「うわぁ~~‼大正時代?え?明治?ホントにココ、現代?」
「景子様、幽玄界のこの辺りは昔から姿をほとんど変えてないのですよ。『壱の神殿』がある幽玄館の周りは本当に昔から変わらないままに、街はその時々の流行りが入ってきたりもしましたが、やはり変わることを良しとしない向きもございまして…外観は、現世でいうところの『大正時代』くらいまでで止まってます。まぁ、設備関係はかなり現代のモノになっておりますが」
先頭を颯爽と歩きながら、漣が幽世の街並みを説明する。
「幽玄界もこの先へ行くと、現世の街並みと変わらないようなところもございます。そちらは現世ほど多くないですが、車も走ってますよ」
「漣くん、そう言えば、車を見ないね。こちらの方は、みんな健脚なんだねぇ」
「アハハ…失礼。雪兎様、それは違います。我らあやかしや神族は車など必要ないのは、先ほどココまで来たときにお分かりでしょう?」
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
一ヶ月前。現世 雪兎・瞳子宅
天目漣と神薙の月影兎士郎、幽世の治安を守っているという烏頭刑の三人から『幽世行き』の経緯をひと通り聞いた瞳子。
「なぜ、いま幽世へ行かなければならないのか?」との疑問を捨てきれない瞳子に、兎士郎から「その理由を知るためにも、一度幽世へ来てみては?」との提案を受けた。
「さて、いろいろと話が逸れてしまいましたが、先ほどの兎士郎様のご提案、いかがでしょうか?瞳子様」
「漣くん、この間も言ったし、いまも見ての通り、瞳子さんは心臓が悪いんだ。発作を起こすこともたびたびある。たぶん、そのたびに瞳子さんは、怯えている。このまま死んでしまうんじゃないか?とね。だから…」
「雪兎、私が…自分で言う。幽世ってひとが死ぬと行く場所でしょ?昔は普通に行き来があったかもしれないけど、現代は。いまは死ななきゃ行けない場所って言っても過言じゃないわよね?そこに、いま、このタイミングで行って、そのまま帰ってこられなくなるのが怖いのよ」
「瞳子、それは大丈夫じゃ。のう、漣」
「はい。兎士郎様。瞳子様、確かに亡くなられた方がいらっしゃる街ではございますが、生きて幽世にいらした方がそのまま亡くなられて幽世から戻れないということはございません。ま。現世に戻られてから亡くなられて、またすぐ幽世に…ということは…」
「漣くんっ‼言い方っ!」
「あ。申し訳ございません。とにかく、幽世にいらしたからと亡くなることはございません。それに、ご病気をお持ちだそうですが、たぶん幽世にいらっしゃる間は、その「発作」とやらは出ないと思いますよ。幽世では魂が主体。あぁ、もちろん現世においても魂は主体ではあるのですが、その在り方が違うのです。上手い例えではないかもしれませんが、現世では肉体がないと動けませんが、幽世では魂だけで動けるとでもいいますか…」
「え⁉幽世ツアーには『魂』だけで行くってことですか?」
「瞳子様、そうではございません。もちろん、肉体ごと行っていただきますが、ご病気とかお怪我とか肉体の『問題』は現世に置いてこられるという感じでしょうか」
「なんだかよくわからないけど…」
「そうぢゃろ?瞳子。幽世に来てみればわかることが他にもあると思うぞ」
瞳子は、まだ親しくもない他人に呼び捨てにされることに納得していない目と幽世の不可思議さを理解できない目で、兎士郎を上目遣いに見た。
「な、なんぢゃ、その目つきはっ!ホントに口で説明するのは難しいのぢゃ」
「行きますよね?ね?ウコさん?」
話が堂々巡りで埒があかないと思った景子が答えを促す。
「う~ん…じゃ、行くとして、私ひとり?ですか?」
「あ。ウコさん、それ大事ですね!」
景子が目を爛々とさせて幽世トリオを見回す。
「本来ならば、瞳子様お一人をご招待するところですが」
「で・す・が??」
ますます目を輝かせて漣に迫るように顔を近づけた景子を鋭い目線で突き放すと続けた。
「瞳子様はご結婚なされておりますし…」
「雪兎は『盈月』の家系の最期のひとりだそうだの?」
「月影さん、『盈月』の家のこと、ご存知なんですか?」
「うむ。同じ神薙であったし、の。それに、『盈月』のことは私より刑殿の方がよくご存知だろ」
「儂が知っていることが、雪兎、お主の知りたいことかどうかはわからんがの」
「…というわけで、盈月家の末裔でいらっしゃる雪兎様も渡幽の資格ありと判断されましたので、ご夫婦お二人ともお招きいたします」
漣がいつもの薄い唇の片方の口角だけ上げる冷たい笑みを景子に向けると、景子は表情が抜け落ちた顔をしている。
「景子、景子っ!大丈夫?」
「あ。ウコさん…。いって・・・らっしゃい…」
消え入りそうな声で答える景子。その顔は、顔中で「ガッカリ」と叫んでいるようだ。
「そして・・・景子様でございますが、瞳子様のご同僚ということ以外、特に幽世とのご縁はございませんし…」
暫し口を閉ざして、冷ややかに景子を見つめる漣。景子の目はさっきまでの肉食獣が獲物を狩るような爛々とした輝きはなく、表情の抜け落ちた視線を空に遊ばせている。
「コホンっ。…しかしながら、このたびは瞳子様を探し出してくださった功労者であるということで、その褒賞として、ご招待させていただきます」
漣が言い終わるのが早いか、景子が漣に飛びついて叫んだ。
「ありがと~~~‼!うれしいぃ~~~‼」
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
かくして、三人三様の思いを抱えて瞳子・雪兎と景子の現世トリオは幽世へ。
そしていま、漣の案内で幽世の幽玄界の中心地の街を歩いていた。
現世の東京だと環八や環七といった環状線にあたるくらいの道幅の両脇には、煉瓦造りや木造の古い建物が建ち並ぶ様子は、映画やテレビドラマで見る大正時代の銀座を彷彿とさせる。
これだけ広い道幅の道路がアスファルトでも石畳でもなく、土のままで、自転車や手押し車は見かけるが、自動車は1台も走っていない。ホントにタイムスリップしたかのようだ。
「あ゛~!ウコさん、雪兎さん、アレ見てくださいよ」
景子がまた何かを見つけて大騒ぎしている。景子の指さす方向を見ると、どこかで見たことのある建物。
「あれ?あれって…歌舞伎座?ちょっと違うか…」
「歌舞伎座ですよ。瞳子様。現世のあのカタチの歌舞伎座は焼失してしまったそうですが、こちらはそのまま残しておりまして、往年の役者の方々が公演なさっていますよ。ちょうど今日は、八代目から十一代目までの団十郎が揃い踏みで「勧進帳」をやっていますね」
『団十郎揃い踏みって・・・』
不思議顔の現世トリオを気にすることなく、前を行く漣。
「こちらへ」
誘われるままに角を曲がった通りは、またひと時代前に遡ったかのような街並みだ。
片側に川が流れ、川の向こうには小さな山があり、その麓にいくつかの建物が川に沿って並んでいる。道の両脇に立っている街灯はガス灯のように見える。
ここは本当に2022年なの?現世トリオは狐につままれたようになっているが、漣は構わず先に歩を進める。
ようやく漣に追いついた3人は、漣が立ち止まっている場所まで来て、辺りを見回してため息をついた。
『ここ、ホントに日本?2022年?』
川には時代がかった小さな太鼓橋が掛かり、渡った先には、ジブリ映画に出てきそうな木造三階建ての建物。その一番上の庇からは「幽玄館 龍別邸」と墨文字で書かれた、地に届きそうな大きな提灯が下がっている。
あかりが灯る二階の部屋に揺れる人影がより景色を幻想的に見せている。古い映画の一コマを見ているようだ。
「皆さまにご逗留いただくのは、こちら『幽玄館 龍別邸』でございます」
入り口に入ると、仲居さんらしき女性三人と男性二人が正座して出迎えていた。
五人ともかなり整った顔立ちをしていて、男性二人はいわゆるイケメンという部類。一人は韓流ドラマで見たことがあるような顔立ち。もう一人は、ちょうどいま流行っているラブコメの主演俳優に似ている。
女性の方は、いまどきの、というより『昭和』の正統派美人という感じ。
「いらっしゃいませ。盈月 瞳子様でございますね。お荷物をこちらへ」
女性のひとりが瞳子に声を掛け、韓流イケメンの方へ荷物を預けるよう促した。
「ありがとうございます。でも、自分で持てますから」
「瞳子様、それでは彼の今日の仕事がなくなってしまいます。どうぞ、彼に荷物をお預けください」
「そんな…持っていただくほどの荷物じゃないんですよ」
「瞳子様、ココで働くものは皆、あやかしなのです。あやかしは『ひと』のように、お金のために働きません。というか、『お金』というものを必要としないのです。でも、あやかしは何かしら仕事をすることで、その日の食事や住むところのない者は寝床を得るんです。ですから仕事をしないと、この者は食事ができないか?雨露を凌げない場所を寝所にするか?なんですよ」
淡々と漣に説明されて、瞳子は言われた通りに荷物を韓流イケメンに手渡した。
荷物を受け取ると韓流くんは、先に廊下の奥へと歩き始めた。
2番目の仲居の女性が雪兎に声を掛けた。
「いらっしゃいませ。盈月 雪兎様でございますね。お荷物をこちらへ」
同じように挨拶すると、ラブコメイケメンに荷物を預けるよう促した。
さっきの瞳子と漣のやりとりを聞いていたので、雪兎は素直にカバンを預けた。ラブコメくんは深々と頭を下げると、韓流くんに続いて廊下の先へ消えた。
『お二人はこちらへ』
二人の仲居が声を揃えて、正面の廊下の先へと手を向けている。
「え?え?え?私は?」
景子は一人取り残されそうで、慌てて漣に縋りつく。
「あなた様は、少々、こちらでお話したいことと伺いたいことがございますので、この者と一緒にあちらへ」
景子の手をすっぱりと引きはがすと、景子の顔も見ずに言い放った。
漣が示したのは残された仲居と瞳子たちが誘われた正面廊下とは別の方向の廊下だ。
「え?え?なんで?なんで私だけこっち?イケメンも付いてくれないし」
半分、泣き出している景子の腕をグイっと引っ張ると、3人目の仲居はズンズンと荷物と景子を廊下の奥へと引っ張って行った。
「ウコさぁ~んっ!雪兎さぁ~~ん」
景子の声が遠くなっていく。
「漣くんっ!景子ちゃんに、なにを!」
掴みかかろうとした雪兎をサラリと避け、ゆっくりと振り返った漣の口元には、いつもの凍りつくような笑み。そして、その目の奥にわずかに宿った疑惑の色を、瞳子は見逃さなかった。
「別に、何もしませんよ。取って食おうというわけではありません。ただ——」
一拍置いて、漣は続ける。
「景子様には、ある『疑惑』がございますので。その真偽を確かめさせていただくだけです。なに、一晩もあればわかることです」
そう言う漣の背後、廊下の奥へ消えていく景子の姿。そして、その後を追うようにして、兎士郎と刑が静かに続いて行く。
「景子様、幽玄界のこの辺りは昔から姿をほとんど変えてないのですよ。『壱の神殿』がある幽玄館の周りは本当に昔から変わらないままに、街はその時々の流行りが入ってきたりもしましたが、やはり変わることを良しとしない向きもございまして…外観は、現世でいうところの『大正時代』くらいまでで止まってます。まぁ、設備関係はかなり現代のモノになっておりますが」
先頭を颯爽と歩きながら、漣が幽世の街並みを説明する。
「幽玄界もこの先へ行くと、現世の街並みと変わらないようなところもございます。そちらは現世ほど多くないですが、車も走ってますよ」
「漣くん、そう言えば、車を見ないね。こちらの方は、みんな健脚なんだねぇ」
「アハハ…失礼。雪兎様、それは違います。我らあやかしや神族は車など必要ないのは、先ほどココまで来たときにお分かりでしょう?」
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
一ヶ月前。現世 雪兎・瞳子宅
天目漣と神薙の月影兎士郎、幽世の治安を守っているという烏頭刑の三人から『幽世行き』の経緯をひと通り聞いた瞳子。
「なぜ、いま幽世へ行かなければならないのか?」との疑問を捨てきれない瞳子に、兎士郎から「その理由を知るためにも、一度幽世へ来てみては?」との提案を受けた。
「さて、いろいろと話が逸れてしまいましたが、先ほどの兎士郎様のご提案、いかがでしょうか?瞳子様」
「漣くん、この間も言ったし、いまも見ての通り、瞳子さんは心臓が悪いんだ。発作を起こすこともたびたびある。たぶん、そのたびに瞳子さんは、怯えている。このまま死んでしまうんじゃないか?とね。だから…」
「雪兎、私が…自分で言う。幽世ってひとが死ぬと行く場所でしょ?昔は普通に行き来があったかもしれないけど、現代は。いまは死ななきゃ行けない場所って言っても過言じゃないわよね?そこに、いま、このタイミングで行って、そのまま帰ってこられなくなるのが怖いのよ」
「瞳子、それは大丈夫じゃ。のう、漣」
「はい。兎士郎様。瞳子様、確かに亡くなられた方がいらっしゃる街ではございますが、生きて幽世にいらした方がそのまま亡くなられて幽世から戻れないということはございません。ま。現世に戻られてから亡くなられて、またすぐ幽世に…ということは…」
「漣くんっ‼言い方っ!」
「あ。申し訳ございません。とにかく、幽世にいらしたからと亡くなることはございません。それに、ご病気をお持ちだそうですが、たぶん幽世にいらっしゃる間は、その「発作」とやらは出ないと思いますよ。幽世では魂が主体。あぁ、もちろん現世においても魂は主体ではあるのですが、その在り方が違うのです。上手い例えではないかもしれませんが、現世では肉体がないと動けませんが、幽世では魂だけで動けるとでもいいますか…」
「え⁉幽世ツアーには『魂』だけで行くってことですか?」
「瞳子様、そうではございません。もちろん、肉体ごと行っていただきますが、ご病気とかお怪我とか肉体の『問題』は現世に置いてこられるという感じでしょうか」
「なんだかよくわからないけど…」
「そうぢゃろ?瞳子。幽世に来てみればわかることが他にもあると思うぞ」
瞳子は、まだ親しくもない他人に呼び捨てにされることに納得していない目と幽世の不可思議さを理解できない目で、兎士郎を上目遣いに見た。
「な、なんぢゃ、その目つきはっ!ホントに口で説明するのは難しいのぢゃ」
「行きますよね?ね?ウコさん?」
話が堂々巡りで埒があかないと思った景子が答えを促す。
「う~ん…じゃ、行くとして、私ひとり?ですか?」
「あ。ウコさん、それ大事ですね!」
景子が目を爛々とさせて幽世トリオを見回す。
「本来ならば、瞳子様お一人をご招待するところですが」
「で・す・が??」
ますます目を輝かせて漣に迫るように顔を近づけた景子を鋭い目線で突き放すと続けた。
「瞳子様はご結婚なされておりますし…」
「雪兎は『盈月』の家系の最期のひとりだそうだの?」
「月影さん、『盈月』の家のこと、ご存知なんですか?」
「うむ。同じ神薙であったし、の。それに、『盈月』のことは私より刑殿の方がよくご存知だろ」
「儂が知っていることが、雪兎、お主の知りたいことかどうかはわからんがの」
「…というわけで、盈月家の末裔でいらっしゃる雪兎様も渡幽の資格ありと判断されましたので、ご夫婦お二人ともお招きいたします」
漣がいつもの薄い唇の片方の口角だけ上げる冷たい笑みを景子に向けると、景子は表情が抜け落ちた顔をしている。
「景子、景子っ!大丈夫?」
「あ。ウコさん…。いって・・・らっしゃい…」
消え入りそうな声で答える景子。その顔は、顔中で「ガッカリ」と叫んでいるようだ。
「そして・・・景子様でございますが、瞳子様のご同僚ということ以外、特に幽世とのご縁はございませんし…」
暫し口を閉ざして、冷ややかに景子を見つめる漣。景子の目はさっきまでの肉食獣が獲物を狩るような爛々とした輝きはなく、表情の抜け落ちた視線を空に遊ばせている。
「コホンっ。…しかしながら、このたびは瞳子様を探し出してくださった功労者であるということで、その褒賞として、ご招待させていただきます」
漣が言い終わるのが早いか、景子が漣に飛びついて叫んだ。
「ありがと~~~‼!うれしいぃ~~~‼」
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
かくして、三人三様の思いを抱えて瞳子・雪兎と景子の現世トリオは幽世へ。
そしていま、漣の案内で幽世の幽玄界の中心地の街を歩いていた。
現世の東京だと環八や環七といった環状線にあたるくらいの道幅の両脇には、煉瓦造りや木造の古い建物が建ち並ぶ様子は、映画やテレビドラマで見る大正時代の銀座を彷彿とさせる。
これだけ広い道幅の道路がアスファルトでも石畳でもなく、土のままで、自転車や手押し車は見かけるが、自動車は1台も走っていない。ホントにタイムスリップしたかのようだ。
「あ゛~!ウコさん、雪兎さん、アレ見てくださいよ」
景子がまた何かを見つけて大騒ぎしている。景子の指さす方向を見ると、どこかで見たことのある建物。
「あれ?あれって…歌舞伎座?ちょっと違うか…」
「歌舞伎座ですよ。瞳子様。現世のあのカタチの歌舞伎座は焼失してしまったそうですが、こちらはそのまま残しておりまして、往年の役者の方々が公演なさっていますよ。ちょうど今日は、八代目から十一代目までの団十郎が揃い踏みで「勧進帳」をやっていますね」
『団十郎揃い踏みって・・・』
不思議顔の現世トリオを気にすることなく、前を行く漣。
「こちらへ」
誘われるままに角を曲がった通りは、またひと時代前に遡ったかのような街並みだ。
片側に川が流れ、川の向こうには小さな山があり、その麓にいくつかの建物が川に沿って並んでいる。道の両脇に立っている街灯はガス灯のように見える。
ここは本当に2022年なの?現世トリオは狐につままれたようになっているが、漣は構わず先に歩を進める。
ようやく漣に追いついた3人は、漣が立ち止まっている場所まで来て、辺りを見回してため息をついた。
『ここ、ホントに日本?2022年?』
川には時代がかった小さな太鼓橋が掛かり、渡った先には、ジブリ映画に出てきそうな木造三階建ての建物。その一番上の庇からは「幽玄館 龍別邸」と墨文字で書かれた、地に届きそうな大きな提灯が下がっている。
あかりが灯る二階の部屋に揺れる人影がより景色を幻想的に見せている。古い映画の一コマを見ているようだ。
「皆さまにご逗留いただくのは、こちら『幽玄館 龍別邸』でございます」
入り口に入ると、仲居さんらしき女性三人と男性二人が正座して出迎えていた。
五人ともかなり整った顔立ちをしていて、男性二人はいわゆるイケメンという部類。一人は韓流ドラマで見たことがあるような顔立ち。もう一人は、ちょうどいま流行っているラブコメの主演俳優に似ている。
女性の方は、いまどきの、というより『昭和』の正統派美人という感じ。
「いらっしゃいませ。盈月 瞳子様でございますね。お荷物をこちらへ」
女性のひとりが瞳子に声を掛け、韓流イケメンの方へ荷物を預けるよう促した。
「ありがとうございます。でも、自分で持てますから」
「瞳子様、それでは彼の今日の仕事がなくなってしまいます。どうぞ、彼に荷物をお預けください」
「そんな…持っていただくほどの荷物じゃないんですよ」
「瞳子様、ココで働くものは皆、あやかしなのです。あやかしは『ひと』のように、お金のために働きません。というか、『お金』というものを必要としないのです。でも、あやかしは何かしら仕事をすることで、その日の食事や住むところのない者は寝床を得るんです。ですから仕事をしないと、この者は食事ができないか?雨露を凌げない場所を寝所にするか?なんですよ」
淡々と漣に説明されて、瞳子は言われた通りに荷物を韓流イケメンに手渡した。
荷物を受け取ると韓流くんは、先に廊下の奥へと歩き始めた。
2番目の仲居の女性が雪兎に声を掛けた。
「いらっしゃいませ。盈月 雪兎様でございますね。お荷物をこちらへ」
同じように挨拶すると、ラブコメイケメンに荷物を預けるよう促した。
さっきの瞳子と漣のやりとりを聞いていたので、雪兎は素直にカバンを預けた。ラブコメくんは深々と頭を下げると、韓流くんに続いて廊下の先へ消えた。
『お二人はこちらへ』
二人の仲居が声を揃えて、正面の廊下の先へと手を向けている。
「え?え?え?私は?」
景子は一人取り残されそうで、慌てて漣に縋りつく。
「あなた様は、少々、こちらでお話したいことと伺いたいことがございますので、この者と一緒にあちらへ」
景子の手をすっぱりと引きはがすと、景子の顔も見ずに言い放った。
漣が示したのは残された仲居と瞳子たちが誘われた正面廊下とは別の方向の廊下だ。
「え?え?なんで?なんで私だけこっち?イケメンも付いてくれないし」
半分、泣き出している景子の腕をグイっと引っ張ると、3人目の仲居はズンズンと荷物と景子を廊下の奥へと引っ張って行った。
「ウコさぁ~んっ!雪兎さぁ~~ん」
景子の声が遠くなっていく。
「漣くんっ!景子ちゃんに、なにを!」
掴みかかろうとした雪兎をサラリと避け、ゆっくりと振り返った漣の口元には、いつもの凍りつくような笑み。そして、その目の奥にわずかに宿った疑惑の色を、瞳子は見逃さなかった。
「別に、何もしませんよ。取って食おうというわけではありません。ただ——」
一拍置いて、漣は続ける。
「景子様には、ある『疑惑』がございますので。その真偽を確かめさせていただくだけです。なに、一晩もあればわかることです」
そう言う漣の背後、廊下の奥へ消えていく景子の姿。そして、その後を追うようにして、兎士郎と刑が静かに続いて行く。
