とうとう体育館裏についてしまった。日当たりが悪いせいか、湿った土のにおいがする。
今日は、なにをされるのだろうか。
柔道の練習と称して地面に転がされるのか、モノマネの強要か、それとも……。
突然背中に衝撃がはしった。息が詰まる感覚とともに、地面が目の前に迫った。蹴られたとわかったのは一瞬あとのことだった。
「まぁ荷物ぐらいおろそうぜ」
堤に、背負っていたリュックサックを無理やり奪われた。投げ捨てられたのは、茶色い水たまりの中だった。黒い生地の色がじわじわと濃くなっていくのを、ただ見ていることしかできない自分がひどく惨めな存在に感じる。
「直樹くん細いからさ、もっと栄養あるもの食べた方がいいと思うんだよね」
突然発せられた堤の言葉の意味が理解できない。
「俺、ちょうどいいものあるんだよねぇ」
国木が持っていた袋の中から、手のひらくらいの大きさの、プラスチックケースを取り出した。中は薄茶色のなにかで満たされている。一瞬、コンビニのスイーツのようにも見えた。
けれど、そんなはずがないのは嫌でもわかる。国木が蓋を開けた瞬間、隣にいた田中が顔をひきつらせた。
「よかった、まだ生きてる」
国木が中身をこっちに向けてきた。堤が鼻でふっと笑ったのが聞こえてくる。容器の中で、親指ほどの長さの白いなにかがうごめいていた。
その正体がわかったとき、直樹はとっさに立ち上がって逃げようとした。しかし、堤の腕がそれを許さない。
「海外では食料にされてるから大丈夫だって」
これから行われることが、想像したくもないのに頭に浮かんでしまう。
嫌だ。そう必死に絞り出したつもりの声は、堤たちには届かない。それどころか、力づくで地面に膝をつかされた。
国木と田中がもめている声がする。
おまえがやれよ。
いや、俺わざわざ買いに行ったから。
マジで無理だって。
このままずっと、二人が押し付けあいを続けてくれればいいのに。そう願ったとき、堤の舌打ちがした。
「田中、おまえがやれ」
いじめる側の人間と、いじめられる側の人間には、明確な格差がある。けれど、いじめる側の人間の中にも、また別の格差が存在している。堤は頂点、国木はその下、田中はそのまた下の位置にいることは、傍から見ていてもわかるほどはっきりしていた。国木は勝ち誇ったような笑みを浮かべて、田中に容器を押し付けた。
最悪、と田中の口が動いた。直接触れるのが嫌なのか、田中は地面に落ちていた木の枝を拾い上げ箸代わりにした。きもっ、と言いながら摘まみ上げる田中の姿を見て、国木が手を叩きながら笑っている。
「ほら、せっかく買ってきたんだから食えよ」
後ろから堤の声がする。それは目の前まで迫ってくる。なんとか避けようと体を必死によじらせている姿が、今の自分と重なった。吐き気が込み上げてきて、顔を背けた。けれど、すぐに堤の手によって前を向かされる。
どうしていつもこうなってしまうのだろう。何度も繰り返してきたけれど見つからない答え。誰でもいい。自分のなにが悪いのか教えてほしい。痛いくらいに目をぎゅっと閉じたときだった。
「まるで、親鳥が子どもに餌をやっているみたいですね」
この光景には到底合わない、穏やかな男の声が聞こえてきた。