コポコポと湯が沸き上がる音とコーヒーの薫りが心地よい。
 もう少しこのままでいたい…。
 そんな瞳子の鼻下に、温かい湯気とともにさっきまでよりも強いコーヒーの薫り。

「瞳子さん、そろそろ時間だよ」

 目をゆっくり開けると、コーヒーを瞳子の目の前に差し出した雪兎がいた。
「もうそんな時間?さっき目を瞑った気がするのに…」
「ほら。1時間は眠ってたよ」
 雪兎がコーヒーを啜りながら、棚の置き時計を指さす。
 時計のデジタルは「14:08」。
 オンラインミーティングが終わった13時前にソファに倒れこむように寝てから、もう1時間以上経っていた。約束の時間は15時だけど、準備に時間が掛かるだろう瞳子のことを考えて、早めに起こしてくれたんだろう。

 雪兎が用意してくれたコーヒーを手に、スマホでSNSのチェックを始めた。

「瞳子さん、いいのかい?そんなゆっくりしてて」
「何が?」
「い、いや…また、ファッションショーやらないの?」
「ファッションショーって…失礼ねっ。洋服なら、このままでいいわ。オンラインミーティングのままだから」
「あ。そ?ホントに?」
「なんで?ダメ?おかしい?」
「うーん・・・上はそれでイイんだろうけど、オンラインミーティングじゃなくて、リアルに会うわけだから、下のソレはどうかな?」
 雪兎が苦笑いしながら、瞳子の下半身を指さす。

「あ~~~~‼そーだった。オンラインだからいいやって、下はスウエット短パンのままだったぁ‼」
 
 カップを置いて、大急ぎでベッドルームへ走る瞳子の背中をコーヒーを飲みつつ笑いながら見送る雪兎。

「雪兎ぉー、コレ、どう?」
 着替えてリビングへ来た瞳子は、クルリとひと回りして見せた。
「うん。悪くないよ」

「悪くない?良くはないってことだよね?えぇ…どうしよ。じゃ・・・」
 またバタバタと寝室へ走る瞳子。
こんなことを繰り返しているうちに、もう時間は15時になろうとしている。

    ―ピ、ピン・・ポンッ♪  ピ、ピン・・ポンッ♪―

「え?もう?どうしよう・・・」
「いや、彼らじゃなく、景子ちゃんだと思うよ。僕が出るよ。瞳子さん、この間のパンツ、カッコ良かったよ。食事に行ったときに履いてたヤツ」
 そう言い残して、雪兎は玄関へ向かった。

「ウコさぁーん、いよいよですねぇ♪」
 景子の能天気な声が響いてきた。

    ―ピ、ピン・・ポンッ♪  ピ、ピン・・ポンッ♪―

「うわっ。今度こそ、彼らね」
 鏡の前で数度振り返りながらチェックして、迎えに出た。

「わ。ウコさん、そのパンツ、カッコいいですね♪」
「そう?ありがとう」
「だろ?」
 なぜか、雪兎の方が自慢げだ。

 雪兎がドアを開けると、恭しくお辞儀をしている先日の幽世トリオ。
 前回と同じ並びで席につくと、今回は雪兎が先にコーヒーを出した。
「お好きでしたよね?お二人とも」
『うむ』
 仰々しい頷き方の割には、好物のコーヒーを前にだらしなく目尻が下がっている、神薙の月影兎士郎と幽世の治安を守っているらしい烏頭刑。

「おぉ良い薫りぢゃ。やはりココのコーヒーは、ひと味違うのぅ。兎士郎殿」
「同じコーヒーなのに、我らが日々にいただいておるのとは違いますな。刑殿」
「あ。前回、あんな終わりになってしまったので、お渡しし損ねたコーヒー豆と、美味しい淹れ方のメモをこちらに置いておきますね」

『おぉ~‼ありがたい』
 雪兎が、コーヒー豆とメモの入った小袋をテーブルに置くが早いか、スッとテーブルから小袋が消えた。
 あまりの早業に、キョロキョロと周りを見回す、兎士郎と刑。
 薄い唇の口角を片側だけ上げて、凍り付くような笑みを見せる漣の指先で二つの小袋が揺れている。

『お~っ!返せ!我らのコーヒーっ!』
 猫じゃらしにじゃれつくように、小袋に手を伸ばす小さな老人2人。
 漣も猫をじゃらすかのように、上へ下へ、左へ右へ。

 現世3人の唖然とする視線を感じた漣が冷静に戻り、またまた素早い身のこなしで、2人の手元に小袋を置いた。

「オッホン!お二方、本来のお仕事をお忘れなきよう」

 天目漣が眉をひそめて、キツめに釘を差すが、二人はうれしげにコーヒーの小袋を抱えてどこ吹く風。

「漣クンは、コーヒー嫌いだったかな?紅茶もお茶もあるよ」
「いえ、おかまいなく。こちらをいただきます」
 漣が背筋を伸ばして、肘を水平にしてカップを持ち上げる様は、絵のようだ。
「イケメンは、何をしてもイケメンですねぇ」
 景子が惚れ惚れしながら、漣を見つめている。それを横目でチラリと見やって、静かにカップを置くと、漣が口を開いた。

「それでは、先日の面談の結果と今回の経緯(いきさつ)をご説明いたします。よろしいか?」

『はい。お願いします』

「まずは、面談の結果ですが…。こちらは、先日申し上げた通り、今回、こちらが探していた方は、盈月瞳子(えいげつ とうこ)様。あなた様で間違いございません。あれから幽世に戻りまして、再度、審査しましたが、間違いないということに…。えーっと、この間はバタバタとして、いろいろとご納得いただけなかったようですので、こちらの事情を少しお話させていただきます」

 ー 約500年ほど前の話になります。
 幽世に龍籍の神子・卯兎という者がおりました。
 彼女は龍籍の者ですから、そのままいれば、いまも私たちと一緒に過ごしていたことでしょう。
 『龍籍』と申しますのは、『龍神』の『籍』。「龍神」の『龍』、「戸籍」の『籍』と書きます。時の黄龍様…幽世の長たる方ですが…から、その『籍』を与えられた『ひと』が『龍籍』に入ることができ、その黄龍様がいらっしゃる限り、『神籍』にいる者と同じで不老長寿でいられます。
 まぁ、不老長寿と申しましても、老いは多少ありますが。でも『ひと』の速度に比べれば、かなり遅いものです。ー

「え~!幽世ってそんなシステムあるんですねぇ。聞きしに勝る不思議の国ぃ~」
 景子が感嘆の声をあげる。
「システムって…ま、まぁ、そうですね。こちらにいらっしゃる月影兎士郎様は『ひと』でいらっしゃいますが、『龍籍』に入られております」
「月影サンって、不老長寿っていう割には、結構なおじいちゃんじゃない。何千年生きたら、こんなになるのぉ?」
「お!お前、おじいちゃんって‼まだ、千年生きとらんわっ!龍籍に入ったのが遅かったのぢゃ!」
 それまでコーヒーを舐めるように飲んでいた兎士郎が、立ち上がって反論した。

「お話し中申し訳ございません。まだご説明はサワリでしかありませんっ」
 冷たい目線と口調を景子と兎士郎に向けて、漣が続きを話始めた。

 ― その卯兎様ですが、500年前のある日、龍籍を離れられ転生を望まれたのです。
 その際に、7回目の転生を終えられたら、幽世に戻られるだろうと黄龍様が仰られました。
 しかし、それまで卯兎様と一緒に転生を繰り返していた者が7回目の転生に一緒に転生で疵、卯兎様を見失ってしまったのです。ー

「ったく、昔から粗忽なヤツだったが、こんな肝心なとこでやらかしてくれるとはな」
 烏頭刑がカップの底を指で掬って舐めながらぼやいた。
「刑様っ‼はしたない真似、お止めくださいっ!」
 鬼のように怒った顔も美しい漣が刑に言い放った。

「烏頭さん、おかわりいかがです?」
 雪兎がキッチンからコーヒーポットを持ってきた。
「おぉ。いただくぞ!」
「私にもくれぃ!」
 ここぞとばかり、兎士郎もカップを差し出す。
 雪兎は苦笑しながら、二人のカップにコーヒーを足し、残りを自分のカップに入れると、キッチンで新しいコーヒーを淹れ始めた。

 ― 見失った卯兎様を我々で探し始めましたが、なかなかその足跡を掴めず…。
 手掛かりは、卯兎様の誕生月と月の暦。卯兎様と同じ髪と瞳の色。そして、左薬指の星型の疵。
 これだけは、何度転生を繰り返しても変わらないもの。
 八方手を尽くして、消息を掴み切れないことに業を煮やした青龍様の提案で、現世の方を一部、受け入れていこうと現世の長の方々に掛け合い、150年と少しぶりに幽世と現世の垣根を下げて、行き来できるようにしたのです。ま、ほんの一部の方たちですが。
 それでもなかなか見つからないものですから、今回の募集に至ったわけです。  —

「ここまではよろしいか?」

 漣はまっすぐに瞳子の目を見た。
 瞳子は、あまりにまっすぐな漣の視線に戸惑いながら、頷く。
「えぇ。でも、なぜそこまでして、その『卯兎』さんを探してるの?っていうか、その卯兎さんの生まれ変わりが私だっていうの?なぜ?髪や瞳の色なんて同じひとはいくらだっているし、2月の満月生まれだってこの世に何人いると?」

「そうですね。それについてはいろいろと根拠がありますが、一番はその星型の疵です」
 漣は、瞳子の左薬指を指した。

 ―髪色:濃茶
  瞳 :茶色
  生月:如月・満月
 これらは、確かにかなりの方々が当てはまります。ですが、髪色も瞳の色も普通の方がご覧になると同じ色に見えても、私たち幽世の者には、微妙な違いまで見分けることができるのです。—

「あぁ。それで、あんなに舐めるように髪の毛を見たりしてたわけね」
 瞳子は二人の老人が前回のときに、気味が悪いくらいに自分の髪の毛を矯めつ眇めつしていた姿を思い出した。

 ― 続けます。
 「如月(きさらぎ)の満月」
 生まれ「月」というのは、魂が何度生まれ変わっても、その魂の決められた「月」にしか生まれ出(いで)ないものなのです。
 「新月(しんげつ)」「繊月(せんげつ)」「三日月(みかづき)」「上弦(じょうげん)」「十日夜(とおかんや)」「十三夜(じゅうさんや)」「幾望(きぼう)」「望月(もちづき)」・・・いまは「満月」と呼ばれることの方が多いですね。「十六夜(いざよい)」「立待(たちまち)」「居待(いまち)」「臥待(ふしまち)」「更待(ふけまち)」「下弦」「有明」、「晦日」と月齢の分かれているなか、「幾望」「望月」「十六夜」が満月期と呼ばれる月域。
 卯兎様と同じ「月」の生まれは、カンタンに申し上げると『十四夜』。「幾望」と呼ばれる月齢ではあるのですが、「幾望」のなかでもかなり「望月」に近い月齢。
 もう少し詳しく申し上げますと、卯兎様は『十四夜』の月がまさに「満望月」にならんとする時刻にお生まれです。
 瞳子様のお生まれになったのは、現在の時刻で18:05。この日の「満望月」は23:50。
 見た目には変わらない満月ですが、満ちきるまでにあとほんの少し足りない。そんな時間にお生まれになったのが、卯兎様であり、その転生の瞳子様なのです。
 そして、肝心の「星型の疵」。これには、決定的なモノがございます。
 今回ご応募の方のなかに、タトゥと言う手法で入れてきた方やご自分で傷つけてきた愚か者もおりましたが、この疵はそんなものでは代わりにはならないのです。
 瞳子様、その疵は生まれつきおありになったでしょう?
 その疵には、あることがきっかけで「神氣」が宿っているので、わかるものが触れればその「氣」を感じ取ることができます。
 先日、面談の際にこちらのお二方が触れた途端に倒れそうになったのは、それほどに強い「神氣」がその疵からは発せられていたからです。  ―

「へぇ~そうなの?私なんか触っても全然、平気だけど?」
景子が瞳子の左手に手を重ねた瞬間、少しビクンっとした。
「もぅ、ウコさんこの指輪デカ過ぎですって、いま、龍の頭に指が引っかかちゃったじゃないですか」
 一瞬、その場の視線が景子に集まったが、景子の軽口に、場が一瞬和む。
しかし、瞳子の手を見ていた兎士郎と刑が、目を見合わせた。
漣も、ほんの一瞬だけ引き攣った表情を見せたが、すぐにいつもの冷静な漣に戻ってそのまま話を続けた。


「お前のような「ひと」の小娘に、青龍様の「神氣」がわかってたまるか‼」
「ゴホゴホッ!刑様っ!」
 漣の一喝に、口をすぼめて慌てて黙り込む刑を見て、皆が吹きだした。
 笑いが治まったところで、瞳子が尋ねる。

「だいたいはわかりました。それで?なんでこの時期に幽世に行かなきゃいけないの?このまま待てば、私ももうすぐ死ぬわ。死ねば、いずれ行かなきゃいけない場所でしょ。幽世って」
「瞳子さん、死ぬなんて言うなよ!」
 それまでキッチン近くの丸椅子に腰掛けて、黙って聞いていた雪兎が声を荒げた。
「雪兎、そんなに怒らないでよ。だって、もうこの歳だもの。おかしくはないでしょ?普通に考えてってことよ。今日・明日のことを言ってるんじゃないから」
「ウコさん、雪兎さん、心配してるんですよ。ここのところ、発作起こすことも少なくないし。私だって心配ですよ!」
「わかってる。景子も雪兎もありがとう。ゴメン。そんなにカンタンに死ぬって思ってるわけじゃないから」
 三人のやりとりが落ち着くのを待って、漣が答えた。

「そうですね。そこのところをご説明しなければならないかも知れませんね。どうでしょうか?兎士郎様、刑様」

 雪兎からもらったコーヒーの小袋を抱えながら、嬉々としながら匂いを嗅いでは眦を下げて「猫にまたたび」のごとく恍惚としている、兎士郎と刑。
 漣が咳払いをしても恍惚の世界から戻らない。

 ドンッ‼

 瞳子たち三人も飛び上がるくらいの勢いで、漣が足を踏み鳴らすと、二人の老人は本当に椅子から数㎝飛び上がって、小袋をギュッと抱きしめたまま漣に目を向けた。

「なぜ、この時期に瞳子様を幽世にお迎えせねばならないのか⁉その説明を差し上げなければならないのではっ?」
 漣が大きめの声で、ゆっくり、ハッキリ、キツめに二人に再度問いかけた。

 兎士郎と刑は、顔を突き合わせてコソコソと小声で話し始めた。
「…だから、そこは青龍様の…」
「しかし、それでは瞳子がのぅ…」
「そうは言うが、私の一存では…」
「まさしく、そこがちょっとなぁ」
『う~~ん』
 結局、結論は出なかったようだが、意を決したように兎士郎が口を開いた。

「瞳子、どうぢゃろ?それを知るためにも、一度、幽世へ来てみんか?お前の納得できる理由になるかどうかはわからんが、ココ現世ではわからぬことも幽世ならわかることもあると思うんだがのぅ…」

「と、瞳子って…この間も思ったけど、いきなり呼び捨て、『お前』呼ばわり、失礼じゃない?」
 瞳子は、兎士郎の問いには答えず、兎士郎の言動に不快感を露わにした。

「申しわけございません。こちらにいらっしゃる、月影兎士郎様と烏頭刑様は、こう見えて…」
『どう見えてなんぢゃ‼』  
 二人の老人のツッコミなどなかったかのように続ける漣。

「こう見えて、兎士郎様は神事省にて幽世全体の神薙を統べるお立場の方。刑様は、刑部省にて幽世の治安を守る者たちを統べていらっしゃる。現世で言うところの『総理大臣』と『警視総監』とでも申しましょうか。つまり、御二方の上には黄龍様とその八龍の皆様、黄龍様の奥方でいらっしゃる姫龍様しかいらっしゃいません。したがって、この方々以外の方に、敬語やへりくだった物言いをなさることはないのです。ご了承くださいませ」

『ソーリダイジン…』
『ケイシソーカン』
 目を白黒させつつ、二人の小さな老人を見やる現世トリオ。
「アハハハハ〜。ホントにぃ?ホントにこのちっちゃいおじいちゃんが幽世のケイシソーカン?うけるぅ〜」
 瞳子を呼び捨てにした失礼さを上回る失礼さ加減で大笑いする景子を冷たい目で一瞥して、漣がさらに続ける。
「先程お話申しあげました通り、兎士郎様は『ひと』ではありますが、龍籍の方。そして刑様は、烏天狗のあやかしでいらっしゃるのです」

「天狗?天狗って、あの天狗?」
 景子は、失礼を通り越している笑い方で笑い転げながら、自分の鼻に握り拳を付けて尋ねる。
「ソレは、何の意味でございましょうか?」
「え?天狗って言ったら、コレでしょ?鼻が高くて大きい…」
「あぁ〜あ。そういう意味でしたか。それは現世の方の創作物ですね。我々の言う天狗族とは、コチラですよ」

 猛禽類の鳥人間とでもいう風体の画像をタブレットに映し出した。

『えっ⁉』
 ぎょっとしたように、刑を見つめる現世トリオ。

「やっ、やっだぁ〜!漣さんたら、冗談がお上手なんだからぁ。この凛々しくて猛々しい感じの鳥さんと、このおじいちゃんが同じワケないですよねぇ」

「おのれ小娘、言わせておけば…」
 地の底から響くような声がしたかと思うと、ミシッミシッっと家の悲鳴のような家鳴がした。
さっきの画像がタブレットから抜け出て巨大化したかのような、天井にも届きそうな大きな烏天狗が見下ろしている。

『ひっ、ひぃー』
 瞳子を抱き寄せ、空いた片手で景子の肩を引っ張り壁際に寄せ、二人を庇うようにその前に雪兎が立った。


「刑様ッ‼刑様ッ‼……烏頭刑ッ‼」

 漣の怒声に、烏天狗はかき消すように消えて、前のテーブルには何事もなかったかのように刑がちょこんと座っている。
 ヘナヘナと床に腰を着く3人を漣が、それぞれ立ち上がらせ席に着かせ、ため息混じりに自分も席に戻った。

「我々あやかしは、本来の姿の他に『人形(ひとがた)()る』と申しまして、いまのように『ひと』の姿に見た目を変えることができます。本来の姿ならば、チカラは数倍になり大きさも自在に変えられます。現代では、本来の姿に戻るのは緊急事態のときくらいになりましたが…」

 まださっきの衝撃から現実に戻りかねている3人は、お互いに何かを確認するかのように顔を見合わせている。
「あれ⁉瞳子さん⁉苦しいんじゃないの?いまの衝撃で、発作かな?」
「うん…ちょっと出そうな感じかな。薬飲んでおく」
 立ち上がりかけた瞳子を座らせて、雪兎が薬と水を持ってきた。

「瞳子さん、心臓があまり良くないんですよ。急に驚かすようなことは止めてください」
 雪兎の言葉に、刑は、さっきの猛々しい烏天狗の姿など微塵も感じさせないほど、さらにちんまりとしている。

「すまん…。その小娘があまりにナメたことを言うのでの…つい…」
「確かに先ほどの景子ちゃんは、失礼でしたね。僕も謝ります。景子ちゃん?景子ちゃんも。ほら」
「えーっ。私のせいですかぁ?思ったこといっただけなのにぃ」
「景子、イイ歳して、アタマと口が直結してるその構造、なんとかしなさい。思っても、一旦、心に止めて考えなさいよ」
「ウコさんまでぇ〜。はいはい。すみませんでした。おじいちゃん」
「おじいちゃんと呼ぶなッ」
「刑様、刑様ももうほどほどに…」
「おぉ。漣、すまぬ。ん?いま、ふと思い出したが、お前、さっき儂を呼び捨てにしなかったか?ん?」

 猛禽類の眼力を取り戻した刑が漣を睨むが、漣に冷ややかに睨み返されて、その眼力を失った。

「さて、いろいろと話が逸れてしまいましたが、先ほどの兎士郎様のご提案、いかがでしょうか?瞳子様」