「あつい、あっつーい」
「言うな………」
「あっぢぃ〜〜」
「……次から言う(ごと)に百円な」
「えー、マジかぁ」

 昨今の夏は本当に暑い。日差しが強すぎて焦げるかもしれないとさえ思う。じりじりじりじり、まるでフライパンの上でジュッと焼かれる目玉焼きのよう。
 いや、フライパンの上に乗ったことはもちろんないけれど、それくらい太陽からの熱も気温の高さも酷くて、『暑い』以外の言葉が出てこない。

 駅までの帰り道、真夏の日差しが僕たちを照りつける。日が傾いたといっても日差しはほとんど弱まらないから、ところどころにある建物の影はありがたくても、凌げるかといえばそんなことはなく、やっぱり暑いものは暑いのだ。
 だからついつい暑いと言ってしまうのはしょうがないよ。
 僕がゲンナリ文句を口にすると、駅に着く頃にはそれなりに集まっているであろう百円×回数を資金にしてアイス食おうって、容赦のないことを小笠原が言った。
 その制度、まったく僕の得にならなくない? だったら小笠原も参加しなよ。不公平だ。

「小笠原もだからね」
「しょうがないなぁ」
「えー、しょうがなくはなくない」
「ははっ どっちなのかわからない言い方」
「小笠原も言ったら百円だからね」

 はいはい、ってまるで子供を相手にするような妥協を見せる。それじゃまるで僕がゴネたみたいじゃないか。こういうことはどっちがどれだけ言ったか、比べてこそだと思うわけだよ。僕だけ参加じゃ面白くない。勝負となったら負けるわけにはいかないな。
 隣を歩く小笠原は飄々としている。そう、僕と同じようにこの日差しを浴びているはずなのに、少しも堪えてはいないようだ。もしかしたら夏生まれなのかな。

「それにしても、あっ……っ、つつぅ〜ん」
「今、言いかけたな」
「言ってない。セーフ」
「怪しいが……まあ許してやろう」
「やった。はあ、暑っ……ぁ」
「ははっ それはダメ」

 口から勝手に出てしまう『暑い』がどうしても止められず、駅へ着くまでに僕は五回も言っていた。なんだよもう。一方の小笠原はというと一度も言うことはなく、わざわざ『暑い。はい、一回ね』なんてカウントしてくれた。優しい。

 というわけで最終的な軍資金は六百円となった。ほぼ僕の出資だけどな。この金額なら安いの選べばコンビニアイス四つは買えるはずだ。とはいっても一度に二個も食べられないから、今日は一個にしとこう。また明日でも明後日でも別日でいいや。

 駅前にあるコンビニは夕方ということもあって、人の出入りが頻繁だ。ささっと買わないと邪魔になる。僕たちは店内に入り、冷凍ケースの前でどれにしようか選び始めた。
 確か新しい商品が発売しているはずなんだ。コンビニ限定のやつ。売り切れているかもしれないけど、あったらそれにしようかな。緑っぽいパッケージを思い浮かべて、僕はうきうきケースの中を探した。

「あ、あった。これにする。小笠原は?」
「喉乾いてるから飲み物にしとくわ」
「それでいいの?」
「ああ。取ってくるから先にレジ並んでて」
「わかった」

 言われたとおり、商品棚をぐるっと回ってセルフレジ列に並んだ。前から三番目。すぐ順番がきてしまいそう。
 でも待っていたら順番が進む前に小笠原がペットボトルを持って来て、僕の手からアイスをひょいっと抜き取った。

「へ?」
「今日は俺の奢り。次は万里が奢って」
「でも僕のほうが何回も言ってるでしょ。金額合わなくない?」
「ま、そこは二人とも言ったってことでいいじゃん」
「えー……」

 遠慮というよりも納得がいかず、素直に頷けない。だってほら、負け、みたいなものなのに。それをなかったことにされるのは、やっぱり違う気がしたんだ。ちゃんと清算したいというか正々堂々というか、何度も言った僕が奢ってもらうわけにはいかないじゃん。

「俺が万里に奢りたいだけ。うまいって言ってくれたらいいよ。あ、もちろん俺が奢ってもらうときは好きなの選ぶから。高くなるかも?」

 そんなふうに言われたら頑なに拒めない。僕が受け取りやすいようにそう言ってるって、わかるじゃん。

「うーん、わかった。じゃあ甘える」
「はい、甘えてください」

 店の外で待っててと言うから、僕は先にコンビニから出た。人通りの邪魔にはならない壁沿いに寄り、小笠原が出てくるのを待つ。待ったとはいってもすぐに出てきたから、ほんの一分くらいだ。

「はい、どうぞ」
「ありがと。いだだきます」

 奢ってもらったアイスを受け取った。外装の水滴で手が濡れてしまい数回振って払う。買ってもらったのにまたごねごね言うことではないし、次に奢る約束をしているから素直に食べることにする。
 パッケージを開けると、新作のシャインマスカットの香りがした。うん、爽やかでうまそう。

「はい」
「ん?」
「一口。食べてみてよ。たぶんうまいから」
「先にいいのか?」
「うん」

 小笠原に差し出して勧めた。新作だから食べたことはなくても、これは万人が美味しいって言うと思う。基本シャインマスカット味は何でもうまい。菓子でもジュースでも。持論だけど。だからきっとこれもうまいに違いない、というわけだ。
 アイスの先は遠慮した様子もなく、けれど大きな一口というわけでもない量が欠けた。

「ん、うまい。さっぱりだな、食べやすい味だわ」
「だよね」

 僕も続いてアイスに噛みついた。舌の先に冷たいものが触れると、それだけでこの暑さが和らいだ。ような気がする。その効果はほんの一瞬だったけど、それでもその時間は幸せだった。
 何しろこの気温だから溶けるまでは時間の問題だ。僕は溶かしてなるものかと、続けてあむあむアイスを頬張った。シャクっと噛んで半分氷みたいなシャリシャリした歯ざわりを味わう。

「垂れてきたな」
「ホント、早すぎるっ」

 もう溶け始めている。アイスの表面を伝い垂れてくるから、溶けるのが先か食べ終わるが先か、みたいな勝負かもしれない。負けないけどな。
 舐めては噛んで、噛んでは舐めて、どうにか最後の一口まで平らげた。ただ自分の食べるペースじゃないから口の中がキンキンに冷えている。

「うっ……ん〜、キた。冷たいの、頭にキた〜」

 突如襲ってきたキーンという頭の痛み。冷たいものを食べたとき、大概なるやつだ。たまにへっちゃらで食べている人がいるけれど、アレってどういうことなわけ? 毎回キンキンになる僕は、不快なこいつをどうにかやり過ごそうと目を閉じた。
 けれど、こうなってしまえばもうどうにもならなくて、アイスを持っていないほうの手でコメカミを押さえる。ぐにぐに揉みほぐしたりぐいぐい押して改善を試みるが、あまり遠退(とおの)いてはくれない。
 風邪をひいたときの頭痛とは違うツキツキとした痛みは、なかなかに辛い。慌てて食べすぎたかな。
 そんなことをしていると、小笠原が僕を見兼ねてなんか言い出した。

「ほら、確かこれで直るんだか和らぐんだったと思う。手退かしてみ?」

 何やらいい案があるらしい。えっ、そんなの僕知らない。なんだ、このキンキン状態を解決できるならもっと世の中に周知しようよ。きっとみんな知りたいはすだもん。このキーンってやつ、なくなればいいのにってずっと思ってた。
 治まるなら従うまでだ。そろりそろり目を開け、コメカミから手を離す。

「わっ!」

 そうしたら、小笠原は自分が飲んでいた冷え冷えの凍ったペットボトルを僕の額にピトリと充てた。驚いて反射的に体を引いてしまい、見上げたそこで僕の反応をおかしそうに見ている小笠原と目が合った。

「額に冷たいものを充てると、脳が勘違い……だったか、誤魔化せるだったか。それで治まる、って原理らしいぞ」
「そうなの?」
「俺は冷たいもの食べたって痛くならないから。やったことはない」

『ほら』って促されて再び冷え冷えのペットボトルが額にくっついた。
 どうやら実際試したことがあるわけではなく何かで知った情報らしい。小笠原は冷たいものを口にしても頭が痛くならないってことだからそうなんだろうな。テレビか動画で『ホントだ! 痛くない!』という反応を見たとのこと。確かではない曖昧な情報を僕で試そうなんて、いい度胸。
 くっつけていたのは時間にしたら五秒か一〇秒くらい。単に食べ終えてからの時間経過で痛みが治まっているのかよくわからないが──

「……んー? あれ、意外に効果あるのかも。あんまり痛くなくなってるかな」
「ならよかった。でも濡れたな」
「わ……っ」

 僕の額からペットボトルを離すと結露の雫がついていたらしい。それを気にして小笠原が手でぐいっと拭ったのだ。別に濡れてたって構わないのに。
 乱雑で適当。もしかしたら弟か妹がいるんだろうか。相変わらず子供の世話を焼いているような仕草だった。

 目を細めた小笠原は、優しく笑っていた。拭けて満足ってところだろうか。

「よし」
「……よしじゃなくてぇ」

 なんだか無性に照れくさい。されたことだとか遠慮なくそういうことをしてくるところとか。
 それから、触れてきた手の温度だとかさ。

 顔が暑いのは、やっぱり夏だからしかたないだろ。