高校三年二組、黒髪と眼鏡でいかにも優等生タイプで小柄な僕、小野朱希。(おの あき)


そんな僕には気になってる人がいる。
名前は、橘颯。(たちばな そら)
ふわふわとした柔らかい茶髪で、身長は僕より少し高く、明るい笑顔が印象的。





入学した当初はまだ友達が居なくて、教室に居るのが落ち着かなかった僕は、よく図書室で時間を過ごしていた。そんなある日、突然声を掛けられた。
「なぁ、小野君だっけ。ここの問題教えてくんない?」

陽キャな見た目で、一番関わりたくないタイプの男子が、目の前に堂々と座っていた。確か同じクラスだったような…。
とゆうか他にも生徒が居るのに、なぜ僕に声を掛けてくるんだよ。
そのうちどこかに行くだろうと、しばらく無視をしていたが全く動く気配がない。変わった人だな、とゆう印象だった。





あれは梅雨の時期。昼飯を軽く済ませていつものように図書室に向かうと、中から会話が聞こえてきた。

「ねぇねぇ、あの地味な眼鏡いるじゃん」
「そういえば居たね!名前は知らないけど」
「影薄すぎて覚えてないわ」
「ちょ。それはひどくない?(笑)」
「真面目過ぎてつまんないよねー」
「それな」


来るタイミングが悪かっただけ。人の影口なんか気にしなければいいと、自分に言い聞かした。その場から離れようとした時、聞き覚えのある声がして思わず足を止めた。



「小野くんに数学のテストで分かんなかったとこ教えてもらったけど、優しくて良い奴だったよ」
 


正直仲良くなれないだろうなって思ってたけど、颯の言葉がなぜか凄く嬉しかった。今までそんな風に言ってくれた人はいなかったから…。







二年生になりクラスが変わった。各々グループで集まり、わいわいと賑やかな雰囲気でいかにも青春真っ只中って感じ。


読書でもして、授業が始まるのを待つとするか…。ページを開き読み始めると
「それって今人気のミステリー小説だよね。俺も最近読み始めたんだけど、結構面白いよな」と、話しかけてくれたのが惇との出会いだった。


淳の親友である深見くんと健太の二人とは、ゲーム好きを高じて仲良くなった。
人付き合いが得意な颯も、いつの間にか三人とすぐに意気投合して、打ち解けるのも早かった。それから放課後に五人で出掛けるようになり、毎日が楽しくて仕方がなかった。




優しくて強引で時々からかってくるけど、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。次第に気になる存在になり、もっと仲良くなりたいと思うようになった。
この気持ちが恋だと確信したけど、好意を寄せられてると知ったら迷惑だろうな…。せっかく築いてきた関係性が壊れてしまうんじゃないかと思うと、怖くて言えなくなってしまった。





⎯⎯⎯⎯⎯
 





帰り際コンビニで肉まんを買って、二人で食べながら歩いていた。

「言ってなかった事あるんだけど」
「急だな。言ってないことって?」
「…俺さ」
「うん」
「気になってる人がいるんだ」

……え。今なんて言った?
突然すぎて頭が真っ白になった。

「おーい」
「…き、聞こえてますから」
「何で敬語になってんの」
「だって…」

目線を反らすと顔を覗き込まれた。
「っ…!?」
「あははっ!真っ赤」
「なっ!」

すぐにからかわれていると分かった。大きな瞳で真っ直ぐに見つめられて、体が熱くなった。
毎回ドキドキさせられるから心臓がもたないんだってば…。



「やめろよ…!そうやってからかうの」
「ごめん。反応が面白くてつい」
「つい。じゃないから」
「てかさ、朱希も知ってる人だよ。わりと近くにいるんだけどな~」
「わ…、わかんないよ」
「じゃあ分かるまで考えて」
「はぁ…!?なんで考えなきゃなんないんだよ。意味わかんないし」
「はいはい。ったく…。マジで鈍感過ぎだろ」
「何か言った?」
「別に〜」


急に考えてって言われても分からないし、誰を好きなのかなんて知りたくもない。僕が今どんな気持ちなのか知らないくせに…!

はぁ…と、ため息をつき再び歩き出すと、金木犀の甘い香りがした。





⎯⎯⎯⎯⎯






翌日、上履きに履き替えてると「おはよー!」と爽やかな笑顔で声をかけてきた。昨日の会話がずっと頭から離れず、あまり眠れなくて寝不足だってゆうのに。何事もなかったかのように接してくる態度に、怒りが湧いてきて無視をしてしまった。




なんであんな態度をしてしまったんだろう…!せっかく話しかけてくれてたのに、無視するとか最低すぎるだろ…!!
自己嫌悪になり、頭を抱えひどく後悔していた。


「どした?何を一人でぶつぶつ言ってんの」
惇が不思議そうに見ていた。
「うう…。どうしよう」
「よしよし。何かよく分からんが、昼飯奢ってやるから行くぞ」



購買に着くと生徒達が並んでいた。順番が来たけどあまり食欲が湧かなくて、すぐには選べなかった。そんな僕を見かねて、適当に菓子パンや紙パックのジュースなどを選んで会計を済ましてくれた。
「ごめん」
「謝らなくていいって。ほら、限定カレーコロッケパンやるから」
「これってすぐ売り切れる惣菜パンだよね…!」
「そうそう。旨いから喰ってみ」
「…ありがとう」
「こうゆう時は、美味しい物を食べるのが一番だよ~」





屋上に上がると太陽が反射して、一瞬眩しくて目を細める。日陰になっている場所を探して壁側に座り込み、先程買ったパンを食べていると深見くんと健太がやって来た。



「あれ?今日は颯と一緒じゃないんすね」と健太が辺りを見渡す。
「うん。さっき誘ったんだけどちょっと元気なかったから、無理に誘うのもあれかなって思って」 
「そうなんすか」

元気なかったんだ。って僕のせいだよな…。

「朱希、颯と何かあった?」
「……ちょっとね。でも大丈夫」
「そっか…。ならいいんだけど」



惇、ごめん。さすがに男が恋愛対象だって事は言えない…。



「あんまり1人で抱え込むなよ」
「うん…。深見君もありがとう」
「おう」
すると横でお弁当を食べていた健太が、コソッと僕に話しかけてきた。

「あの、ずっと気になってた事があるんすけど」
「気になってた事って?」
「朱希さんって颯の事……。もごっ!」
そう言いかけた健太の口に、深見くんがお菓子を放り込んだ。
「何も気にするな」
 



いや、何も気にするなって言われたら余計気になるんだけど。僕が颯の事って…。まさか好きバレしてるとかじゃないよな!? いやいや…?なるべく態度に出さないように、気を付けてるから大丈夫なはず…。



「まあ、この話は今度ゆっくり話そうか」
「…惇って何か隠し事があると、すぐ誤魔化すよな」
「別に隠してないって。ほら、お前もここでは色々話しづらいだろうしさ…」
「…??」




ますます怪しい。問いただそうとした時、タイミング良くチャイムが鳴ると、その場から逃げるかのように片付け始めた。

「さてと。そろそろ戻るか」
「そうだな」
「深見さん、さっきのはひどいっすよー」
「いや、余計な言葉を言おうとしてたから…」
「余計な事ってなんすか!俺は普通に聞こうとしただけで…」
「お前はもう少し、空気読もうな」
「えー!空気読んでますって!」

「あ、ちょっと!まだ聞きたいことが…!」

僕が言った時には、三人は先に降りてしまっていた。さっきの会話が気になったけど、また後日にでも聞けばいいか…。モヤモヤとした気持ちのまま、少し遅れて教室に戻っていった。



 








下校時間。玄関を出て視線を前に見上げると、颯がこっちに向かって歩いてきた。まさか待ち伏せされているとは思わず、その場から離れて走り出してしまったが、すぐに腕を掴まれ引き止められてしまった。



「なんで逃げるんだよ」
「…」
「今日、ずっと無視してただろ」
「……それは」
「ここじゃ話しづらいか…」
「べ、別にここでいいだろ」
「絶対逃げるだろ」
「逃げないから離して」
「やだ」
「やだって…。子供かよ」
「俺ん家行くぞ」
「は…!?」





⎯⎯⎯⎯⎯







「先に上がってて」
「う、うん…」
逃げる隙もない程、しっかりと手を繋がれたまま家に連れてこられた。何度か遊びに来ているのに、なぜかいつも以上に緊張してしまっている。


少しでも落ち着かせようと、深呼吸をしてから靴を脱ぎ、部屋に上がる。
「お邪魔します…」
2階の奥にある颯の部屋入ってから、ずっと手汗が止まらず落ち着かない。


しばらくすると飲み物を持って戻ってきた。
「はい、どーぞ」
「ありがとう…」
「オレンジ好きだったよな」
「…なんで覚えてんだよ」
「記憶力良いから、俺」
「ふ。自分で言うんだ」
「別にいいだろ。てかさ、聞いてもいいか?お前が避けてた事がずっと気になってて…。その、なんでなのかなって」
「それは…」

どう説明すればいいのか分からず言葉に迷った。危うく本音を言いそうになったが、ぐっと飲み込んだ。


「…ここ最近色んな事でストレス溜まってて…。あんな態度を取ってしまってごめん…」
「そっか…。お前も色々あったんだな。そんな事も知らずに聞いたりして悪かった」
「いいよ。もう平気だから…」
「本当か?悩みとかあるならいつでも聞くからな」
「…ありがとう」


違う。本当は違うんだよ。颯が僕ではない誰かを好きなんだと知って悲しかった。一生この片思いが実ることはないんだと思うと、胸の奥が苦しくなるんだ…。
 


しばらく沈黙が続いた。
気まずくなった空気を察して颯が話を変えた。




「もう大学生になるんだな」
「あっとゆう間だよね…」
「俺と離れるの寂しいか」
「…卒業したらどうすんの」
「はは。スルーかよ。…まだ決めてない」
「え。もうそろそろ決めないと…」
「だよな〜」
「大学行かないの?」
「…そのうち決めるよ」
「そっか…」


他にやりたいことあるのかな。 同じ大学に行けたらいいなって思ってたんだけど…。


「ま。いつかお互い彼女が出来ても、こうやってたまにでも会えるといいな」



「……なんだよ、それ」
「朱希?」
「バカ!」
「な、バカって言わなくてもいいだろ!」
「……帰る」
「まだ話終わってないって」


僕だけが嫉妬したり、これ以上辛い思いをするくらいなら諦めるしかない。何度もそう思う度に、好きって気持ちが溢れて涙が溢れて止まらなくなった。



「お前…!なんで泣いてんの!?」
「泣いてない…!」
「…勘違いだったら悪い。もしかして、俺の事好きなのか」
「……好きじゃない」
「じゃあなんですぐ顔が赤くなるわけ?」
「分かんないよ…。好きすぎて自分でも分かんないんだよ」
「っ…!」
「もういい。勝手に告白でもなんでも好きにすれば」
「話聞けって」
「…」


「俺が好きなのは朱希だよ。鈍感すぎてムカついたから嘘ついた」



「……うそだ」
「嘘ついてどうすんの。正直いつ告白しようって悩んでたんだからな。お前に嫌われたくなくてずっと言えなかった」
「……!」



颯も僕と同じようにずっと悩んでたってこと…!?
たった一言伝えていれば、こんなにお互い辛い思いをしなくて済んだのに…。素直になれなくて傷付く事から逃げてばかりで、きちんと向き合っていなかっただけなんだ…。二年間の想いがやっと伝わり、全身の力が一気に抜けた。






「両思いなのに、随分遠回りしてたんだな」
「…そうだね。でも颯の気持ちが聞けたから十分だよ」
「そうか…」
「…」
「……」


そっと両手を握られ、正座をして真剣な眼差しで僕を見ている。緊張しているのか、少し手が震えている颯の手を握り返した。

 


「朱希。俺と付き合ってください」

「…よ、よろしくお願いします」





「はぁぁっ…!今めっちゃ嬉しくて叫びたいくらい!心臓やばいくらい鳴ってる…」
「僕も嬉しすくて、凄く幸せな気分」
「だな」
「えへへ…」
「なぁ、いつから好きだったのか教えて」
「それは…。恥ずかしいから言えない」
「照れなくてもいいのに」
「また今度ね…」
「えー。今聞きたいんだけど。ま、今度聞くからいいや」



するとゆっくりと近付いてきて、髪をわしゃわしゃと撫でられた。




「わ~。髪サラサラだな。それにいい匂いするし…」
くんくんと嗅がれ、颯の息が耳に当たる…。

「ち、近いよ…」
「…もしかして耳弱い?」
「み、耳元で喋んなってば…」
「ふーっ」 
「ちょっ…!な、な、何してんの!」
「さっき教えてくれなかったから」
「もう…!」
「なあ…。キスしていい…?」
「…え!は、早くない!?」
「早いとか遅いとかないだろ」
「そ、そうかもだけど…んっ!」
「ちゅっ」
「……!!」
「ん……ちゅ…」
「っ…」



何度も何度もキスされてる。恥ずかしさと嬉しい気持ちで心と身体が満たされる。颯の唇って、こんなに柔らかいんだ…。







「触りたくてずっと我慢してたんだから。もう恋人なんだし、ちゅーくらいいいだろ」
「う、うん…」
「これからは遠慮なく襲わせてもらうけど」
「…少しは遠慮してよ」
「嫌がることは絶対しないから。これからはもっと大事にする」
「…僕も。あ、外でキ…スとかするの恥ずかしいから控えて欲しいかも」
「ダメ…?」
「ダメじゃないけど、人前はちょっと…」
「人前じゃなければしていいってこと?」
「……うん」
「分かった」
「……好きだよ」
「…それはズルいって。俺の方が大好きに決まってんだろ」





僕の涙を手で拭ってから優しく抱き締めてくれた。大きな体に包み込まれる。心音が心地よくてまた泣きそうになった。

口喧嘩したりすれ違ったり、不器用な僕たちだけど颯とならどんな未来でもきっと、幸せになれるって思えるんだよ。






⎯⎯⎯⎯⎯







3限目授業が始まる前、惇が振り向く。

「朱希。顔にやけてる」
「…!?」
「はは。顔に出すぎ!てゆうか、昨日送ってくれたメール!本当に良かったな~」

実は昨日の夜、三人には付き合う事になったとメールを送った。

「ありがとう…!」
「そっか、そっか。やっとかぁ~。幸せになってくれよ…!!」
「惇、お父さんみたいになってるよ」
「そりゃあ、ずっと二人を見守ってきたからな」
「いつもありがとう」
「どういたしまして」




2年の頃からバレバレなくらいにお互い、視線と態度が出ていた事を後で聞かされた。だからあの時、健太の話を誤魔化したのか…!無意識だったから自覚なかったけど、そんなに態度に出ていたのかと思うと恥ずかしくなった。



男を好きだとゆう事に対して、気にならないのかと聞いたら「恋愛は自由じゃん。俺はそうゆうの全く気にならないよ~」と笑った。惇の優しさに心が暖かくなった。

 





五限目、英語の授業が終わってから颯と廊下で話していた。
「さっき惇と何話してたの」
「えっと…。幸せになれよって言ってくれた」
「あはは。お父さんみたいだな」
「ふふ。だよね」




「来年には卒業か…」
いつの間にか惇が僕の隣で、腕組みをして立っていた。
「お前は忍者か」と颯がツッコむ。
「仲間なんだから別にいいだろ~」
「ハイハイ」
会話を邪魔されたのが不満だったのか、少し不服そうな顔をしている。むくれてるのが何だか可愛い…。


「留年すればずっと高校生で居られるけどな」
「…深見。真顔で言うな」
「俺は皆と居られるなら留年も悪くないっすね」
「それは冗談でもさすがにないわ」
「えー!」
「僕もちょっと…」
「俺も朱希達と卒業する」
「な!颯もこう言ってるし。てこで俺らは大学生になるけど、健太はセカンドシーズンに突入か。頑張れよ!」
「な…!置いていかないでくださいよーー!!」



たわいもない会話をして三年間過ごした高校生活も、明日で最後になるのに不思議と寂しくならないのは、多分離れても会えると思えるからかな。




そんな中でも、一番に思い出すのは颯の笑顔だ。
僕が一番大好きな人。










-卒業式当日。






校門で待っていると、ボタンがひとつも残っていないの状態で「全部女子に取られた」と笑いながら歩いてくる。「相変わらずモテモテだな」僕も笑いながら歩み寄る。
女子に囲まれてたし残らないだろうなとは思ってはいたけど、一個くらい欲しかったな…。


「手出して」


言われるままに右手を差し出すと、小さくて硬い物を手渡された。それが何かはすぐに分かった。


「やるよ。ボタン欲しそうにじっと見てたから」
「そ、そんなに見てないよ」
「ずっと見てたって。俺の事好きすぎなくらい…」
「……。好きだから仕方ないじゃん」
「ふふん。嬉しい?」
「…うん。大事にするね」
「どういたしまして。俺も朱希の事、一生大事にするから。これからもよろしくな」

「あ、花びらついてる」
「朱希も」
「記念に貰っとこうかな…」
「じゃあ俺も」


人目が居なくなるのを確認すると、どちらかともなく寄り添いキスを交わした。