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「「Dグループ、ストップ。時間の無駄だわ」

 北風のように冷めきった菅井の声が告げ、演劇部部室内の空気がかたまる。

「Dのヤツら、ヤバくね? 女王様、マジで機嫌悪そー」
「スパルタマンとかスパルタ先輩って呼ばれてんの、気づいてないんじゃない? 同じ部じゃなかったら、絶対かかわりたくないし」
「理事長様の娘だから、新しい顧問(こもん)も逆らわないしねー。あーあ、前の先生が良かったなー」
「今年の一年、全員二軍からだってよ。しかも三人だけ。二軍がやってんの、基礎練と雑務(ざつむ)だろ? クソつまんねーのに、よくやるよなぁ」
「ぜーんぶ、去年の予選落ちのせい。全国常連の看板(かんばん)に傷がついたって、ギャーギャー騒いでたもん」
「しかもご自慢の一軍だして県予選ブロック落ち決めたんだよな。講評アンケートに『顔が死んでいます』って書かれる始末だろ? そりゃ毎日こわいこわいしてたら、本番ド緊張で失敗もするだろ」
「アレのせいで、練習メニューキツくなったもんねー。昔もキツかったけど、今じゃ運動部よりキッツいし。部活が楽しいとか、言える人いないって」
「あーあ、野上(のがみ)なんか高校じゃ好き放題やってるじゃん。負け犬のクセに」
「……負け犬って……そんな言い方しなくても……。中三の全国大会も野上(のがみ)君はすごかったよ。むしろ去年彼が入部してくれてたら、結果が変わってただろうなって思う。ひどいのは……中二の時、何も言わずに逃げだしたヒロインだよ……」

 青と緑のジャージの中。
 黒色のセーラー服に青い三角スカーフを結んだ菅井が、腕組みをして指をこつこつ動かしている。眺めるように一睨みすれば、囁き声もすぐに止んだ。

「部長! Dグループ集合しましたっ!」
「三番。なにをしていたの?」
「はい! インプロ……インプロヴィゼーションです!」
「四番。インプロとエチュードの違いを()べなさい」
「は、はいっ! え、エチュードは、場所・場面・人物設定のある即興劇(そっきょうげき)で」
「質問の意味が分からなかった? 『違いを述べろ』と言ったのよ。エチュードもインプロも、即興劇には変わりないわ」

 パンと菅井が手を叩き、Dグループ全員の肩が震える。

「インプロのイの字も理解していないわね。お腹を押さえている人は、全員病人なの? 地面に両ひざを着いている人は、全員落ちこんでいるの? 違うでしょう。お腹がよじれるほど大笑いしている人。目をこらして落とし物を探している場面。人物像も場面設定もたくさんあるわよ。
 打ち合わせなしに始まる相手の仕草一つ、セリフ一つ。その場で柔軟(じゅうなん)に対応し、何もない所から世界を創りだすのがインプロよ。
 台本に書かれた文字を読むだけなら誰でもできる。脚本の理解も役の理解も深めない、手抜きする者を見抜くのは観客よ。一回限りの本番六十分、良い役者は観客をも舞台に引きこみ、時間の感覚さえ忘れさせる。今のあなた達とは月とスッポンね。
 来月頭の学内公演が、今年の初舞台。退部したくなければ、一軍から落ちたくなければ、日々努力なさい。話は以上」
「「「「「はい!」」」」」

(……返事だけなのよね。インプロの力は一朝一夕(いっちょういっせき)には身につかない。それを理解している者が、この場に何人いるのかしら)

 スパルタ先輩もとい菅井は、階下へ視線を向ける。
 人気(ひとけ)のない中庭庭園のベンチに座っている、白いTシャツ姿の男子生徒。
 男子生徒が──かつての中学演劇部仲間が、すぐさまこちらを見上げ。
 キッチリ0.五後に視線を外し、風景を(なが)めだした。

(知覚(ちかく)の遅れは0.五秒から一秒。作品的な死に()を作らず、役者の表情・言葉・感情を観客に伝える時間は0.五秒が最適。
 それらを自然体(しぜんたい)で、やってのけることができるまで。どれだけの時間と労力を演劇にささげてきたのか。ムダ話している人達には想像もつかないでしょう。
『パッパッってさー、体が勝手に動くんだよねー』って言いきった笑顔、いつ思い返しても背筋が(こお)る)

 くるりと窓に背を向け、菅井は爪を噛む。

(今でもまざまざと思い出せる。中二の夏、世界観を壊す事なく、アドリブ(即興の演技)で二十分間舞台を維持(いじ)した才能(さいのう)。台本重視(じゅうし)の審査委員は最低評価でも、観客評価はあなたが一番だった。荒れに荒れた中三で全国大会に出場できたのがその証拠。高校でも演劇部に入ってくれていたら、今頃我が部を引っぱっていく存在になっていたのに──)

***

「いっくよー! 王様ダルマさんがー……ニワトリのマネ!」

 コウタ先輩の声にあわせ、わたしは片足立ちをし、バッと両手を広げる。
 ユキ先輩が軽く腰を曲げ、両手でクチバシを作る。
 メガネ先輩が背中を丸めて座り、お腹を抱えた。

 体の表現力をきたえる、王様ダルマさんゲーム。

 @home(アット・ホーム)の練習メニューは【無理せず・楽しく・身につける】をモットーに、コウタ先輩が組んだもの。
 演劇部の基礎練習より、何万倍も楽しい。
 
「全員セーフ! メガネ先輩はそろそろタマゴが産まれそうだねー。
 次いくよー! 王様ダルマさんがー……左手上げて右手上げて左手下げない!」
「……あ、え……あ! バンザイじゃないですか! コウタ先輩のいじわる!」
「ふっふっふっ。同じ言い方じゃおもしろくないから変えてみた! モモちゃんアウトー! メガネ先輩アウトー! 残るはユキ一人! さーてどうしようかなー」
「くやしぃぃぃぃ。左手上げてみひへ……右手上げてひだりふぇ……左手上げてみひへあげふぇひふぁりふぇ! コウタ先輩だけ、三枚ぐらい舌がついていると思いますっ」
「モモ。残念だがアイツも人間だ」
「はい、そこー! 残念とか言わないでくださーい! モモちゃん、あとでコツを教えてあげる。さーて、ユキには……」

 わたしとメガネ先輩は、少し離れた場所へ移動。
 青いジャージにポニーテール姿のユキ先輩が、グッと親指を立てる。

「よし決めた! 王様ダルマさんがー……オットセイのマネ!」

 ユキ先輩が即座(そくざ)に横たわり、そろえた両足を斜め四十五度で止める。

「三、二、一。カウント終了。決まりだな」
「ユキ先輩、すごいです! 足がピタッって止まってます!」

 ユキ先輩が振り返り、ピースサイン。
 わたしも笑顔でピースサインを返す。

「ユキのセーフで終わり! くっそー。いけると思ったんだけどなー」

 寝転んだコウタ先輩が唇をとがらせ、屋上の床に“へのへのもへじ”を書きだす。

 すねる姿も分かりやすいコウタ先輩。
 先輩なのに、男の人なのに。
 カワイイって思うのは、(へん)なのかな。

 じわじわ温かいものが身体中に広がり、思わずわたしは立ち上がる。