大熊 ニア。
高校入学後、一瞬にして全校生徒に知れ渡った、スーパークソイケメンヤローだ。
どっかの国のハーフだそうで、色白で浮世離れした顔立ちに、すらりとしたスタイルのよさは、さながらパリコレモデルのようだった。
圧倒的な華に魅せられ、誰もが好意を示した。どこにいても、何をしていても、男女問わず目が釘付けになり、声をかけてしまう。
きっと学校始まって以来の人気者として、歴史に名を残すだろう。
そんな人生勝ち組のすげえ奴が、どうして――
「お、大熊……?」
「っ! み、見るな!」
――どうして、こんなところで泣いているんだ。
旧校舎にある、第一図書室。
もう使われなくなり、めったに人の近づかない場所。
そこでひとり、本を読みながら昼飯を食べるのが、俺の日課だった。
なのに、まさか先約がいるなんて。
しかも、学校のプリンス、大熊だ。
どうして彼がここにいるのだろう。
ほかに人の気配はない。
まさかこいつひとり? いつもの取り巻きはどうした。
何かあったのか、多少なりとも心配するのは、クラスメイトとして当然の感情だろう。
けれども、彼は俺から顔を背け、いかにも詮索されたくなさそうにしている。
「……」
「……」
「……」
「……はぁ」
俺がため息をつくと、でかい背中がびくりと震えた。
何をそんなに怖がっているのか。
……まあいいや。
うしろ手に扉を閉めた。
これで完全にふたりきり。
いや、ひとりとひとりだ。
大熊のいるほうとは真逆のテーブルに着き、弁当箱と図書室から借りっぱなしの文庫を開いた。
木と紙のまざりあう、やさしい香りに包まれた聖域。
かすかな物音しか聞こえない静けさに、心身が凪いでいく。
この時間がたまらなく好きだ。
学校生活、唯一の至福。
一時間とちょっとしかない昼休みが、今だけは永遠に感じられる。
「……な、何も、聞かないのか……?」
ちっ。水を差された。
心地よい静寂を裂いた涙声に、あやうくおかずの肉団子を落としかけた。
せっかくこっちはこっちで没頭してやってんのに、かまってちゃんかよ。めんどくせえな。
「聞かれたくねえんだろ」
「……っ」
なら聞いてくんなよ。
忘れてやるから。
ふたたび訪れた静寂は、少々息が詰まった。
背中にびしびし視線を感じて痛い。
見られてる。すんげえ見られてる。なんで?
わずらわしくて仕方ない。が、振り向けば負けな気がする。気にしないふりを徹底し、ページをめくった。主人公が友を想い、夜空を見上げるシーン。
俺の視界は手元から動くことはなかった。