祝言の朝、瞳子たちは自分たちの部屋で、輝茅と鬼灯の手を借りながら、着替えていた。
「おーい、まだなのか?そんなに飾らずともお前たちの祝言ではないのだぞ」
「まったく、青龍様は相変わらず、ガキだねぇ・・・。もうちょいとお待ちくださいよ。我らが長になられる方の祝言の立会人。そうそう軽々なことで済ませられるもんかね!黙って、お待ちなさいな!」
青龍・朔の声に、鬼灯がピシャリと返した。
返された青龍は、首をすくめて、おどけたように周囲を見たが、鬼灯の夫・斗鬼と父の豪鬼は大きな体を縮こまらせながら、畳に頭を擦りつけて詫びている。
「よい。よい。豪鬼も斗鬼も頭を上げてくれ。鬼灯の気性は幼い時からわかっておるからな。あっはっはっは」
青龍は大笑いしているが、豪鬼も斗鬼も言われるままに頭を上げはいたものの、未だ気が気ではない様子で襖の向こうを睨んでいる。
「さあさ、皆さま、お待たせしました」
襖を引き開けた輝茅の後ろで、瞳子夫妻が立っている。誰もがその姿を見て、息を飲んだ。
「ほぉ・・・これは・・・雪兎と瞳子が主役でもおかしくないような・・・」
蒼龍・晦が感嘆している脇で、兎士郎と刑は洟を啜り上げている。
「卯兎もこのようなんぢゃろうのぅ・・・」
「本当にお美しいです。お二人とも」
漣も珍しく笑顔を見せている。
「そろそろ刻限ではないですか?蒼龍様、青龍様」
漣がいつもの表情に戻って、双子龍に神殿へ向かうように促している。
「え?もう?もうそんな時間?」
「あぁ、瞳子様たちはまだよろしいのです。お二方は、祝言の立会人の前に龍神様としてのお務めをしていただかなければなりません。『黄龍の八龍』の祝福を受けて、ようやく本祝言―黄龍様の祝福―を受けられるのです。その際は、お二方と雪兎様、瞳子様には立会人として立っていただきます」
「そうなのね。じゃ、私は宴の膳の仕上げをしてこなきゃ!」
めし処へ向かおうとする瞳子を呼び止めたのは、輝茅だった。
「瞳子様、こちらをお召しくださいませ。その昔、現世から来たわたくしの乳母が身に着けていたものを少々、カタチを変えて、雅楪衣用にした作業用の衣でございます」
手渡されたのは、雅楪衣を汚さないように工夫された割烹着のような衣だった。
瞳子は礼を言って出ていこうとして、ふと思い出したように、漣に向き直った。
「そうだ!漣くん、あれ、用意してくれた?どこにあるの?」
「はい。ご用意してございますよ。おっしゃられた通りの大きさに切って、穴を開けて。大広間の入り口に置いてございます」
「ありがとう」
満足げに笑うと、瞳子は今度こそ「めし処」へ向かった。
めし処では、弥狐と沙雪を中心に、瞳子が頼んだ通りに準備が進められている。
瞳子がめし処の厨に入ると、皆が手を止めて瞳子に見入った。
「うわぁ~トーコ、キレイ!」
沙雪が手を伸ばしかけると、弥狐に止められた。
「さっちゃん、ダメ!トーコ、今日は大事なお役目ある。アタシたちが触っちゃダメ」
沙雪は一瞬哀し気な目をしたが、すぐに笑顔になって、ウン、ウンと頷いた。
「さて、最後の仕上げに入りますか!」
瞳子は、輝茅からもらった作業衣を身に着けた。
「トーコ、笹と竹、持ってきたよ」
竹切狸のポン太と万年竹のあやかし竹暁(ちくぎょう)が裏戸から声を掛けた。
瞳子は戸口まで出て行って、念入りに品定めをすると、枝ぶりの豊かな大きな竹を1本選び出した。
「これを宴会場の真ん中辺りの窓辺へ立てて。他の竹とは少し離してね。あとは、あなたたちがよく知ってるでしょ。『上弦の月の宴』。あのときと同じように、ね」
「同じように?瞳子、弥狐ね、狐火灯したよ。狐火もいる?」
「もちろんよ!卯兎さんの『上弦の月の宴』に、私のアレンジを加えた、『上弦の月の宴 現世バージョン』をお見せするわよ!」
瞳子が準備を終えて、最終確認をしていると、秋菟が迎えに来た。
「瞳子様、そろそろ刻限でございます。神殿にお上がりください」
瞳子が控えの間に戻ると、鬼灯が大慌てで近寄り、瞳子の身支度に不備がととないかを確認し、最後に衣裳と同系色の水引でポニーテールのように軽く結い上げた瞳子の髪に、銀に真珠が施された簪を刺して、満足げに見入った。
「さぁ、これで立派な立会人の女房様だ。さぁ、参りましょう」
蒼・青双子龍は、それぞれの神薙に。瞳子夫婦は、斗鬼・鬼灯夫婦に。それぞれ先導されて神殿内に入った。
神殿内に入ると、斗鬼・鬼灯はスルスルと後方へ下がり、神薙の誘導で蒼・青双子龍と瞳子夫婦は神前の左右に分かれて立った。
しばらくして、流れてきた雅楽とともに、神殿中央の大きな扉が数人の神薙によって重々しく押し開かれると、神々しいばかりの光が射し込んできた。
扉からは、黄龍、続いて鬼堂・鬼丸、姫龍に手を取られて結卯・景子が静々と歩み出てきた。
黄龍は自分の職位の色・黄色を身に着けてはいるが、瞳子の黄系とはまったく違う種の色味。そして姫龍は薄桃のシルクに金色の薄衣を羽織っている。
そして、新郎新婦。こんな色味があったのか?と思うほど美しい金色のグラデーション。現世の金色では、成金の下卑た感じになってしまいそうだが、この世界の金色にはなんとも言えない品が備わっている。
結卯・景子は、その金のグラデーションの十二単のような衣裳に大垂髪に似た髪を結っている。全体の差し色に使われている紅色がなんとも美しい。
祝言は、重々しい黄龍の祝いの祝詞から始まり、八龍の祝詞、神薙の祝詞と続き、赤い袴の神子たちが三宝を捧げ持って進みでて、黄龍に捧げた。
黄龍は受け取った三宝に掛かった布を取り払うと、ふたつの大きな鬼桃が現れた。
その桃になにやら詞を唱えると、ひとつを蒼・青双子龍に。もうひとつを瞳子夫婦に手渡した。「我が息子たちの真似をするとよかろう」とそっと囁いて。
鬼桃を手渡された瞳子たちは、ドギマギしつつ、蒼・青双子龍の方を覗き見た。
双子龍は、向かい合って二人で桃を支えるように持つと、そのまま神前に向かい一礼すると、両端から一口づつ齧り、黄龍の前まで進み出ると、黄龍の手にしている三宝にその桃を戻した。
その後、瞳子たちに一礼すると、合わせて鬼堂と景子は双子龍に一礼し、瞳子たちに向き直った。
しどろもどろしつつも、双子龍を真似て黄龍の三宝に桃をなんとか戻した。
その三宝を神前に向かって掲げると、鬼堂に向き直ったまま詞を唱え始めた。鬼堂が桃を手にすると、詞を唱えつつ次は景子に。
桃を手にした新郎新婦は、桃を掲げ、神前に、そして黄龍に一礼し、お互いに齧った桃を交換し、またひと口齧って、三宝へ戻すと深々と一礼した。戻された三宝は、神子たちによって下げられ、月影 兎士郎と烏頭 刑の前にある御饌台に置かれた大きな盃に移された。
兎士郎は榊を手に。刑は、羽団扇と錫杖を手に。御饌台の前に進み出ると、それぞれの詞を唱え始めた。
盃の上に小さな竜巻が起こり、桃が散り散りにされると、その上にこれもまた小さな稲光が幾筋も走ったかと思うと、ひとしずくの水滴が落ち、並々と満たされた盃にきれいな真円の水紋を描いた。
満たされた盃から神子が、水引できれいに飾られた長柄に汲み、黄龍、姫龍、新郎新婦、双子龍、瞳子夫婦の順に盃を渡しては、それぞれの盃を満たすと、下がって行った。
黄龍は、瞳子たちに「双子龍の方を見ろ」と言うふうに、目くばせをした。
黄龍の咳払いののちに始まった祝詞に合わせて、蒼龍が盃を掲げながら兎士郎と刑の前に進むと頭を垂れた。兎士郎が榊で、その頭上を払い、刑が錫杖を突き鳴らす。新婦の前で一礼し、新郎・鬼堂の隣に並んだ。黄龍の祝詞が続くなか、青龍が同じく進み、蒼龍の横に並んだ。
雪兎の番になり、兎士郎と刑の前まで行ったが、新婦の方へ進もうとして、兎士郎と刑が揃って、空いている手で逆の新郎側を指しているのに気づき、雪兎と瞳子は蒼・青双子龍とは逆回りで、景子の隣に並び、皆で神前へ向き直った。
黄龍の祝詞が終わったところで、神前に一礼すると、新郎新婦を振り返り、にこやかに二人を見ると黄龍個人としての祝いの言葉を述べた。
それを機に、参列者皆が盃を上げ、口々に祝いの言葉を述べた。
ひと通りの儀式を終え、雅楽に送られながら新郎新婦が退場していった。
「この後は祝宴です。2階大広間ですが、準備が整い次第、私、秋菟がお迎えにあがりますので、それぞれ控えの間でお待ちください」
「おーい、まだなのか?そんなに飾らずともお前たちの祝言ではないのだぞ」
「まったく、青龍様は相変わらず、ガキだねぇ・・・。もうちょいとお待ちくださいよ。我らが長になられる方の祝言の立会人。そうそう軽々なことで済ませられるもんかね!黙って、お待ちなさいな!」
青龍・朔の声に、鬼灯がピシャリと返した。
返された青龍は、首をすくめて、おどけたように周囲を見たが、鬼灯の夫・斗鬼と父の豪鬼は大きな体を縮こまらせながら、畳に頭を擦りつけて詫びている。
「よい。よい。豪鬼も斗鬼も頭を上げてくれ。鬼灯の気性は幼い時からわかっておるからな。あっはっはっは」
青龍は大笑いしているが、豪鬼も斗鬼も言われるままに頭を上げはいたものの、未だ気が気ではない様子で襖の向こうを睨んでいる。
「さあさ、皆さま、お待たせしました」
襖を引き開けた輝茅の後ろで、瞳子夫妻が立っている。誰もがその姿を見て、息を飲んだ。
「ほぉ・・・これは・・・雪兎と瞳子が主役でもおかしくないような・・・」
蒼龍・晦が感嘆している脇で、兎士郎と刑は洟を啜り上げている。
「卯兎もこのようなんぢゃろうのぅ・・・」
「本当にお美しいです。お二人とも」
漣も珍しく笑顔を見せている。
「そろそろ刻限ではないですか?蒼龍様、青龍様」
漣がいつもの表情に戻って、双子龍に神殿へ向かうように促している。
「え?もう?もうそんな時間?」
「あぁ、瞳子様たちはまだよろしいのです。お二方は、祝言の立会人の前に龍神様としてのお務めをしていただかなければなりません。『黄龍の八龍』の祝福を受けて、ようやく本祝言―黄龍様の祝福―を受けられるのです。その際は、お二方と雪兎様、瞳子様には立会人として立っていただきます」
「そうなのね。じゃ、私は宴の膳の仕上げをしてこなきゃ!」
めし処へ向かおうとする瞳子を呼び止めたのは、輝茅だった。
「瞳子様、こちらをお召しくださいませ。その昔、現世から来たわたくしの乳母が身に着けていたものを少々、カタチを変えて、雅楪衣用にした作業用の衣でございます」
手渡されたのは、雅楪衣を汚さないように工夫された割烹着のような衣だった。
瞳子は礼を言って出ていこうとして、ふと思い出したように、漣に向き直った。
「そうだ!漣くん、あれ、用意してくれた?どこにあるの?」
「はい。ご用意してございますよ。おっしゃられた通りの大きさに切って、穴を開けて。大広間の入り口に置いてございます」
「ありがとう」
満足げに笑うと、瞳子は今度こそ「めし処」へ向かった。
めし処では、弥狐と沙雪を中心に、瞳子が頼んだ通りに準備が進められている。
瞳子がめし処の厨に入ると、皆が手を止めて瞳子に見入った。
「うわぁ~トーコ、キレイ!」
沙雪が手を伸ばしかけると、弥狐に止められた。
「さっちゃん、ダメ!トーコ、今日は大事なお役目ある。アタシたちが触っちゃダメ」
沙雪は一瞬哀し気な目をしたが、すぐに笑顔になって、ウン、ウンと頷いた。
「さて、最後の仕上げに入りますか!」
瞳子は、輝茅からもらった作業衣を身に着けた。
「トーコ、笹と竹、持ってきたよ」
竹切狸のポン太と万年竹のあやかし竹暁(ちくぎょう)が裏戸から声を掛けた。
瞳子は戸口まで出て行って、念入りに品定めをすると、枝ぶりの豊かな大きな竹を1本選び出した。
「これを宴会場の真ん中辺りの窓辺へ立てて。他の竹とは少し離してね。あとは、あなたたちがよく知ってるでしょ。『上弦の月の宴』。あのときと同じように、ね」
「同じように?瞳子、弥狐ね、狐火灯したよ。狐火もいる?」
「もちろんよ!卯兎さんの『上弦の月の宴』に、私のアレンジを加えた、『上弦の月の宴 現世バージョン』をお見せするわよ!」
瞳子が準備を終えて、最終確認をしていると、秋菟が迎えに来た。
「瞳子様、そろそろ刻限でございます。神殿にお上がりください」
瞳子が控えの間に戻ると、鬼灯が大慌てで近寄り、瞳子の身支度に不備がととないかを確認し、最後に衣裳と同系色の水引でポニーテールのように軽く結い上げた瞳子の髪に、銀に真珠が施された簪を刺して、満足げに見入った。
「さぁ、これで立派な立会人の女房様だ。さぁ、参りましょう」
蒼・青双子龍は、それぞれの神薙に。瞳子夫婦は、斗鬼・鬼灯夫婦に。それぞれ先導されて神殿内に入った。
神殿内に入ると、斗鬼・鬼灯はスルスルと後方へ下がり、神薙の誘導で蒼・青双子龍と瞳子夫婦は神前の左右に分かれて立った。
しばらくして、流れてきた雅楽とともに、神殿中央の大きな扉が数人の神薙によって重々しく押し開かれると、神々しいばかりの光が射し込んできた。
扉からは、黄龍、続いて鬼堂・鬼丸、姫龍に手を取られて結卯・景子が静々と歩み出てきた。
黄龍は自分の職位の色・黄色を身に着けてはいるが、瞳子の黄系とはまったく違う種の色味。そして姫龍は薄桃のシルクに金色の薄衣を羽織っている。
そして、新郎新婦。こんな色味があったのか?と思うほど美しい金色のグラデーション。現世の金色では、成金の下卑た感じになってしまいそうだが、この世界の金色にはなんとも言えない品が備わっている。
結卯・景子は、その金のグラデーションの十二単のような衣裳に大垂髪に似た髪を結っている。全体の差し色に使われている紅色がなんとも美しい。
祝言は、重々しい黄龍の祝いの祝詞から始まり、八龍の祝詞、神薙の祝詞と続き、赤い袴の神子たちが三宝を捧げ持って進みでて、黄龍に捧げた。
黄龍は受け取った三宝に掛かった布を取り払うと、ふたつの大きな鬼桃が現れた。
その桃になにやら詞を唱えると、ひとつを蒼・青双子龍に。もうひとつを瞳子夫婦に手渡した。「我が息子たちの真似をするとよかろう」とそっと囁いて。
鬼桃を手渡された瞳子たちは、ドギマギしつつ、蒼・青双子龍の方を覗き見た。
双子龍は、向かい合って二人で桃を支えるように持つと、そのまま神前に向かい一礼すると、両端から一口づつ齧り、黄龍の前まで進み出ると、黄龍の手にしている三宝にその桃を戻した。
その後、瞳子たちに一礼すると、合わせて鬼堂と景子は双子龍に一礼し、瞳子たちに向き直った。
しどろもどろしつつも、双子龍を真似て黄龍の三宝に桃をなんとか戻した。
その三宝を神前に向かって掲げると、鬼堂に向き直ったまま詞を唱え始めた。鬼堂が桃を手にすると、詞を唱えつつ次は景子に。
桃を手にした新郎新婦は、桃を掲げ、神前に、そして黄龍に一礼し、お互いに齧った桃を交換し、またひと口齧って、三宝へ戻すと深々と一礼した。戻された三宝は、神子たちによって下げられ、月影 兎士郎と烏頭 刑の前にある御饌台に置かれた大きな盃に移された。
兎士郎は榊を手に。刑は、羽団扇と錫杖を手に。御饌台の前に進み出ると、それぞれの詞を唱え始めた。
盃の上に小さな竜巻が起こり、桃が散り散りにされると、その上にこれもまた小さな稲光が幾筋も走ったかと思うと、ひとしずくの水滴が落ち、並々と満たされた盃にきれいな真円の水紋を描いた。
満たされた盃から神子が、水引できれいに飾られた長柄に汲み、黄龍、姫龍、新郎新婦、双子龍、瞳子夫婦の順に盃を渡しては、それぞれの盃を満たすと、下がって行った。
黄龍は、瞳子たちに「双子龍の方を見ろ」と言うふうに、目くばせをした。
黄龍の咳払いののちに始まった祝詞に合わせて、蒼龍が盃を掲げながら兎士郎と刑の前に進むと頭を垂れた。兎士郎が榊で、その頭上を払い、刑が錫杖を突き鳴らす。新婦の前で一礼し、新郎・鬼堂の隣に並んだ。黄龍の祝詞が続くなか、青龍が同じく進み、蒼龍の横に並んだ。
雪兎の番になり、兎士郎と刑の前まで行ったが、新婦の方へ進もうとして、兎士郎と刑が揃って、空いている手で逆の新郎側を指しているのに気づき、雪兎と瞳子は蒼・青双子龍とは逆回りで、景子の隣に並び、皆で神前へ向き直った。
黄龍の祝詞が終わったところで、神前に一礼すると、新郎新婦を振り返り、にこやかに二人を見ると黄龍個人としての祝いの言葉を述べた。
それを機に、参列者皆が盃を上げ、口々に祝いの言葉を述べた。
ひと通りの儀式を終え、雅楽に送られながら新郎新婦が退場していった。
「この後は祝宴です。2階大広間ですが、準備が整い次第、私、秋菟がお迎えにあがりますので、それぞれ控えの間でお待ちください」
