――3年前――
「日野平有です……父の転勤でアメリカに住んでました」
教室が一瞬ざわっとする。
中高大一貫教育のこの男子高は大半が中学からエスカレーター式であがってきた生徒で、高校からの入学生徒は珍しく、僕は好奇の目で見られていた。
自己紹介が終わった瞬間、前に座っていたガタイのいい生徒が後ろを振り向き、ニッと笑う。
「よっ! 俺、赤羽隼人。アメリカから来たのか? すげーな」
人見知りの僕は、突然馴れ馴れしく喋り出した男に戸惑ってしまった。体が大きく、肩幅は広く、胸板も厚い……僕の1.5倍はありそうで、その存在感のデカさに圧倒されてしまう。
「すごくなんかないよ……」
僕が小声でぼそぼそ話すと、赤羽と名乗った男は明るく笑った。
「まぁ、おやっさんの仕事の都合だもんな。お前、綺麗な顔してんな」
無遠慮に人の気にしている事をぶっこんでくる男にムッとし、思わず不機嫌な声が出てしまう。
「だから……なに?」
「いやぁぁ、羨ましいわ。中性的っていうの? モデルっぽくってさ。かっこいいな」
「かっこいい?」
「モテたんじゃないのか?」
まぁ……アメリカで彼女がいた事もあったけどさ。
それにしても人の事をズカズカ聞いてくるデリカシーのない奴だな。ホント、なんだ、こいつ。
「俺なんかさぁ、ゴリラ顔じゃん。女にモテねーー」
ハハッとあっけらかんと笑う赤羽を改めて僕はまじまじと見た。
いや、ゴリラっていうか、かなりのイケメンだと思うが? たしかに線は細くないし、がっちりしてるけど。スポーツマンタイプの凛々しさがあるし、お前の方がかっこいいと思うけど。デリカシーは皆無だけどなっ!
「かっこいいと思うけど……彼女、いないの?」
特に興味もなかったが、話の流れからなんとなく聞いてみた。
「嬉しい事言ってくれるじゃん。いないんだな、これが。ま、毎日部活ばっかりだからなぁ」
「部活? ……赤羽君はなんの部活入ってるの?」
さっきまでうざい男だなと思っていたのに、不思議と彼の奔放さと懐っこい笑顔が気になり、つい余計な事を質問してしまう。
「隼人でいいぞ! 俺? へへっ、ラグビーしてんの。有は?」
ゆ、有!? 初対面から名前呼びかよ!
赤羽は名前呼びなんて特に気にもしてない様子だった。わざわざ指摘して文句を言うのも細かい奴だと思われそうで、僕は平静を装う。
「なにも……本読んだりする方が好きだし」
「賢そうだもんな、有は。お、自己紹介、俺の番だ」
そう言いながら、立ち上がった赤羽は背も高く、180センチはありそうな感じで……身長が160センチしかない事がコンプレックスの僕にはガッチリした体躯の彼に男らしさを感じ、眩しく見えた。
「赤羽隼人。ラグビー部。みんなーよろしくぅぅ」
おちゃらけた明るい赤羽の自己紹介に周りからヤジが飛ぶ。
「ええっーー、隼人と同じクラスかよぉぉ」
「お前、授業邪魔すんなーー」
「よっ、ラグビー部、エース!」
「うっせーぞ、お前ら。本当は嬉しいくせに。お、声援ありがとー」
ふざけながら返事をする赤羽に教室がどっと笑いの渦に包まれた。先生のコホンという咳払いが聞こえ、赤羽はヤベーと小声で言いながら席に座る。
他の生徒に話しかけられている赤羽が楽しそうに笑っている姿に、僕はなんだか不愉快な気分になり目を逸らしていた。
あいつ……人気者なんだな。僕とは全然違う人種だ……
ホームルームが終わり、僕は帰り支度をする。後ろから急に太い腕で肩を組まれ、驚いた僕はビクッと体を震わせた。
「……っ!? 赤羽!?」
「は、や、と! な、これから用事あるか?」
赤羽は顔を寄せ、僕に懐っこい笑顔を見せる。
……近い、近いよ! こいつ!!
「ないけど!! 急に肩組むのやめろよ!」
「お、わり」
僕から腕を外し、ニカッと笑った。突然の事に顔が火照って、僕の心臓は忙しそうにバクバク鳴っている。
だ、誰だって、急にあんな事されたら驚くよ。この鼓動は驚いたからだ。うん。そうに決まってる。
「で、さ。俺、今日、部活。ラグビー観に来ないか?」
「な、なんで!!」
赤羽は屈託なく笑った。
「いやぁぁ、有にさ。俺の好きな物見せたいんだよ」
何だこいつ。何だこいつ。何だこいつっ!!
わけがわからなくて、でも不思議とちょっと嬉しくて……文句を言いながらも、まぁまぁと赤羽に強引に引っ張られ、ラグビーの練習を観に行ってしまった。
そして、僕は見惚れてしまう。
ラグビーをしている赤羽は…………すごくかっこよかった。