黄龍の後ろで声が上がった。
「俺たちは、卯兎の『上弦の月の宴』の座敷には上がらなかったが、めし処で、この子らと同じ場所で饗の膳をいただいたなぁ?晦?」
 青龍・朔に振られて、蒼龍・晦も大きくうなずいた。
「あのときは、私と朔、そして鬼丸も一緒に、皆と食しました」
「おう!そうだった。黄龍様がよろしければ、私と結卯・・・いや、景子は大賛成だ!祝い事は多い方がいい」
 蒼・青双子龍に続いて、今宵の主役の鬼堂・鬼丸も賛同の声を上げた。横で、結卯・景子も大きくうなずいている。
「ほんにねぇ・・・。あのときも兎士郎の目を白黒させてたかしら?でも、結果、すばらしい宴でしたわよねぇ。御大(おんたい)?」
「そうだぢゃったのぅ。どうじゃ?今宵は、瞳子の仕切りに任せてみようではないか。確かに、あやかしの子らも、卯兎や鬼丸、蒼龍・青龍、結卯とも幼馴染といえば、幼馴染だ。どうかな?みんな?」
 黄龍の呼びかけに反論しようなどという者がいるはずもなく。あやかしの子らの祝宴への参席は了承を得た。せっかくの千早や神薙の衣装を身に着けて、不安げに待っていたあやかしの子らの顔がぱぁーっと輝いたのを見て、渋い顔をしていた兎士郎も「よしよし、行儀よくするんぢゃぞ」と頭を撫でたりしてやっている。

「さて、それでは皆様、宴席の方へご着席ください」
 ひと足早く立ち上がって、雪兎が声を掛けた。
 瞳子は、ようやく腰を上げ、宴の入り口へと向かった。
そこには、数色の短冊と細い笹の房が用意されている。
「皆さま、こちらをお持ちください」と、瞳子はにこやかに差し出した。
受け取る者たちは、怪訝な顔をしつつも、黄龍の『今宵は、瞳子の仕切りに任せてみよう』という言葉に背を押され、黙って受け取る。
「何をするのだ?」
「お楽しみは、もう少し後で」
瞳子は意味深な笑みを浮かべ、次の客へと短冊を渡していった。
参席者は、あやかしの子らの先導で、それぞれの席に着いた。
 ひと通り皆が席に着いたのを見て、瞳子は、秋菟に目配せをした。受けた秋菟は、小走りに廊下へ出ると、脇に控えていた狸あやかしのポン太から鼓を受け取り、高らかに鼓を打ち始めた。
 秋菟の鼓に合わせ、渋めの声の『高砂』が謡い出され、斗鬼・鬼灯夫婦を介添えに、新郎新婦の鬼堂・鬼丸と結卯・景子がしずしずと進み出てきた。
 広間の入口を入ると、斗鬼夫婦は、瞳子夫婦に深々と頭を下げ、新郎新婦の先導を譲った。
 斗鬼夫婦から引き継ぎ、瞳子と雪兎が座敷の中央まで先導してくると、四人で、まず正面の黄龍夫妻へ、そして脇に控える八龍の面々へと、四方に向きを変えながら、お辞儀をし、新郎新婦が中央に用意された高砂の席に着いたところで、拍手を受けて、一段落した。

「鬼堂様、景子ちゃん、今日は本当におめでとう!百目(どうめ)家の皆さま、鬼族の皆さま、誠におめでとうございます」
 雪兎が、景子側の立会人、そしてこの宴を任された者としての挨拶をしている間、弥狐、沙雪らあやかしの子らがワゴンに載せた飲み物を配っている。
「お手元に、飲み物は行き届きましたでしょうか?さぁ、皆さま、お待たせしました!まずは、乾杯しましょう。乾杯の音頭を月影兎士郎様にお願いします」
 急に振られた兎士郎は、あたふたしつつ立ち上がり、語り始めたが、漣が割って入った。
「兎士郎様の思いは、新郎新婦、充分にご理解したことと…もう…長いので…」
「なんじゃ、まだ、話の途中だぞ!!」
 兎士郎の抗議など、どこ吹く風で受け流すと、そのまま仕切り続ける漣。
「乾杯のご発声を黄龍様にお願いしましょう!」
 拍手を受けて、黄龍が立ち上がり、また何か語ろうとし始めたのを遮ったのは、姫龍だった。
「御大、短めに!!もお、『乾杯』とだけ言えば良いのです!!」
 皆の爆笑のなか、黄龍の太く通る声が響く。

『乾杯!!』

「ほぉ・・・これは・・・」
「冷―っとしてて旨い!」
「甘いなかに漂う、酒の香りがたまらん!」
 口々に感嘆の声が上がるなか、ひと際通る高い声が聞こえてきた。
「あぁ・・・これです。これ!あの、あのときの、『鬼桃の酒』。瞳子、瞳子こちらへ」
 姫龍が立ち上がって、瞳子を手招く。
 瞳子は周囲に頭を下げながら姫龍のもとへ駆けつけると、ひれ伏した。
「瞳子、頭を上げて。よう、この酒を作ってくれましたね。もう二度と飲めないものと思ってたから、本当に感激です」
「もったいないことでございます」
「して、瞳子?他の料理はなんじゃ?もう箸をつけてよいのか?」
 待ちきれぬという(てい)の黄龍が口を挟む。
「はい。黄龍様。いま、ご説明を・・・失礼して立たせていただきます」
 黄龍に一礼すると、中央の高砂の席まで行くと、周囲を見回しながら話始めた。
― 皆さま、乾杯の一杯はいかがだったでしょうか?
こちらは、姫龍様ご所望の「鬼桃の凍り酒・鬼桃のダイキリ」でございます。おかわりもございます。他の御酒(ごしゅ)がよろしい方は、他にもございますので、近くにいる子らにお声がけください。 ―

「現世から取り寄せた酒もございますよ」
雪兎が合いの手のように、発声した。

― そして、お料理の方でございますが、まず器は、卯兎さんがなさった『上弦の月の宴』と同様、青竹を切り出して作っております。
 さ、竹暁(ちくぎょう)、ぽん太、立って、皆様にご挨拶を ―

 照れながら、着付けぬ神薙の衣のあちこちを引っ張りつつ、立ち上がって頭を掻き掻き、回りながら頭を下げるふたり。
「瞳子、もう座っていい?おいら、照れくさい」

― いいわよ。皆さん、この二人がいなければ、今日の宴は叶いませんでした。ま、元々は、卯兎さんのアイディアですけど、ね。
さて、お料理ですが……まずは先付から!『膾』と『ぬた』、二品ご用意しました。
『膾』の方は、鬼堂様が魚がお好きと伺ったので、現世から取り寄せました生鮭で『氷頭膾』にしました。上に載せたのは、鮭の子「いくら」でございます。こういった席ですから、「子宝に恵まれますように」との願いも込めて・・・ 
もう一方の先付でございますが、こちらは景子の好きな青柳と幽山(かすかやま)で採れたネギで作りました。 ―

「さぁさ、お召し上がりください」
 頃合いに、雪兎が合いの手を入れる。

― さて次は前菜ですが、「幽山の木の実と山菜の味噌和え」、「川エビの甘辛煎り煮」、そして「蟹の甲羅焼き」。
この蟹はこちら幽世の鬼が園(おにがその)の蟹です。こちらの蟹は大きいので驚きました。
景子の好きなグラタンを鬼堂様のお里のモノで作ったものです。冷めておりましたら、弥狐にお声がけください。温め直しますので ―

「お熱いですので、匙でどうぞ」と、雪兎の合いの手。

― 続きまして、主菜は、現世流で「鯛の尾頭付」でございます。
現世では、頭と尾が付いたままということで、「最初から最後まで全うする」という願いが込められており、長寿や長い御縁を願って、祝い事に出されるものです。この幽世と現世の懸け橋となりうるでしょう、この結婚が、幽世が、現世が、(つつが)なく末永く続きますように・・・
私も、このご縁が、幽世と現世を繋ぐ架け橋となることを願っています。皆さんも、どうぞ楽しんでくださいね! ―

「さぁ、この後、ご飯ものもご用意ございますので、皆さま、ご歓談とともにお箸を進めてください」
 雪兎のこの言葉を〆に、一旦、瞳子も座を後にした。