肩を落としたのは、蒼・青二人だけではなかった。
襖の向こうで、このやりとりを聞いていた、漣、兎士郎、刑たちも静かに大きなため息を吐いていた。
「兎士郎様、結卯はこちらの記憶も現世の記憶も取り戻しましたが、卯兎様は瞳子様のままのようです。どういたしましょうか。結卯と逢わせて、結卯に話をさせますか?」
「いや…黄龍様のお話によると、本人自らが幽世のことを思い出さない限り、意味はないし、卯兎の魂の旅は終わらぬらしいのでな。結卯にも結卯であることは伏せて、瞳子が卯兎だと思いだすまでは、「景子」として居てもらおうかの。良いな?結卯」
「はい。承知しました。兎士郎様」
「鬼堂殿も心得ていてくださいませ」。
三人の後ろに控えていた結卯・景子が大きく頷いたのを見て、漣が結卯の隣にいる鬼堂・鬼丸に向かって言った。
「それでは、参るぞ!」
「青龍様、蒼龍様。天目 一龍齋 漣でございます。お取込み中とは存じますが、鬼堂様がお二方にご報告とお願いがあると、いま、こちらに控えておりますが、御目通り願えますか?」
四人のいる座敷の外から、漣の呼びかけが聞こえた。
「漣??今日の客が誰か、一番よくわかってるはずだろ!まったく、鬼丸も今日でなくてもいいだろうに・・・」
「朔、一番よくわかってる漣と鬼丸がわざわざ『いま』来たんだ。大事な用事なんだと思うよ」
明らかに不機嫌になってしまった朔に代わって、晦が応えた。
「漣、いいよ。お入り」
その声を機に、スルスルと開いた襖の向こうには、鬼丸と結卯が立っていた。
『結ぅ・・・・・・』
蒼龍・晦と青龍・朔の声が尻すぼみになったのは、鬼丸の後ろに立つ漣が、「シッ」という風に口の前に人差し指を立てていたからだ。
「景子ぉ~!良かった。どこへ連れていかれちゃったかと思って、心配してたのよぉ」
瞳子が結卯・景子に抱きついた。
「瞳子さぁ~ん、怖かったですぅ」
「瞳子・・・さん??久しぶりね、景子からフツーに呼ばれるの」
「え?え?フツーって・・・あの・・・」
「アハハ?どうしちゃったの景子、いつもは『ウコさん』って呼んでたじゃない?」
訝しげに景子を見る瞳子の様子に、慌てた兎士郎に後ろから脇腹を突かれた結卯は、取り繕うように答えた。
「アハ・・・ちょっと緊張しちゃって、う、ウコさんって出てこなかったぁ。アハハハハ」
「怖い思いしたのね。帰ろうか?ね?」
「あ・・・いやぁ・・・それがぁ」
再会を喜ぶ瞳子と「帰ろう」と言われて戸惑う景子の間に、スルリと漣が入り込み、二人を引き離した。
「な、なにするの⁉」
「瞳子様、申し訳ございません。鬼堂様がそちらのお二方にご報告とお願いに参られたのです。景子様との再会のお話は、のちほど・・・と、いうことに・・・」
「あ。そうだったわね。ごめんなさい。景子、後で、ね!」
漣の誘導で、鬼堂・鬼丸は蒼・青二人の前へ進み出て、二人に御簾前へ座ってくれるよう頭を下げた。
「なんだ?なんだ?鬼丸、随分と他人行儀だな。今日は鬼堂様とお呼びした方が良いか?」
揶揄うような青龍・朔の言葉に、上目遣いに睨みつつもグッと言葉を飲み込んだ鬼丸。
二人が御簾前に並んで座ったのを確認して、今度は結卯・景子を手招いて、隣へ座らせた。
その姿を見た蒼龍・晦は、手を叩いてウンウンとうなずいている。
「晦、何、手を叩いてうれしそうなんだ?」
「朔は鈍いなぁ・・・」
「な、なにをぉ~」
「まぁまぁ、鬼丸の・・・いや、鬼堂殿の報告と願いとやらを聞こうではないか」
御簾前に蒼・青を座らせ、その前に自分も畏まって座ったものの、なかなか言葉が出せず、もじもじしている鬼堂。後ろから、烏頭刑の、月影兎士郎の、「早くしろ!」言わんばかりのわざとらしい咳払いに責められ、挙句、バンっ!と漣に背を叩かれ、その勢いで頭を下げたまま、叫ぶように話し始めた。
「青龍様っ、蒼龍様におかれましてはっ、ご機嫌麗しく、今日のこの大事な日に、わたくし鬼堂のためにお時間をいただきまして、ありがたき幸せに存じます。この度、わたくし百目鬼堂・鬼丸はこちらの向坂景子さんと婚約の運びとなりました。つきましては、御二方には百目鬼堂方の婚姻の立会人をお願いいたしたく、加えまして、盈月御夫妻には向坂景子方の婚姻の立会人をお願いいたしたく、百目鬼堂・向坂景子両名揃いまして、此処に参じました。何卒、よろしくお願い申しあげます」
御簾前の二人に。その脇に揃って座る瞳子たちに。深々と頭を下げている鬼丸と景子。 その後ろで、兎士郎、刑、漣も同じように頭を下げている。
蒼龍・青龍は、手を叩いて喜びあっているが、瞳子と雪兎は狐につままれたような顔をしている。
「景子、確かにイケメン好きで、百目さんもなかなかのイケメンさんだから、そこのところは納得だけど…。二人はいつの間に⁉そんな仲に⁉」
「二人は、幼馴染だからな」と答えた青龍の声は、急に大声で祝言歌「高砂」を競って唸り始めた兎士郎と刑の声にかき消された。
その間に漣が、滑るように蒼・青二人の元へ行き、事の次第を簡単に説明した。
漣が二人に説明している間に、すかさず鬼丸が瞳子と雪兎に再び頭を下げて、瞳子たちの気を自分たちへ向けた。
「本当は、いつ雪兎殿、瞳子殿のところへご挨拶に行こうかといろいろと迷うておりましたら、今日の渡幽の日となってしましました。順序が後先になり申し訳ございません」
「え?ウチに挨拶に・・・って、そんな前から?景子、そんなこと一言も…」
「ウコさん、ごめんなさい。話そうと思ってたんですけど、なんだか照れ臭いし、それにホントに鬼堂さんと結婚できるか⁉わからなかったし・・・。幽世と現世の人間が一緒になれるなんて、なんか現実味なくて、ダメだったらツライなぁって」
景子は手にしたハンカチを揉みしだきながら俯いて、モジモジとしている。
「あぁ…気持ちはわかる。わかるけど…いつ?いつ知り合ったの?」
『そ、それは・・・』
「最初にご応募いただいたときに、わけわからんモノも含めて、多数の応募がございましたので、確度が高そうな応募の方にお会いするのに、私だけでは手が足りず…鬼堂殿にもお手伝いをお願いしまして…その際が初めてかと…」
言い淀む二人に代わって、つらつらと漣が答えた。
『そ、そうなんです!お互いの昔のし・・・知り合いに似てるなぁ・・・なんて話から盛り上がってしまって・・・』
『立て板に水』の漣とは違い、ほぼ、しどろもどろと言って過言ではない二人の答えに、漣、兎士郎、刑は、ヤキモキしたが、案外、瞳子はすんなり信じてくれた。
「あぁ。最初は、ワイドショーとかですごく取り上げられてたくらいだものね。すごい応募数だったんでしょ?ふーん。それがきっかけなんだぁ。でも、良かったじゃない景子。イケメンと付き合いたい。あわよくば、結婚したい!って言ってたんだから、こんなイケメン捕まえられて!」
「もぉ、ウコさん、やめてくださいよぉ。恥ずかしいィ」
景子は、照れてはいるが、満面の笑みだ。
うれし恥ずかし満載で、はしゃぐ景子の脇腹を漣が突く。
「景子様、ご成婚にあたり、なにか瞳子様にお願いがあったのでは?」
にこやかにしてはいるが、景子に向ける目は、恐ろしく厳しく鋭い。
「あ、あぁ・・・そうでした!そうでした…」
「立会人の件なら、喜んで!ねぇ、雪兎?いつ?そうだ!ねぇ、雪兎、留袖、新調していい?」
「い、いや、ウコさん、立会人とは別のお願いが・・・」
「え?そうなの?何?お祝い事だもの。喜んで頼まれてあげるわよ!」
「あの、式のあとの宴のお料理を・・・ウコさん、料理上手だし、こちらの方には現世のお料理には珍しいものもあるみたいだし。私から幽世の皆さんへお近づきの印に、ふるまいたいんですけど・・・。私、料理下手だし・・・。あ、あの・・・ムリ・・・ですか・・・ね?」
景子は、上目遣いに瞳子の顔色を窺っている。
瞳子は、難しい顔をして小首を傾げていたが、大きく息を吐いて、大きくうなずいた。
「プロの料理人じゃないんだから、大したことはできないわよ?それに、ひとりで作るんだから、ある程度の限界はあるからね。その辺り、ご来席いただく皆さんにもご納得いただけるように説明しといてね」
「はいっ!それは大丈夫です!鬼丸と・・・あ、鬼堂さんといろいろ話し合って、お願いしようってことになったんですから」
景子は鬼丸と顔を見合わせて、二人して満面の笑みを瞳子に向けた。ついでに、漣に小さくピースサインを送ったが、その手は瞬殺で叩き落された。
「で?御式は?いつ?」
「あー・・・えっと。この旅行の最終日に・・・えへっ」
「えへっじゃない!この旅行の最終日って、一週間しか時間ないじゃない!え?私の留袖は?何着て出ればいいの?そんなの何にも持ってきてないわよ」
「瞳子様、お着物でよろしければ、小袖、十二単から留袖、振袖。紬、小紋、付け下げ、友禅と、各種揃えておりますので、お好きなものを御召しいただけますよ」
漣が一気にまくしたてて答え、胸を張った。
「それにしても、お料理するにも、材料をどこで揃える?あぁ、まず、調理場はどこ?」
「瞳子様、それものちほど、ご案内いたしましょう。材料は書いてくだされば、私が調えてまいります」
漣に押し切られるようなカタチで、一週間後、景子と鬼堂・鬼丸の祝言とその祝宴が行われ、その立会人と調理人を瞳子が担うこととなった。
すっかり卯兎の話はどこかへ飛んでしまったかのようだが、漣・兎士郎・刑の謀はその実、着々と進んでいるのである。
景子と鬼堂・鬼丸の婚姻の話が決まり、最初の目的だった『卯兎探し』は棚上げされたかのようになり、瞳子はある種の解放された気分になり、景子の祝言に託けて、幽世を楽しんでいる体だ。それどころか、「幽玄館 龍別邸」と卯兎や結卯に関わってきた、数多のあやかしたちともすっかり馴染んでいる。
あやかしたちを子分のように引き連れて、「めし処」の厨に入ってきた瞳子は、ぐるりと見まわし、腕まくりをしながら厨のなかをあれこれと観察している。
「さて、留袖の新調を諦めて、此処で景子の結婚披露宴の料理をやるんだから、トコトンやらせてもらうわよ!材料は、ここに書いておいたから、この紙を漣くんに渡しておいてね。で?オーブンはどこ?」
「・・・おーぶん・・・??」
「えぇ?まさか、ないの?そう言えば、ガスレンジとか、電子レンジとか、どこにあるの?」
「がす・・・れんじ・・・?で?ん?し?れ?ん?じ???」
「・・・え?まさか、それもないの??」
『ウト、何、言ってる?』
「ウトじゃない!ウコ! トウコ! トーコよっ!」
瞳子は名前を間違えられたことに引っかかっているが、あやかしたちは瞳子のちんぷんかんぷんな言動に引っかかるどころか、撃沈しかかっていた。
「幽玄館 龍別邸」の一階の片隅にあり、在りし日の卯兎が切りまわしていた「めし処」の厨に案内された瞳子に、あれやこれやまくしたてられて、困り果ててるあやかしたち。
「めし処」の小上がりで、蒼・青二人の龍、兎士郎、刑、漣の五人は意味ありげにニヤニヤと見ている。
「それにしても、よく鬼丸が結卯との婚姻を承諾したな」
青龍・朔がぼそりと呟くと、蒼龍・晦は笑いながら答えた。
「何を言ってるんだよ。朔が『卯兎を幽世で生かし続けるために、嫁にする!』って言ったとき、鬼丸が『じゃあ、結卯はどうするんだ?』って怒ってたじゃないか」
『え?そうなのか?』
青龍のみならず、兎士郎、刑、漣も驚いて顔を見合わせる。
「鬼丸は結卯のことをずっと気にしていたんだよ。卯兎を生かし続けるなら、結卯の存在をないがしろにするのはおかしいってね」
『そうだったのか…』
「だから、無事に結卯が戻ってきて、祝言になったんじゃないか?」
「えぇ・・・えぇ・・・まぁ、当たらずとも遠からずってところですかね」
漣が意味ありげな笑みを浮かべている。
「卯兎を目覚めさせるには、幽世での最後の日『上弦の月の宴』を再現してはどうか?」という話になった。
しかし、瞳子に料理をさせる口実が必要だった。
そこで景子が、突拍子もなく手を叩いた。
「あ!じゃあ私の祝言とかどうです?ね? 良くないですか? 瞳子さんも後輩の結婚式のためなら、ひと肌脱いでくれるでしょう?」
予想外の申し出に、一同が目を丸くするなか、鬼丸は景子をじっと見つめた。
そして、ふっと口角を上げると、静かにうなずいた。
「なるほど。面白い。…お前は、どう思う?」
そう言って、鬼丸は結卯に向き直った。
「急ごしらえの企みではあるが、鬼丸も首を横には振らなかった。多少なりとも結卯を憎からず思っていたんだろうと・・・」
漣が静かに言うと、晦が柔らかく笑った。
「事情はどうあれ、お祝い事だ。心から祝ってやろうよ」
「出たな!晦の“いい子”ぶり!」
朔が茶化し始め、兄弟喧嘩の空気が漂うのを、漣が止めに入った。
襖の向こうで、このやりとりを聞いていた、漣、兎士郎、刑たちも静かに大きなため息を吐いていた。
「兎士郎様、結卯はこちらの記憶も現世の記憶も取り戻しましたが、卯兎様は瞳子様のままのようです。どういたしましょうか。結卯と逢わせて、結卯に話をさせますか?」
「いや…黄龍様のお話によると、本人自らが幽世のことを思い出さない限り、意味はないし、卯兎の魂の旅は終わらぬらしいのでな。結卯にも結卯であることは伏せて、瞳子が卯兎だと思いだすまでは、「景子」として居てもらおうかの。良いな?結卯」
「はい。承知しました。兎士郎様」
「鬼堂殿も心得ていてくださいませ」。
三人の後ろに控えていた結卯・景子が大きく頷いたのを見て、漣が結卯の隣にいる鬼堂・鬼丸に向かって言った。
「それでは、参るぞ!」
「青龍様、蒼龍様。天目 一龍齋 漣でございます。お取込み中とは存じますが、鬼堂様がお二方にご報告とお願いがあると、いま、こちらに控えておりますが、御目通り願えますか?」
四人のいる座敷の外から、漣の呼びかけが聞こえた。
「漣??今日の客が誰か、一番よくわかってるはずだろ!まったく、鬼丸も今日でなくてもいいだろうに・・・」
「朔、一番よくわかってる漣と鬼丸がわざわざ『いま』来たんだ。大事な用事なんだと思うよ」
明らかに不機嫌になってしまった朔に代わって、晦が応えた。
「漣、いいよ。お入り」
その声を機に、スルスルと開いた襖の向こうには、鬼丸と結卯が立っていた。
『結ぅ・・・・・・』
蒼龍・晦と青龍・朔の声が尻すぼみになったのは、鬼丸の後ろに立つ漣が、「シッ」という風に口の前に人差し指を立てていたからだ。
「景子ぉ~!良かった。どこへ連れていかれちゃったかと思って、心配してたのよぉ」
瞳子が結卯・景子に抱きついた。
「瞳子さぁ~ん、怖かったですぅ」
「瞳子・・・さん??久しぶりね、景子からフツーに呼ばれるの」
「え?え?フツーって・・・あの・・・」
「アハハ?どうしちゃったの景子、いつもは『ウコさん』って呼んでたじゃない?」
訝しげに景子を見る瞳子の様子に、慌てた兎士郎に後ろから脇腹を突かれた結卯は、取り繕うように答えた。
「アハ・・・ちょっと緊張しちゃって、う、ウコさんって出てこなかったぁ。アハハハハ」
「怖い思いしたのね。帰ろうか?ね?」
「あ・・・いやぁ・・・それがぁ」
再会を喜ぶ瞳子と「帰ろう」と言われて戸惑う景子の間に、スルリと漣が入り込み、二人を引き離した。
「な、なにするの⁉」
「瞳子様、申し訳ございません。鬼堂様がそちらのお二方にご報告とお願いに参られたのです。景子様との再会のお話は、のちほど・・・と、いうことに・・・」
「あ。そうだったわね。ごめんなさい。景子、後で、ね!」
漣の誘導で、鬼堂・鬼丸は蒼・青二人の前へ進み出て、二人に御簾前へ座ってくれるよう頭を下げた。
「なんだ?なんだ?鬼丸、随分と他人行儀だな。今日は鬼堂様とお呼びした方が良いか?」
揶揄うような青龍・朔の言葉に、上目遣いに睨みつつもグッと言葉を飲み込んだ鬼丸。
二人が御簾前に並んで座ったのを確認して、今度は結卯・景子を手招いて、隣へ座らせた。
その姿を見た蒼龍・晦は、手を叩いてウンウンとうなずいている。
「晦、何、手を叩いてうれしそうなんだ?」
「朔は鈍いなぁ・・・」
「な、なにをぉ~」
「まぁまぁ、鬼丸の・・・いや、鬼堂殿の報告と願いとやらを聞こうではないか」
御簾前に蒼・青を座らせ、その前に自分も畏まって座ったものの、なかなか言葉が出せず、もじもじしている鬼堂。後ろから、烏頭刑の、月影兎士郎の、「早くしろ!」言わんばかりのわざとらしい咳払いに責められ、挙句、バンっ!と漣に背を叩かれ、その勢いで頭を下げたまま、叫ぶように話し始めた。
「青龍様っ、蒼龍様におかれましてはっ、ご機嫌麗しく、今日のこの大事な日に、わたくし鬼堂のためにお時間をいただきまして、ありがたき幸せに存じます。この度、わたくし百目鬼堂・鬼丸はこちらの向坂景子さんと婚約の運びとなりました。つきましては、御二方には百目鬼堂方の婚姻の立会人をお願いいたしたく、加えまして、盈月御夫妻には向坂景子方の婚姻の立会人をお願いいたしたく、百目鬼堂・向坂景子両名揃いまして、此処に参じました。何卒、よろしくお願い申しあげます」
御簾前の二人に。その脇に揃って座る瞳子たちに。深々と頭を下げている鬼丸と景子。 その後ろで、兎士郎、刑、漣も同じように頭を下げている。
蒼龍・青龍は、手を叩いて喜びあっているが、瞳子と雪兎は狐につままれたような顔をしている。
「景子、確かにイケメン好きで、百目さんもなかなかのイケメンさんだから、そこのところは納得だけど…。二人はいつの間に⁉そんな仲に⁉」
「二人は、幼馴染だからな」と答えた青龍の声は、急に大声で祝言歌「高砂」を競って唸り始めた兎士郎と刑の声にかき消された。
その間に漣が、滑るように蒼・青二人の元へ行き、事の次第を簡単に説明した。
漣が二人に説明している間に、すかさず鬼丸が瞳子と雪兎に再び頭を下げて、瞳子たちの気を自分たちへ向けた。
「本当は、いつ雪兎殿、瞳子殿のところへご挨拶に行こうかといろいろと迷うておりましたら、今日の渡幽の日となってしましました。順序が後先になり申し訳ございません」
「え?ウチに挨拶に・・・って、そんな前から?景子、そんなこと一言も…」
「ウコさん、ごめんなさい。話そうと思ってたんですけど、なんだか照れ臭いし、それにホントに鬼堂さんと結婚できるか⁉わからなかったし・・・。幽世と現世の人間が一緒になれるなんて、なんか現実味なくて、ダメだったらツライなぁって」
景子は手にしたハンカチを揉みしだきながら俯いて、モジモジとしている。
「あぁ…気持ちはわかる。わかるけど…いつ?いつ知り合ったの?」
『そ、それは・・・』
「最初にご応募いただいたときに、わけわからんモノも含めて、多数の応募がございましたので、確度が高そうな応募の方にお会いするのに、私だけでは手が足りず…鬼堂殿にもお手伝いをお願いしまして…その際が初めてかと…」
言い淀む二人に代わって、つらつらと漣が答えた。
『そ、そうなんです!お互いの昔のし・・・知り合いに似てるなぁ・・・なんて話から盛り上がってしまって・・・』
『立て板に水』の漣とは違い、ほぼ、しどろもどろと言って過言ではない二人の答えに、漣、兎士郎、刑は、ヤキモキしたが、案外、瞳子はすんなり信じてくれた。
「あぁ。最初は、ワイドショーとかですごく取り上げられてたくらいだものね。すごい応募数だったんでしょ?ふーん。それがきっかけなんだぁ。でも、良かったじゃない景子。イケメンと付き合いたい。あわよくば、結婚したい!って言ってたんだから、こんなイケメン捕まえられて!」
「もぉ、ウコさん、やめてくださいよぉ。恥ずかしいィ」
景子は、照れてはいるが、満面の笑みだ。
うれし恥ずかし満載で、はしゃぐ景子の脇腹を漣が突く。
「景子様、ご成婚にあたり、なにか瞳子様にお願いがあったのでは?」
にこやかにしてはいるが、景子に向ける目は、恐ろしく厳しく鋭い。
「あ、あぁ・・・そうでした!そうでした…」
「立会人の件なら、喜んで!ねぇ、雪兎?いつ?そうだ!ねぇ、雪兎、留袖、新調していい?」
「い、いや、ウコさん、立会人とは別のお願いが・・・」
「え?そうなの?何?お祝い事だもの。喜んで頼まれてあげるわよ!」
「あの、式のあとの宴のお料理を・・・ウコさん、料理上手だし、こちらの方には現世のお料理には珍しいものもあるみたいだし。私から幽世の皆さんへお近づきの印に、ふるまいたいんですけど・・・。私、料理下手だし・・・。あ、あの・・・ムリ・・・ですか・・・ね?」
景子は、上目遣いに瞳子の顔色を窺っている。
瞳子は、難しい顔をして小首を傾げていたが、大きく息を吐いて、大きくうなずいた。
「プロの料理人じゃないんだから、大したことはできないわよ?それに、ひとりで作るんだから、ある程度の限界はあるからね。その辺り、ご来席いただく皆さんにもご納得いただけるように説明しといてね」
「はいっ!それは大丈夫です!鬼丸と・・・あ、鬼堂さんといろいろ話し合って、お願いしようってことになったんですから」
景子は鬼丸と顔を見合わせて、二人して満面の笑みを瞳子に向けた。ついでに、漣に小さくピースサインを送ったが、その手は瞬殺で叩き落された。
「で?御式は?いつ?」
「あー・・・えっと。この旅行の最終日に・・・えへっ」
「えへっじゃない!この旅行の最終日って、一週間しか時間ないじゃない!え?私の留袖は?何着て出ればいいの?そんなの何にも持ってきてないわよ」
「瞳子様、お着物でよろしければ、小袖、十二単から留袖、振袖。紬、小紋、付け下げ、友禅と、各種揃えておりますので、お好きなものを御召しいただけますよ」
漣が一気にまくしたてて答え、胸を張った。
「それにしても、お料理するにも、材料をどこで揃える?あぁ、まず、調理場はどこ?」
「瞳子様、それものちほど、ご案内いたしましょう。材料は書いてくだされば、私が調えてまいります」
漣に押し切られるようなカタチで、一週間後、景子と鬼堂・鬼丸の祝言とその祝宴が行われ、その立会人と調理人を瞳子が担うこととなった。
すっかり卯兎の話はどこかへ飛んでしまったかのようだが、漣・兎士郎・刑の謀はその実、着々と進んでいるのである。
景子と鬼堂・鬼丸の婚姻の話が決まり、最初の目的だった『卯兎探し』は棚上げされたかのようになり、瞳子はある種の解放された気分になり、景子の祝言に託けて、幽世を楽しんでいる体だ。それどころか、「幽玄館 龍別邸」と卯兎や結卯に関わってきた、数多のあやかしたちともすっかり馴染んでいる。
あやかしたちを子分のように引き連れて、「めし処」の厨に入ってきた瞳子は、ぐるりと見まわし、腕まくりをしながら厨のなかをあれこれと観察している。
「さて、留袖の新調を諦めて、此処で景子の結婚披露宴の料理をやるんだから、トコトンやらせてもらうわよ!材料は、ここに書いておいたから、この紙を漣くんに渡しておいてね。で?オーブンはどこ?」
「・・・おーぶん・・・??」
「えぇ?まさか、ないの?そう言えば、ガスレンジとか、電子レンジとか、どこにあるの?」
「がす・・・れんじ・・・?で?ん?し?れ?ん?じ???」
「・・・え?まさか、それもないの??」
『ウト、何、言ってる?』
「ウトじゃない!ウコ! トウコ! トーコよっ!」
瞳子は名前を間違えられたことに引っかかっているが、あやかしたちは瞳子のちんぷんかんぷんな言動に引っかかるどころか、撃沈しかかっていた。
「幽玄館 龍別邸」の一階の片隅にあり、在りし日の卯兎が切りまわしていた「めし処」の厨に案内された瞳子に、あれやこれやまくしたてられて、困り果ててるあやかしたち。
「めし処」の小上がりで、蒼・青二人の龍、兎士郎、刑、漣の五人は意味ありげにニヤニヤと見ている。
「それにしても、よく鬼丸が結卯との婚姻を承諾したな」
青龍・朔がぼそりと呟くと、蒼龍・晦は笑いながら答えた。
「何を言ってるんだよ。朔が『卯兎を幽世で生かし続けるために、嫁にする!』って言ったとき、鬼丸が『じゃあ、結卯はどうするんだ?』って怒ってたじゃないか」
『え?そうなのか?』
青龍のみならず、兎士郎、刑、漣も驚いて顔を見合わせる。
「鬼丸は結卯のことをずっと気にしていたんだよ。卯兎を生かし続けるなら、結卯の存在をないがしろにするのはおかしいってね」
『そうだったのか…』
「だから、無事に結卯が戻ってきて、祝言になったんじゃないか?」
「えぇ・・・えぇ・・・まぁ、当たらずとも遠からずってところですかね」
漣が意味ありげな笑みを浮かべている。
「卯兎を目覚めさせるには、幽世での最後の日『上弦の月の宴』を再現してはどうか?」という話になった。
しかし、瞳子に料理をさせる口実が必要だった。
そこで景子が、突拍子もなく手を叩いた。
「あ!じゃあ私の祝言とかどうです?ね? 良くないですか? 瞳子さんも後輩の結婚式のためなら、ひと肌脱いでくれるでしょう?」
予想外の申し出に、一同が目を丸くするなか、鬼丸は景子をじっと見つめた。
そして、ふっと口角を上げると、静かにうなずいた。
「なるほど。面白い。…お前は、どう思う?」
そう言って、鬼丸は結卯に向き直った。
「急ごしらえの企みではあるが、鬼丸も首を横には振らなかった。多少なりとも結卯を憎からず思っていたんだろうと・・・」
漣が静かに言うと、晦が柔らかく笑った。
「事情はどうあれ、お祝い事だ。心から祝ってやろうよ」
「出たな!晦の“いい子”ぶり!」
朔が茶化し始め、兄弟喧嘩の空気が漂うのを、漣が止めに入った。
