渡幽してから、すっかり幽世に馴染んでしまった風の瞳子夫婦。
 瞳子はあやかしの子らを引き連れて、祝言の膳の準備に明け暮れている一方、雪兎は蒼・青双子龍と漣や鬼堂・鬼丸を連れて、連日、華原 龍のカフェに入り浸っている。
 瞳子が「めし処」の厨で、各料理の火加減を弥狐(やこ)に教え、鬼桃のフローズンダイキリのための凍らせ方を沙雪(さゆき)と調整していると、店の方で声がした。
 「お邪魔しますよ。瞳子さぁーん?瞳子さん、いるかえ?幽玄館の方でこちらにおいでと伺いましたが?」
 このカラリと通る声は、鬼灯だ。
 「はぁーい」
 瞳子は、慌てて手を拭いながら店の方へ向かった。
 「やはり、こちらにいらしたんだ。良かった。衣裳が出来てまいりましたんで、お持ちしましたよ」
 「わぁ、楽しみだわ。早速、見せていただくわ」
 出来あがった衣裳は、柔らかな淡黄(たんこう)のシルク。透き通るような不言色(いわぬいろ)の薄衣が重なり、下には雪兎のジャケットと同色の水縹(みずはなだ)のフレアパンツ。仕上げに、金糸雀色(かなりあいろ)のショールが添えられていた。
 「着てみていいかしら?」
 瞳子がワクワクが止まらないというような、うわずった声で尋ねた。
 「もちろんですよ。お直しがあれば、すぐに直さないとね。ちょっとお待ちを・・・」
 鬼灯は瞳子に断ってから、一旦、店の外に出ると、お伴でついてきた店の者を中に引き入れた。
 「お召しになる準備をしておくれ」
 鬼灯の一声で、てきぱきと店の小上がりに外から見えないように幕を張り、持ってきた折り畳みの姿見を準備した。
 「さあ、どうぞ」
 進められて、着替えた瞳子は、鏡を見て驚いた。
 用意された幕の内側が、雪兎の衣装と同じ深縹だった。そのなかに立つ瞳子は、深縹の空に浮かんでいる、あの夢で見た月と同じ。
 「鬼灯さん、こ、これは・・・」
 「どうだい?気に入ったかえ?」
 幕を開けて、鬼灯が小上がりに上がってきて、四方から瞳子を眺めて、瞳子以上に悦に入っている。
 「うん。うん。いい出来だ。さすが、ウチの、九鬼(くき)の職人だぁね」
 「思ってた以上にいい雰囲気になってる!ありがとう!」
 「いや、九鬼に任せていただきゃ、間違いないと申し上げたでしょ。で、最後の仕上げだ」
 「え?まだできてないの?もう充分だけど?」
 「いや、普通にお召しになるんなら、このままで充分さね。その薄衣に紋を入れなきゃね。祝言の立会人となるからには、ただの衣装じゃダメさね。この紋が、お前さんの役割を示すんだよ。一族の紋、家の紋、そして本人の紋。3つ揃って初めて“立会人”としての証しになるんだ。瞳子さんは、女紋をお持ちかえ?」
 「え?えぇ・・・私の女紋は「揚羽」です。でも、一族の紋と盈月の家紋は、わかりません」
 「あぁ、一族の紋も、盈月家の紋もわかっておりますから。一族の紋は、神薙ですから『兎』。盈月の紋は『満月に八雲』そっちはもう入ってますから御覧なさいまし。あとは、背と両袖に瞳子さんご自身の紋を入れて出来上がりってことで。ただ、最近の現世じゃ、家紋も女紋も持ってない、知らないって方が多うござんしてね。もし、瞳子さんが紋をお持ちでなかったら、この機会に決めりゃいいとおもってたんですが、お持ちで良かった」
 瞳子は、薄衣を脱いで明かりに透かすと、尻尾を突き合せて丸まっている2匹の兎と満月を囲むように配された雲。この二つが大小で散りばめられている。
 (へぇ・・・よく見ないとわからないくらいの透かしで入ってて、おしゃれね)
 薄衣の紋に見入っている瞳子を満足げに見て、鬼灯は腰をあげた。

 「さて、仕事は終わった。あとは本番を楽しむだけさね。じゃ、あたしゃこれで!」
 ひらりと手を振ると、鬼灯は伴の者を引き連れて、さっさと店を出ていった。
 残された瞳子は、思わず笑ってしまった。

 小上がりに座りこんで、一息ついていると、弥狐たちが裏からやってきた。
 「瞳子のアチャイ、見たかった!」
 弥狐が駆け寄り、沙雪も不満げに頬を膨らませる。
 「アハハ。いいじゃない。明後日には見られるわよ。当日までお楽しみ!ね!それより、この間話してた、『上弦の月の宴』について、もうちょっと教えてくれない?」
 「瞳子、また?もう何回も話したのに・・・」
 「いいじゃない。ね?もう一回聞かせて」