「万里、帰りに本見ていい?」
「あ、僕もほしい本ある。発売日過ぎてた」
「じゃあなんか食って帰ろう。腹減ったわ」
「うん、そうしよっか」

 僕たちは相変わらずだ。特にこれといって進展はない。
 他の友達と遊ぶこともあるけれど、やっぱり小笠原と一緒にいることが多かった。変わったことといえばいつでも連絡が取れるようになり、学校帰りの寄り道だけでなく休日の約束もするようになったことだろうか。

 身支度を整えて鞄を持ち上げ、文化祭準備のために残っているクラスメイトへ声をかける。今日やることは終えたから帰路につく。

「また明日ね」
「じゃあな、大小コンビ」
「おう」
「佐伯、お先に」
「ばいばーい、お疲れ〜」

 小笠原と二人、教室を後にする。僕はゆったり歩く小笠原の隣に並んだ。廊下を歩いて昇降口へ向かい、上履きから靴へ履き替える。

「講習申し込んだか? 課題も多いし、うまくやらないと終わらないかもな」
「勉強の日とか作る? 自習室使ったり、フリースペースでわからないとこ教え合うとか。僕はほとんど教えてもらう側になるだろうけど」
「俺でよければ教えるよ」
「うん、よろしくお願いします」
「ビシバシ厳しくやります」

 先生と生徒だね、って笑いながら夏休みの予定を話す。あと二回登校すれば長い休みに入るのだ。やりたいこともやらなきゃいけないことも山盛り。遊びと勉強の両立はなかなかに大変そうだ。

 駅前の書店に着いて、小笠原とはほしい本のジャンルが違うからそれぞれ別の並びへ向かった。僕は新刊の平積みされているマンガを探した。たぶんこのあたりに積まれているはずだ。

(あった)

 ほしいマンガをすぐに見つけ一冊手に取り、小笠原がいると思われる書棚へ向かった。たぶん参考書のあたりじゃないかと予想する。夏休み前だし、そういうのも準備しているのだろう。
 問題集や参考書が壁側にずらっと並んでいる一角へ行くと、探している姿がすぐに見つかった。横から近づいて声をかける。

「あった?」
「んー、これはあった。もう一冊が見つからない」
「なんていうやつ?」

 教科別に分類されている書棚を見ながら小笠原の『英語の……』という声のとおり僕も探したけれど見つからなかった。

「検索してもらったほうが早いかもよ? どこかにしまってあるのかもしれないし」
「そうだな。聞くか」

 カウンターで在庫の確認をしてもらったらこの店に在庫はなく、近くの別店舗から取り寄せてもらえることになった。数日かかるが届いたら小笠原へ連絡が入るように手続きしてもらう。

「あった本だけ買う?」
「そうする。手元にあればすぐできるし」

 二人で本の会計を済ませ、ファストフードへ向かった。夕飯もあることだし軽く、のつもりだ。

 店の席はちらほら空いているから先に注文を済ませてしまう。僕はパイとドリンクのセット、小笠原はお腹いっぱいになるんじゃないかと心配したけど家へ着く頃にはちゃんと腹はすいているとのことでバーガーセットを頼んでいた。DKの食欲はすごい。

「ここでいいか?」
「うん」

 空いていた席に座り、話しながらまずはお腹を満たす。たぶん僕は早くも遅くもないスピードで食べていると思う。今まで誰かに指摘されたことはないし、一般的なはずだ。だけど小笠原はそもそもの一口が大きいこともあって、バーガーはあっという間に消えた。
 飲んでるの? っていうくらい食べるのが早い。小笠原が持つとミニバーガーに見えるからそうなるのも頷ける。

「万里、食べる?」
「……もらう」
「どうぞ」
「んっ ありがと」

 小笠原に差し出されたポテトを口にする。最近気づいたが、どうも小笠原は甘やかすのが好きらしい。もともと優しい性格なのに僕に対して、その……とても甘い。
 はじめは遠慮や躊躇することもあったけど、段々慣れていったというか当たり前になってしまったというか、こういうことをされても気にならなくなっていた。

「とにかく課題はさっさと終わらせておくしかないな。後で動きづらくなるのは避けたい」
「そうだね。まだ日にち確定してないのあるっけ?」
「山本たちと約束してるのが……あー、これ見て」

 小笠原のスマホにメモ帳アプリが表示されていた。できるかどうかはともかく夏休みにやりたいことを何度か話している。そのときに挙げたものが箇条書きでずらずら書かれていた。
 そのうちのいくつかに絵文字がつけてあり、僕との約束だとわかる。だって使われている絵文字がハリネズミだから。
 山本たちにも声をかけていることがいくつかあり、調整がうまくいかずまだ決めきれていない。

「BBQはたぶん無理。予約が取れないだろうし」
「やっぱりダメか。もっと早く動けばよかったね。プールは予定だけ合わせれば行けそうかな」
「それでも入場券はさっさと買ったほうがいいと思う。できれば明日には決めておきたい」
「メッセ送っとく? この日かこの日、どっちがいいって日にち伝えて」
「そうしとくか」

 みんなの予定を合わせようとすると候補日はそんなに多くない。それでもどうにか調整して、一緒にでかけられたらいいなと思っている。
 小笠原のメモ帳には夏祭り、花火、海という文字もあった。それはたぶんやってみたいことのリストなんだろう。僕との約束にはないものばかりだ。

「やりたいこといっぱいすぎて全部できないかもね。長いはずの夏休みは、案外短いんだなあ」
「まあそうだけど、できなかったら来年でもいいし」
「もう来年の予定って、気が早いよ」
「でもさ、来年も再来年も俺は万里といるつもりだから。急いでやらなくていいとは思う」
「っ、そっか……そうだね」

 当然のように小笠原が未来の話をするから、くすぐったくてたまらない。こういうときの小笠原は僕へ向ける眼差しがやわらかくなる。ふかふかのふわふわだ。

 実は、夏休みに『気持ちを伝える』という一大決心をしている。小笠原の隣にいたいと思った気持ちを言葉にして伝えたい。今だけではなく来年も再来年も、何年か先の未来だって一緒にいられるように。

 君の隣はあたたかい。何度も助けてくれた手も、僕へ紡ぐ言葉も、触れた体温も、すべてを独り占めしたいと思った。かっこよくて背の高い小笠原だけれどやっぱりかわいいと思える一面があって、僕はそんな君がいつまでも笑っていられるように隣で守りたいんだ。

「どうした? なんか、考え事?」
「んー、好きだなぁって思ってたところ」
「は?」
「なんでもない」
「……まって。今、なんて言った?」

 ふふっと笑って僕は立ち上がった。

「さあ遅くなる前に帰ろうか?」
「万里、もう一回言って」
「今度言うよ」
「今度……」
「そう。小笠原に告白するから、待ってて」

 僕は鞄を背負い食べ終わったトレイを持った。まだポカンとして座っている小笠原を置いて、僕は先に歩き出した。

「行くよ」

 一緒に──
 ずっと一緒に、歩いて行こうよ。

おわり