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人は、第一印象で決まるらしい。
前もうしろも微妙に長い黒髪。視力が悪くてかけざるを得ない、分厚いメガネ。愛想のない平凡顔。見本どおりに着こんだ堅苦しい制服。
一発で地味判定された。
クラスには、一等星のように輝く王子様がいた。
強烈な光は、影を濃くする。
俺の存在はたちまち薄くなった。
案の定、俺に好きこのんで話しかけてくるやつはおらず、まともに友だちができないまま、三ヶ月が過ぎた。
きっとクラスに俺の名前を正確に覚えているやつなんかいないだろう。
そう思っていたのに。
「――い、犬飼 璃音くん。ぼ、僕と……と、友だちになってくれませんか」
「は?」
頭がおかしくなったのだろうか。いや、この場合、目か。メガネのレンズを拭き、目薬をさし、万全の状態で見直しても、目の前の景色は何ひとつ変わらない。
昨日に引き続き、昼休みの第一図書室に、千年に一度の美男と名高い大熊がいる。あげくの果てに、仲良くなりたいとぬかしやがる。
え、ドッキリか何か?
「……」
「……」
「……」
「……な、何か言ってよ……」
耐えきれず口を開いた彼に、俺は反射的にたじろいだ。
「……な、なんで俺? 誰かとまちがえてね?」
「えっ、名前まちがってた!?」
「い、いや、合ってるけど」
「よかった……」
ほっとしてほころぶ、その反応に、俺は思わず顔をしかめた。
顔がいい。……じゃなくて。なにその反応。まじなの?
意味がわからない。
「なんで」
「え?」
「友だちなんかわざわざつくらなくても、腐るほどいるだろ」
彼は常に人に囲まれている。
金を溶かした髪と185を優に超える身長は、GPSよりもはるかに早く位置情報を知らせ、四方八方から人が集まってくる。
くわえて、来る者拒まずな心の広さ。すぐに好感を得て、仲良くなってしまう。
おそろしい才能だ。
逆に、ひとりでいるところを見たのは、昨日がはじめてだった。それくらい彼は人気を博している。全クラスに友だちがいてもおかしくない。
なのに俺と友だちになりたいだって?
裏があるとしか思えない。
ドッキリではないとするとなんだ?
脳裏に昨日の衝撃がよみがえる。あぁ、なるほどね。
「無理に友だちになんなくたって、昨日のことは言わねえよ」
「ち、ちがう……!」
「?」
「昨日のことは関係ない。……いや関係はあるんだけど」
「どっちだよ」
「そ、その、だまってほしいからとか、そんなんじゃなくて」
彼は一度息を吸って、俺を真っ直ぐ見つめた。
「昨日話してみて、ただ、純粋に、君と仲良くなりたいと思ったんだ」
同じ人間とは思えぬ端正な顔。色白だから赤らんでいく様がよくわかった。こっちまで緊張してくる。
「昨日のどこでそう思ったんだよ」
「やさしくしてくれたから……」
「はあ? あれのどこが?」
冷たくされたのまちがいでは?
「僕には、やさしく感じたんだ」
プール開きした水面のように透けた瞳に、異質な黒い影がゆらゆらと浮かんでいた。
きれいな目だと、なんでもきれいに写ってしまうのだろうか。光を拒んだ俺でさえも。
「僕は君と友だちになりたい」
いまどき小学生でも言わないような口説き文句を、彼は平気で言ってのける。
……いや、別に平気というわけではないか。
彼の顔はさっきよりも紅潮している。
ここで断れば、こいつはまた昨日のように人知れず泣くのだろうか。
それはいやだな、と思った。
俺は頭を掻きながら、鼻から息を漏らした。
「そもそも友だちって、なろうって言ってなるもんじゃねえだろ」
「あ……そ、そうだよな……」
彼は口角を上げたまま、静かにうつむいていった。乾いた笑いが落ちる。
それをかき消すように、ギギギ、と床のこすれる音が響かせた。
彼のちょうど真向かいにある椅子に、俺はどすんと腰を下ろした。
「……大熊、飯は」
「えっ、あ、あるけど」
「じゃあ座れよ」
「え……」
呆然と固まる彼に、俺は箸を持ちながら当たり前のように問いかける。
「なに、食べねえの?」
「た、食べる!」
失礼します、と律儀に告げてから、彼も席に着いた。購買で買ったらしきパンがいくつか、正面に並べられる。
そして、ひとりとひとりは、ふたりになった。