そんななか、兎士郎と刑が獲物を見つけた小動物のように、スクッと立ち上がり、鼻をヒクヒクさせながらキョロキョロし始めた。
「兎士郎、刑、どうしたのだ?何をキョロキョロしてる?」
青龍・朔が不思議そうに、二人に声を掛けると、代わりに答えたのは漣だった。
「青龍様、コーヒーでございますよ。この薫りにお二方は反応されたようです。これは、雪兎様が淹れられたコーヒーの薫り。格別でございますね」
「こーひー・・・」
すぅーっと鼻から吸い込み、ほぅーっと息を吐き出して、目を閉じて、鼻をヒクヒクさせて青龍までも立ち上がってしまった。
「う~ん。『幽玄館ホテル』で飲んだ時の薫りと全然違うな。なんというか、芳ばしい良い薫りだな」
「朔!朔、行儀悪いよ。青龍ともあろう者が、キチンと座りなさい」
蒼龍・晦が青龍の袖を引いて座らせる。
「まったく、雪兎様のコーヒーには幻術のようなチカラがあるようですね」
兎士郎、刑、青龍のそんな姿を半ばあきれ顔で見つつ笑う漣
「みなさん、お疲れでしょう?ちょっと一息入れませんか?」
雪兎がコーヒーを運んで来た。
兎士郎と刑は、待ってられないとばかりにコーヒーカップ代わりの湯飲みを奪い取るように手にすると、ちんまりと座り、両手で大切そうに包んで、目を閉じて薫りを嗅いでいる。
雪兎は、「どうぞ」と言いながら、青龍、蒼龍、漣にコーヒーを差し出した。
恐る恐る手を出した蒼・青の双子龍は、同じように湯飲み茶わんを持ち、同じように薫りを嗅いで、同時にそーっとコーヒーを口にした。
「旨いっ!」
「苦っ!」
ここばかりは、双子でも意見が分かれた。青龍は旨いと言ったが、兄・蒼龍には苦かったようで、渋い顔をしている。
「あ、蒼龍さんは、苦いのは苦手でしたか?」
「う~ん・・・薫りはとても良い薫りで好きですが、この苦いのは私にはどうも・・・」
「晦は、子どもだな。この苦みが良いのではないか。なぁ、雪兎?」
「えぇ。薫りと苦みがコーヒーの特徴ですが、苦みを抑えた飲み方もありますよ」
雪兎は、蒼龍の茶碗を引き取ると、コーヒーの半分を空の茶碗に移し、蒼龍の茶碗の残りに盆にのせていた小ぶりな雪平から白い液体を注ぎ入れた。そこに用意していた角砂糖を二つ落とし入れると竹の匙で良く混ぜ、蒼龍の前に戻した。
「これは、コーヒーをアレンジした『カフェ・オ・レ』というモノです。ずいぶん、苦みが抑えられて飲みやすいと思いますよ」
勧められた蒼龍は、飲む前から苦そうな顔を茶碗に近づけ、渋々といった体で飲み始めた。
「・・・・・う、旨いっ!苦くない!これは、私もいただける苦さ。美味しいですよ。雪兎!」
飲み始めた時とは雲泥の表情となった蒼龍・晦。
それを見ていた青龍・朔が、「自分にもひと口くれ」と晦に迫っている。晦は「朔には朔のがあるでしょう」と突き放しているが、朔も折れない。
「やれやれ。そういうところを他の皆には見せられませんな。現・黄龍の八龍であり、かたや次期黄龍様だというのに・・・。いつまでもご兄弟睦まじいのは結構ですけどね。揃って、子どものままというのは・・・」
漣は、口角を片方だけ上げる、いつもの皮肉な笑いを見せながら、コーヒーを啜った。
「漣、お前も偉そうなことを言っておるが、コーヒーは啜ってのむものじゃないのだぞ。主こそ、子どもではないか。のぅ、兎士郎殿。アハハハハ」
刑に豪快に笑い飛ばされて、冷淡な笑みから、怒りを帯びた目の色になる漣。
「仕方ないではありませんか!熱いのはあまり得意ではないのです!」
漣の凍り付きそうな視線に、大笑いしていた刑も兎士郎も固まってしまった。
コーヒーでワイワイとしている男性陣の元に、秋菟がやってきた。
「あ・・・コーヒー・・・・」
恨めしげに雪兎を見やって、大きく深呼吸した。
「ふぅ…。良い薫りでございますね」
「あ。繊月さん。コーヒーどうですか?」
「・・・いえ。とんでもないっ。この皆さま方と席を共にしてコーヒーをいただくなぞ、数百年いえ、数千年早い所業でございます」
それでも、秋菟の目は物欲しそうだ。
「え?そんなものかい?じゃ、厨の方で瞳子さんたちと一緒に。それならいいでしょ?」
雪兎の提案に、満面の笑みで頷く秋菟に、ようやくコーヒーから顔を離した兎士郎が尋ねた。
「お前、そんなコーヒーのことより、何か用があったんじゃないのか?」
「あぁ。そうでした!一龍齋様、お助けください。瞳子様のおっしゃることが、我ら幽世の、ここ「幽玄館 龍別邸」地域の者にはわからぬことばかりで・・・」
全く困り果てたという顔で、漣を見つめる秋菟。漣は、コーヒーを飲み干し、雪兎に礼を告げて腰を上げた。
「仕方のない奴らだな。ちっとは、世事にも通じておかんとな」
秋菟と一緒に厨へ入った漣を見て、あやかしたちが一堂に、救いの神とばかりの目を向ける。
「瞳子様、何かお困りで?」
「お困りもなにも・・・料理はここでするの?何の機材もないのに・・・」
「機材?ですか?」
「そうよ。ガスレンジとか、電子レンジとかオーブンとか・・・フードプロセッサーも欲しいわね」
「あぁ、そういったモノは、あちらの大通りにある歌舞伎座裏の「幽玄館ホテル」の厨房にはございますが、鬼堂様と景子様の式と宴は、ここ「幽玄館 龍別邸」にて執り行います故、料理を「幽玄館ホテル」で作られると、こちらまで運ぶのがかなり厄介かと・・・」
「歌舞伎座・・・あの裏かぁ・・・」
今度は、瞳子が困り果てたという顔で漣を見つめている。
漣は、弥狐と紗雪を手招きすると、瞳子に二人を紹介し、弥狐は狐火を操れること。紗雪は吹雪を操れることを説明した。そして、弥狐は竈に火を入れ、その火を自在に大きくしたり、小さくしたりした。紗雪は手桶の水をシャーベット状に、そしてカチカチの氷に変えて見せた。
「ふーん。そういうこと・・・。上手く使えば、いろいろ面白いことができそうね。じゃ、あとは調理器具ね。鍋とかフライパンとか・・・。それは、ホテルで借りられる?」
「借りてもようございますが、瞳子様のお気に召すものを作らせることもできますよ」
「作るって・・式は一週間後よ?作ってる時間なんて・・・」
「なぁに、一晩もあれば、充分でございますよ。瞳子様のご希望の鍋を絵に描いていただければ・・・」
「そ、そうなの?」
「瞳子様、ここは、幽世でございますよ。あやかしと神の住まう街ですよ。そのくらいのこと、お安い御用でございます」
漣はどこで覚えて来たのか?西洋のバトラーがするようなお辞儀をしておどけてみせた。
「あらら。漣くんでも、そんなおちゃめなことするのね。じゃ、ちょっと待って。絵なら私より雪兎の方が上手いから」
笑いながら答えて、瞳子は大声で雪兎を呼んだ。
雪兎は、事情を聴いて、瞳子の要望の鍋とフライパンをいくつか、様々な角度でサラサラと描いてみせた。
「どう?瞳子さんの納得のいくようなのが描けてる?」
「うん、うん!さすが、雪兎ね!」
雪兎の描いたスケッチを受け取った漣も感心して頷いている。
「で?瞳子様、こちらすべて鉄製でよろしいか?」
「え?えぇ・・・って、それ全部を一晩で?大丈夫?」
「瞳子様、ここは・・・」
「ハイハイ。幽世だものね」
漣は、ひとりの少年を手招きして呼び寄せた。
少年の名は「透馬」。『大口真神』の眷属オオカミ族の少年で、足が早いらしい。
「透馬、これから斬鉄の爺さんのところへ行って、一龍齋からの注文だとコレを渡してきてくれ。それと、こっちのメモはホテルの料理長に。それから・・・」
漣は、マジシャンのような手つきで色とりどりの数枚の紙を懐から取り出し、トランプさながら広げ、数を確認してから、続けて透馬に言った。
「こちらは、青龍様、蒼龍様以外の八龍の皆さまへ。この分厚い金色のモノは、黄龍様・姫龍様宛だからの。お屋敷の神薙長・瞬菟殿に。こちらの分厚い赤いのは百目家へ。百目の家には、鬼堂様の乳母だった麗婆さんがいるだろうから、婆さんに渡せばいい。それから、妖狐の狐窈様へ。蒼龍様・青龍様の乳母だったお銀のところ、そしてお前の親父さんだ。オオカミ族は誰を代表でお呼びすれば良いのか、こちらで判断できなかったのだ。そちらで決めてくれと伝えてくれ。いいか?」
透馬は漣から、スケッチ、メモ、色とりどりの紙を受け取り、まさしく風のごとく駆けていった。
「大丈夫?あんな小さな子に、あんなにたくさん用事を言いつけて・・・」
「体は小さいが、随分な歳ですよ。それに、彼の家はオオカミ族のなかでも『大口真神』様に一番に仕える一族で、透馬はその跡取りですから」
透馬が消えて、数分後。
赤い何かが、漣に向って飛んで来た。それが近くまで来て、折り紙の赤い龍だとわかった。龍は、漣の前で二、三度弧を描いて、漣が広げた掌にポトリと落ちた。
掌の龍は立ち上がると喋り始めたので、雪兎と瞳子は腰を抜かさんばかりだ。
「一龍齋殿、喜んで参加させていただく。鬼堂殿と奥方にもよろしく」
話し終えた龍は、音もなくすぅーっと消えた。
「な、なに?いまの・・・」
「赤龍様からの祝言へのご出席のお返事ですよ」
漣は、事もなげに答えた。唖然としている瞳子と雪兎をよそに、様々な色の龍、鬼⁉、犬・・・いや狼か・・・の、折り紙の返事が漣の下へ飛んできては、それぞれに出席の意志とお祝いの言葉を述べて消えていく。
最後にひときわ大きな龍が飛んできたと思うと、重々しい声と涼やかな女性の笑いが混じった声が聞こえてきた。
『漣、まとめ役、ご苦労だな。ま、幼馴染たちの祝言。精一杯やってくれ。それから、瞳子というたか?現世の料理を振舞ってくれるという・・・その者に頼んで欲しいのだがな。私は、卵のツルンとした熱々の、アレを食べたいのぅ。いろんな者に作らせたが、いまひとつ、何かが違うのだ。ぜひ、頼んでみてくれんかのぅ・・・』
声が重々しい割には、どこか親しみのあるような話し方の声の向こうで、引き続き、涼やかな声で笑っていた女性の声がする。
『え?御大、ご自分だけ注文つけて、ずるいわ!・・・あ?わたくしも注文してよろしいの?わたくしもあの料理は、いろいろ入っていて宝探しみたいで楽しくて好きでしたわ。でも、注文して良いなら、わたくしは断然、アレ!鬼桃の酒!アレも、どこでお願いしてもおいしいのに出会ってませんもの。よろしいでしょ?わたくしは、鬼桃の、酒。甘くて、冷たくて・・・あら、思い出したら、余計に飲みたくなってきたわ。漣。お願いね!』
勝手なことを言うだけ言ったら、派手な煙を上げて、消えていった。
「なんなの?いったい・・・」
いつもの瞳子なら「勝手なことばっかり言ってるんじゃないわよ!」と怒っていただろうが、いまは摩訶不思議な出来事を目の前にして。怒るより驚く方が先になっている。
「一番最後は、黄龍様・姫龍様でございます」
「え??幽世のトップ・オブ・トップの??そんな偉い方も出席されるの?そんな方にお出しできる料理なんてできないわよぉ」
珍しく弱気な発言の瞳子の背を軽くたたいて、雪兎が励ますように言った。
「瞳子さん、わざわざリクエストくれてるんだ。景子ちゃんのお祝いのためにも、瞳子さんの腕のみせどころじゃないかい?」
「雪兎は、呑気でいいわよ。作るのは、私よ?それに、なに?『卵のツルンの熱々』?だいたい卵なんて、卵料理なんてツルンとしてるモノばかりよ?目玉焼きだって、出来立てのゆで卵だって、『ツルンの熱々』よ!は?『鬼桃の酒』?何それ、そんなメニュー知らないわよ!てか、鬼桃って何⁉現世にあるヤツで例えて!料理名で言ってよぉ。果実酒なんて、これから漬けたって、当日までに間に合わないわよぉ。つか、鬼桃って何?現世にナイ、私が見たこともナイものを言わないでよぉ~」
「そりゃ、まぁ・・・そうだけど・・・。漣くん、何か知らないかな?どんなものかわかれば、瞳子さんなら再現できると思うんだけどな」
「私にはわかりかねますが、あそこにいる息子二人なら、何かご存知かも知れませんね」
漣は顎で、蒼・青双子龍を指した。
そんなやりとりをしてる間に、もう透馬が戻ってきて、漣の隣に立っている。
「う、うそ・・・もう全部回ってきたの?早くない?早過ぎない?」
「瞳子様、全部回ってきたからこそ、皆さまから続々とお返事を頂いてではありませぬか」
「あぁ・・・そうね。それにしても・・・」
まだ納得いかなそうな顔の瞳子の前に、何かがポトリと落ちた。しゃがんで拾い上げると、随分と色のくすんだ狐の折り紙。 その狐は、瞳子の掌に乗ると、「誰じゃ、お前は?漣は?漣はおらんのか?」と叫びながら、透馬の肩に乗った。
「おぉ。御神犬の小僧。漣を知らぬか?」
漣は屈みこんで透馬の肩の狐に目線を合わせて呼びかけた。
「お銀婆、私はここです。ずいぶん鼻も目も効かなくなったようですね」
「うるさいわっ!鬼丸のヤツ、嫁をもらうなど生意気になったな。どれ、当日はこのお銀が昔の恥話をたんと披露してやるでな。覚悟しておけと伝えておけ。ま、それでもヤツも良いところもあるのぅ、あの幼馴染のゆ・・・」
― グシャっ ―
派手な音を立てて、漣に握りつぶされた狐は、まだ何か「フゴフゴ」言っていたが、クシャリと丸めたソレを漣が内ポケットにしまい込んだので、何を言っているのか‥‥。
当の漣は何事もなかったかのように話の続きを始めた。
「瞳子様、『幽玄館ホテル』の料理長から、調味料はすべて調えて、明日には届けてくださるとのお返事を透馬がいただいて参りました。同じ頃合で注文した鍋も揃うことでしょう。あとは、食材ですね」
そう言うと、漣は瞳子の食材のメモを見ながら指差し確認しつつ頷いている。ひと通り目を通し終わって、瞳子に顔を向けた。
「瞳子様、今日はずいぶんといろいろあってお疲れでしょうから、お部屋でゆっくりなさって、お食事や湯を堪能していただいて、明日、少し出掛けませんか?」
「そうね。なんだか此処へ着いてから次から次へといろいろあり過ぎて・・・。一日で一年歳とった気分よ。で?出かけるってどこへ?」
「瞳子様の食材のリストを拝見しておりましたら、現世で仕入れてくるモノと、ここ幽世でも手に入るモノがございます。その幽世で手に入るモノを見に行きませんか?幽世観光がてら。素材が瞳子様のお気に召さなかった場合は、現世にて取り揃えて参りましょう。なに、幽世にもこんなにいい素材があると自慢させていただきたいというか・・・」
漣にしては珍しく控えめな物言いで、瞳子の様子を窺っている。
「う~ん・・・そうね。こちらの食材で現世のお料理っていうのも、景子と鬼堂さん二人の結婚を象徴してていいかもね。わかった。そうしましょ。」
瞳子が気分よく同意してくれたことに、ホッとした顔をしつつ、こちらを伺い見ていた、兎士郎、刑、蒼・青双子龍に、漣が親指を立てたサムズアップのサインを送ったことに、瞳子は気づいていない。
とりあえず、『めし処』からは撤収して、『幽玄館 龍別邸』の玄関へ戻った一同。
「刻限にはそれぞれお迎えにあがりますので、皆さま、それぞれお部屋でおくつろぎください。今宵は、瞳子様御一行様の歓迎の宴と参りましょう。厨人に用意させます故、しばしお待ちくださいませ」
漣は、ツーリストに戻って、皆に伝えると、最初に瞳子たちを部屋に案内した四人を呼び付けて、何やら指示を出している。
「瞳子、雪兎、改めて俺の部屋で飲み直すか?秋菟に用意させるか・・・」
青龍・朔が手を上げて、秋菟を呼ぼうとしているのを遮って雪兎が尋ねた。
「烏頭さんとお話させていただきたいのですが・・・?」
「ん?刑と?あぁ。風兎の話か・・・。今日でなくとも良くないか?まだ時間はある。
「いつだったら・・・」
青龍は、雪兎の言葉を無かったことのように、秋菟を呼び寄せると、軽い酒の用意と雪兎を湯に案内してやれと言いつけて、スタスタと自室へ戻って行った。
取り残されたカタチになった雪兎は、秋菟に促されて、湯へと向かった。
さらに取り残されそうになって、慌てて漣を呼び止める瞳子。
「漣クン、ちょっとお願いなんだけど・・・。私たちの部屋、男女同衾がダメだとかで、お部屋も別々にされてるんだけど、なんとかならない?」
「あぁ。その件でしたら、お部屋に戻られたら、雪兎様のお荷物も瞳子様のお部屋へ運ばれていると思いますよ。鬼丸・・・いや鬼堂殿と景子様がこうなって、祝言を此処で挙げることになりましたので、雪兎様のお部屋は、花嫁様の控え室となり、瞳子様のお部屋と青龍様のお部屋がそれぞれの立会人のお部屋となりますので。ただ、おやすみの際は、衝立を挟んでおやすみいただくということで…。ま、お休みの際には、誰が見ているわけでもありませんがね・・・」
最後は、意味ありげな笑みを見せ、漣は宿の厨房へと向かっていった。
その夜は、見たこともないような料理の数々と不思議な味の酒で、盛大にもてなされ、初日だというのにいろいろあったこともあり、瞳子も雪兎も部屋へ戻るなり、布団にもぐりこんで眠ってしまった。
その夜、瞳子は不思議な夢を見ていた。
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深縹色の空に、梔子で染めたような不言色の上弦の月がぽっかりと口を開けたように浮かんでいる。その空を背に、大勢で楽し気に飲み、騒いでいる。
青龍たちの幻術で見た、卯兎が消えた日の宴?いや、あの幻術で見たのとは違う…。
広い座敷に大勢がいて…。部屋のなかにあるのは、何?笹?
皆が楽し気に、おいしそうに、酒を、食事を、宴そのものを心から楽しんでいるようだ。
私は、コレをどこから見てるの?キョロキョロと見回すと、後ろに秋菟が大きな竹筒を持って立っている。繊月さん?なんで?
気づくと瞳子自身も大きな竹筒を携えている。
兎士郎が、そして大きな体躯の黄色い髪の男性と薄い桃色の髪を軽く結い上げた美しい女性が瞳子に向かって何か言いながら、手招きしている。
瞳子はどうしていいのかわからず、その宴のただなかに、佇んでいた。
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「兎士郎、刑、どうしたのだ?何をキョロキョロしてる?」
青龍・朔が不思議そうに、二人に声を掛けると、代わりに答えたのは漣だった。
「青龍様、コーヒーでございますよ。この薫りにお二方は反応されたようです。これは、雪兎様が淹れられたコーヒーの薫り。格別でございますね」
「こーひー・・・」
すぅーっと鼻から吸い込み、ほぅーっと息を吐き出して、目を閉じて、鼻をヒクヒクさせて青龍までも立ち上がってしまった。
「う~ん。『幽玄館ホテル』で飲んだ時の薫りと全然違うな。なんというか、芳ばしい良い薫りだな」
「朔!朔、行儀悪いよ。青龍ともあろう者が、キチンと座りなさい」
蒼龍・晦が青龍の袖を引いて座らせる。
「まったく、雪兎様のコーヒーには幻術のようなチカラがあるようですね」
兎士郎、刑、青龍のそんな姿を半ばあきれ顔で見つつ笑う漣
「みなさん、お疲れでしょう?ちょっと一息入れませんか?」
雪兎がコーヒーを運んで来た。
兎士郎と刑は、待ってられないとばかりにコーヒーカップ代わりの湯飲みを奪い取るように手にすると、ちんまりと座り、両手で大切そうに包んで、目を閉じて薫りを嗅いでいる。
雪兎は、「どうぞ」と言いながら、青龍、蒼龍、漣にコーヒーを差し出した。
恐る恐る手を出した蒼・青の双子龍は、同じように湯飲み茶わんを持ち、同じように薫りを嗅いで、同時にそーっとコーヒーを口にした。
「旨いっ!」
「苦っ!」
ここばかりは、双子でも意見が分かれた。青龍は旨いと言ったが、兄・蒼龍には苦かったようで、渋い顔をしている。
「あ、蒼龍さんは、苦いのは苦手でしたか?」
「う~ん・・・薫りはとても良い薫りで好きですが、この苦いのは私にはどうも・・・」
「晦は、子どもだな。この苦みが良いのではないか。なぁ、雪兎?」
「えぇ。薫りと苦みがコーヒーの特徴ですが、苦みを抑えた飲み方もありますよ」
雪兎は、蒼龍の茶碗を引き取ると、コーヒーの半分を空の茶碗に移し、蒼龍の茶碗の残りに盆にのせていた小ぶりな雪平から白い液体を注ぎ入れた。そこに用意していた角砂糖を二つ落とし入れると竹の匙で良く混ぜ、蒼龍の前に戻した。
「これは、コーヒーをアレンジした『カフェ・オ・レ』というモノです。ずいぶん、苦みが抑えられて飲みやすいと思いますよ」
勧められた蒼龍は、飲む前から苦そうな顔を茶碗に近づけ、渋々といった体で飲み始めた。
「・・・・・う、旨いっ!苦くない!これは、私もいただける苦さ。美味しいですよ。雪兎!」
飲み始めた時とは雲泥の表情となった蒼龍・晦。
それを見ていた青龍・朔が、「自分にもひと口くれ」と晦に迫っている。晦は「朔には朔のがあるでしょう」と突き放しているが、朔も折れない。
「やれやれ。そういうところを他の皆には見せられませんな。現・黄龍の八龍であり、かたや次期黄龍様だというのに・・・。いつまでもご兄弟睦まじいのは結構ですけどね。揃って、子どものままというのは・・・」
漣は、口角を片方だけ上げる、いつもの皮肉な笑いを見せながら、コーヒーを啜った。
「漣、お前も偉そうなことを言っておるが、コーヒーは啜ってのむものじゃないのだぞ。主こそ、子どもではないか。のぅ、兎士郎殿。アハハハハ」
刑に豪快に笑い飛ばされて、冷淡な笑みから、怒りを帯びた目の色になる漣。
「仕方ないではありませんか!熱いのはあまり得意ではないのです!」
漣の凍り付きそうな視線に、大笑いしていた刑も兎士郎も固まってしまった。
コーヒーでワイワイとしている男性陣の元に、秋菟がやってきた。
「あ・・・コーヒー・・・・」
恨めしげに雪兎を見やって、大きく深呼吸した。
「ふぅ…。良い薫りでございますね」
「あ。繊月さん。コーヒーどうですか?」
「・・・いえ。とんでもないっ。この皆さま方と席を共にしてコーヒーをいただくなぞ、数百年いえ、数千年早い所業でございます」
それでも、秋菟の目は物欲しそうだ。
「え?そんなものかい?じゃ、厨の方で瞳子さんたちと一緒に。それならいいでしょ?」
雪兎の提案に、満面の笑みで頷く秋菟に、ようやくコーヒーから顔を離した兎士郎が尋ねた。
「お前、そんなコーヒーのことより、何か用があったんじゃないのか?」
「あぁ。そうでした!一龍齋様、お助けください。瞳子様のおっしゃることが、我ら幽世の、ここ「幽玄館 龍別邸」地域の者にはわからぬことばかりで・・・」
全く困り果てたという顔で、漣を見つめる秋菟。漣は、コーヒーを飲み干し、雪兎に礼を告げて腰を上げた。
「仕方のない奴らだな。ちっとは、世事にも通じておかんとな」
秋菟と一緒に厨へ入った漣を見て、あやかしたちが一堂に、救いの神とばかりの目を向ける。
「瞳子様、何かお困りで?」
「お困りもなにも・・・料理はここでするの?何の機材もないのに・・・」
「機材?ですか?」
「そうよ。ガスレンジとか、電子レンジとかオーブンとか・・・フードプロセッサーも欲しいわね」
「あぁ、そういったモノは、あちらの大通りにある歌舞伎座裏の「幽玄館ホテル」の厨房にはございますが、鬼堂様と景子様の式と宴は、ここ「幽玄館 龍別邸」にて執り行います故、料理を「幽玄館ホテル」で作られると、こちらまで運ぶのがかなり厄介かと・・・」
「歌舞伎座・・・あの裏かぁ・・・」
今度は、瞳子が困り果てたという顔で漣を見つめている。
漣は、弥狐と紗雪を手招きすると、瞳子に二人を紹介し、弥狐は狐火を操れること。紗雪は吹雪を操れることを説明した。そして、弥狐は竈に火を入れ、その火を自在に大きくしたり、小さくしたりした。紗雪は手桶の水をシャーベット状に、そしてカチカチの氷に変えて見せた。
「ふーん。そういうこと・・・。上手く使えば、いろいろ面白いことができそうね。じゃ、あとは調理器具ね。鍋とかフライパンとか・・・。それは、ホテルで借りられる?」
「借りてもようございますが、瞳子様のお気に召すものを作らせることもできますよ」
「作るって・・式は一週間後よ?作ってる時間なんて・・・」
「なぁに、一晩もあれば、充分でございますよ。瞳子様のご希望の鍋を絵に描いていただければ・・・」
「そ、そうなの?」
「瞳子様、ここは、幽世でございますよ。あやかしと神の住まう街ですよ。そのくらいのこと、お安い御用でございます」
漣はどこで覚えて来たのか?西洋のバトラーがするようなお辞儀をしておどけてみせた。
「あらら。漣くんでも、そんなおちゃめなことするのね。じゃ、ちょっと待って。絵なら私より雪兎の方が上手いから」
笑いながら答えて、瞳子は大声で雪兎を呼んだ。
雪兎は、事情を聴いて、瞳子の要望の鍋とフライパンをいくつか、様々な角度でサラサラと描いてみせた。
「どう?瞳子さんの納得のいくようなのが描けてる?」
「うん、うん!さすが、雪兎ね!」
雪兎の描いたスケッチを受け取った漣も感心して頷いている。
「で?瞳子様、こちらすべて鉄製でよろしいか?」
「え?えぇ・・・って、それ全部を一晩で?大丈夫?」
「瞳子様、ここは・・・」
「ハイハイ。幽世だものね」
漣は、ひとりの少年を手招きして呼び寄せた。
少年の名は「透馬」。『大口真神』の眷属オオカミ族の少年で、足が早いらしい。
「透馬、これから斬鉄の爺さんのところへ行って、一龍齋からの注文だとコレを渡してきてくれ。それと、こっちのメモはホテルの料理長に。それから・・・」
漣は、マジシャンのような手つきで色とりどりの数枚の紙を懐から取り出し、トランプさながら広げ、数を確認してから、続けて透馬に言った。
「こちらは、青龍様、蒼龍様以外の八龍の皆さまへ。この分厚い金色のモノは、黄龍様・姫龍様宛だからの。お屋敷の神薙長・瞬菟殿に。こちらの分厚い赤いのは百目家へ。百目の家には、鬼堂様の乳母だった麗婆さんがいるだろうから、婆さんに渡せばいい。それから、妖狐の狐窈様へ。蒼龍様・青龍様の乳母だったお銀のところ、そしてお前の親父さんだ。オオカミ族は誰を代表でお呼びすれば良いのか、こちらで判断できなかったのだ。そちらで決めてくれと伝えてくれ。いいか?」
透馬は漣から、スケッチ、メモ、色とりどりの紙を受け取り、まさしく風のごとく駆けていった。
「大丈夫?あんな小さな子に、あんなにたくさん用事を言いつけて・・・」
「体は小さいが、随分な歳ですよ。それに、彼の家はオオカミ族のなかでも『大口真神』様に一番に仕える一族で、透馬はその跡取りですから」
透馬が消えて、数分後。
赤い何かが、漣に向って飛んで来た。それが近くまで来て、折り紙の赤い龍だとわかった。龍は、漣の前で二、三度弧を描いて、漣が広げた掌にポトリと落ちた。
掌の龍は立ち上がると喋り始めたので、雪兎と瞳子は腰を抜かさんばかりだ。
「一龍齋殿、喜んで参加させていただく。鬼堂殿と奥方にもよろしく」
話し終えた龍は、音もなくすぅーっと消えた。
「な、なに?いまの・・・」
「赤龍様からの祝言へのご出席のお返事ですよ」
漣は、事もなげに答えた。唖然としている瞳子と雪兎をよそに、様々な色の龍、鬼⁉、犬・・・いや狼か・・・の、折り紙の返事が漣の下へ飛んできては、それぞれに出席の意志とお祝いの言葉を述べて消えていく。
最後にひときわ大きな龍が飛んできたと思うと、重々しい声と涼やかな女性の笑いが混じった声が聞こえてきた。
『漣、まとめ役、ご苦労だな。ま、幼馴染たちの祝言。精一杯やってくれ。それから、瞳子というたか?現世の料理を振舞ってくれるという・・・その者に頼んで欲しいのだがな。私は、卵のツルンとした熱々の、アレを食べたいのぅ。いろんな者に作らせたが、いまひとつ、何かが違うのだ。ぜひ、頼んでみてくれんかのぅ・・・』
声が重々しい割には、どこか親しみのあるような話し方の声の向こうで、引き続き、涼やかな声で笑っていた女性の声がする。
『え?御大、ご自分だけ注文つけて、ずるいわ!・・・あ?わたくしも注文してよろしいの?わたくしもあの料理は、いろいろ入っていて宝探しみたいで楽しくて好きでしたわ。でも、注文して良いなら、わたくしは断然、アレ!鬼桃の酒!アレも、どこでお願いしてもおいしいのに出会ってませんもの。よろしいでしょ?わたくしは、鬼桃の、酒。甘くて、冷たくて・・・あら、思い出したら、余計に飲みたくなってきたわ。漣。お願いね!』
勝手なことを言うだけ言ったら、派手な煙を上げて、消えていった。
「なんなの?いったい・・・」
いつもの瞳子なら「勝手なことばっかり言ってるんじゃないわよ!」と怒っていただろうが、いまは摩訶不思議な出来事を目の前にして。怒るより驚く方が先になっている。
「一番最後は、黄龍様・姫龍様でございます」
「え??幽世のトップ・オブ・トップの??そんな偉い方も出席されるの?そんな方にお出しできる料理なんてできないわよぉ」
珍しく弱気な発言の瞳子の背を軽くたたいて、雪兎が励ますように言った。
「瞳子さん、わざわざリクエストくれてるんだ。景子ちゃんのお祝いのためにも、瞳子さんの腕のみせどころじゃないかい?」
「雪兎は、呑気でいいわよ。作るのは、私よ?それに、なに?『卵のツルンの熱々』?だいたい卵なんて、卵料理なんてツルンとしてるモノばかりよ?目玉焼きだって、出来立てのゆで卵だって、『ツルンの熱々』よ!は?『鬼桃の酒』?何それ、そんなメニュー知らないわよ!てか、鬼桃って何⁉現世にあるヤツで例えて!料理名で言ってよぉ。果実酒なんて、これから漬けたって、当日までに間に合わないわよぉ。つか、鬼桃って何?現世にナイ、私が見たこともナイものを言わないでよぉ~」
「そりゃ、まぁ・・・そうだけど・・・。漣くん、何か知らないかな?どんなものかわかれば、瞳子さんなら再現できると思うんだけどな」
「私にはわかりかねますが、あそこにいる息子二人なら、何かご存知かも知れませんね」
漣は顎で、蒼・青双子龍を指した。
そんなやりとりをしてる間に、もう透馬が戻ってきて、漣の隣に立っている。
「う、うそ・・・もう全部回ってきたの?早くない?早過ぎない?」
「瞳子様、全部回ってきたからこそ、皆さまから続々とお返事を頂いてではありませぬか」
「あぁ・・・そうね。それにしても・・・」
まだ納得いかなそうな顔の瞳子の前に、何かがポトリと落ちた。しゃがんで拾い上げると、随分と色のくすんだ狐の折り紙。 その狐は、瞳子の掌に乗ると、「誰じゃ、お前は?漣は?漣はおらんのか?」と叫びながら、透馬の肩に乗った。
「おぉ。御神犬の小僧。漣を知らぬか?」
漣は屈みこんで透馬の肩の狐に目線を合わせて呼びかけた。
「お銀婆、私はここです。ずいぶん鼻も目も効かなくなったようですね」
「うるさいわっ!鬼丸のヤツ、嫁をもらうなど生意気になったな。どれ、当日はこのお銀が昔の恥話をたんと披露してやるでな。覚悟しておけと伝えておけ。ま、それでもヤツも良いところもあるのぅ、あの幼馴染のゆ・・・」
― グシャっ ―
派手な音を立てて、漣に握りつぶされた狐は、まだ何か「フゴフゴ」言っていたが、クシャリと丸めたソレを漣が内ポケットにしまい込んだので、何を言っているのか‥‥。
当の漣は何事もなかったかのように話の続きを始めた。
「瞳子様、『幽玄館ホテル』の料理長から、調味料はすべて調えて、明日には届けてくださるとのお返事を透馬がいただいて参りました。同じ頃合で注文した鍋も揃うことでしょう。あとは、食材ですね」
そう言うと、漣は瞳子の食材のメモを見ながら指差し確認しつつ頷いている。ひと通り目を通し終わって、瞳子に顔を向けた。
「瞳子様、今日はずいぶんといろいろあってお疲れでしょうから、お部屋でゆっくりなさって、お食事や湯を堪能していただいて、明日、少し出掛けませんか?」
「そうね。なんだか此処へ着いてから次から次へといろいろあり過ぎて・・・。一日で一年歳とった気分よ。で?出かけるってどこへ?」
「瞳子様の食材のリストを拝見しておりましたら、現世で仕入れてくるモノと、ここ幽世でも手に入るモノがございます。その幽世で手に入るモノを見に行きませんか?幽世観光がてら。素材が瞳子様のお気に召さなかった場合は、現世にて取り揃えて参りましょう。なに、幽世にもこんなにいい素材があると自慢させていただきたいというか・・・」
漣にしては珍しく控えめな物言いで、瞳子の様子を窺っている。
「う~ん・・・そうね。こちらの食材で現世のお料理っていうのも、景子と鬼堂さん二人の結婚を象徴してていいかもね。わかった。そうしましょ。」
瞳子が気分よく同意してくれたことに、ホッとした顔をしつつ、こちらを伺い見ていた、兎士郎、刑、蒼・青双子龍に、漣が親指を立てたサムズアップのサインを送ったことに、瞳子は気づいていない。
とりあえず、『めし処』からは撤収して、『幽玄館 龍別邸』の玄関へ戻った一同。
「刻限にはそれぞれお迎えにあがりますので、皆さま、それぞれお部屋でおくつろぎください。今宵は、瞳子様御一行様の歓迎の宴と参りましょう。厨人に用意させます故、しばしお待ちくださいませ」
漣は、ツーリストに戻って、皆に伝えると、最初に瞳子たちを部屋に案内した四人を呼び付けて、何やら指示を出している。
「瞳子、雪兎、改めて俺の部屋で飲み直すか?秋菟に用意させるか・・・」
青龍・朔が手を上げて、秋菟を呼ぼうとしているのを遮って雪兎が尋ねた。
「烏頭さんとお話させていただきたいのですが・・・?」
「ん?刑と?あぁ。風兎の話か・・・。今日でなくとも良くないか?まだ時間はある。
「いつだったら・・・」
青龍は、雪兎の言葉を無かったことのように、秋菟を呼び寄せると、軽い酒の用意と雪兎を湯に案内してやれと言いつけて、スタスタと自室へ戻って行った。
取り残されたカタチになった雪兎は、秋菟に促されて、湯へと向かった。
さらに取り残されそうになって、慌てて漣を呼び止める瞳子。
「漣クン、ちょっとお願いなんだけど・・・。私たちの部屋、男女同衾がダメだとかで、お部屋も別々にされてるんだけど、なんとかならない?」
「あぁ。その件でしたら、お部屋に戻られたら、雪兎様のお荷物も瞳子様のお部屋へ運ばれていると思いますよ。鬼丸・・・いや鬼堂殿と景子様がこうなって、祝言を此処で挙げることになりましたので、雪兎様のお部屋は、花嫁様の控え室となり、瞳子様のお部屋と青龍様のお部屋がそれぞれの立会人のお部屋となりますので。ただ、おやすみの際は、衝立を挟んでおやすみいただくということで…。ま、お休みの際には、誰が見ているわけでもありませんがね・・・」
最後は、意味ありげな笑みを見せ、漣は宿の厨房へと向かっていった。
その夜は、見たこともないような料理の数々と不思議な味の酒で、盛大にもてなされ、初日だというのにいろいろあったこともあり、瞳子も雪兎も部屋へ戻るなり、布団にもぐりこんで眠ってしまった。
その夜、瞳子は不思議な夢を見ていた。
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深縹色の空に、梔子で染めたような不言色の上弦の月がぽっかりと口を開けたように浮かんでいる。その空を背に、大勢で楽し気に飲み、騒いでいる。
青龍たちの幻術で見た、卯兎が消えた日の宴?いや、あの幻術で見たのとは違う…。
広い座敷に大勢がいて…。部屋のなかにあるのは、何?笹?
皆が楽し気に、おいしそうに、酒を、食事を、宴そのものを心から楽しんでいるようだ。
私は、コレをどこから見てるの?キョロキョロと見回すと、後ろに秋菟が大きな竹筒を持って立っている。繊月さん?なんで?
気づくと瞳子自身も大きな竹筒を携えている。
兎士郎が、そして大きな体躯の黄色い髪の男性と薄い桃色の髪を軽く結い上げた美しい女性が瞳子に向かって何か言いながら、手招きしている。
瞳子はどうしていいのかわからず、その宴のただなかに、佇んでいた。
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