運動が得意というわけではないがこれといって苦手なことが浮かぶわけでもなく、体育の時間はそれなりに体を動かせる方だと思う。幸い運動に限らず、そこそこなんでも器用にこなせる質だった。
ただそこまで高くはない身長のせいで、パワープレイや高さがカギとなる球技はどうしても戦力にはなれない。いやだって、そもそも手が届かないのだ。体力だって違う。弱点をカバーできるほどの身体能力まではさすがに持ち得ていなかった。
例えばバレーボールのレシーブはできてもアタックが決まらない。同じようにバスケは素人のドリブルとパス程度のことしかできず、目の前に立ちはだかれたらおしまいだ。平均以下の身長ではディフェンスの壁を越えられるはずもなく、あっさりボールは奪われる。
そんな僕ができることといえば、足元を狙ってチームメイトへボールを託すくらいだろうか。
今日の体育は五人の即席バスケチームを作り、体育館の二面を使ってミニ試合をすることになっていた。苦手ではないけれど、それほど活躍することはない競技のひとつだ。
とりあえず走ってパスして、先生には頑張ってますアピールをすることにしよう。授業だからやる気を見せることが大事である。
「大和田、組もうぜ」
「おう、いいよ。やろ」
近くにいたクラスメイトに声をかけられ、なんとなくその場の雰囲気で五人ずつに分かれていく。一応バスケ部員が偏っていないかメンバーを調整してから、それぞれのチームに先生が番号を割り振った。
「それじゃあ、ここから1.2.3……」
ちなみに僕は近くにいた小笠原と同じチームで、振られた数字は『6』。メンバーには高身長が二人と平均的な身長が三人、そして僕。高身長のうちの一人がバスケ部員だった。
小笠原も背が高いし器用だし、これはもしかしたらもしかすると優勝いけるんじゃないだろうか。明らかに僕一人だけパワーも高さも足りていないような気がする。すまん。せめて足を引っ張らないように努めよう。
「試合時間は九分間。審判と得点係は見学しているチームが自主的に引き受けてくれ。それから──」
割り振られた数字順にトーナメント方式で試合が行われる。第一試合は1と2、もうひとつのコートでは3と4が試合となる。優勝チームには体育の技能項目の評価に反映されるとかされないとかメモが入るだか。そんな感じらしい。だから授業といえどもみんな手抜きはしないし、勝ちを狙ってくる。
「いいかー? 始めるぞ」
のほんとした先生の声に続いて鳴り響いたピィーッという合図で、両コートの試合が始まった。あとはそれぞれのコートにいる審判に任せ、全部ひっくるめて九分間だ。ファウルがあっても時計が止まることはない。そのあたりは授業なのでシビアに計らないのだ。
「おー、いけいけっ!!」
「狙えっ!」
時間が進んでいくと遠慮がちだった動きにも変化が表れる。点が入れば取り返そうとするし、パスの動きも速くなっていった。短い時間の中でも仲間意識のようなものが生まれ、やはり勝ちたいと思えてくるから不思議だ。
見学をしている僕たちは、誰を応援しているとかどのチームに勝ってほしいとかあるわけでもなく、とにかく頑張れーという声をかける。負けているチームに喝を入れるし、シュートの瞬間は入れと祈った。
「よしっ!! 逆転したっ」
シュートが決まれば歓声も大きくなるというものだ。
ここは何か大会を開催しているのかなってくらい応援には熱が入っていって、体育館の中は賑やかだ。どうやら教科の評価に関係なくこのクラスは熱くなるタイプが多いのかもしれない。
声援を送ったチームが勝てばやはり気分がいい。僕も仲の良いクラスメイトに向けて、つい声が大きくなっていた。
「いけっ! そこっ……あー、おしい〜」
「山本、うまいな」
「中学でサッカーやってたらしいよ。たぶんスポーツ全般得意なんだと思う。運動神経いいし」
「なるほどな」
僕と小笠原の試合はこの後だ。壁に背を預けて座り、1と2の試合を見ていた。
「小笠原は? 運動してた?」
「俺? バスケは中一で足痛めて辞めたからやったうちには入らないだろうけど、それくらいだな」
「そっか、器用だし体が覚えてるんじゃない?」
「どうだろう。部活となったら通用しないだろうが、体育くらいはシュートいけるかもな」
「ホント? 見たいっ あのさ、リングに触れないでシュートするやつ。あれ気持ちいいよね」
「ああ、スイッシュか」
思わぬところから言質が取れてしまった。小笠原はこの長身だ。きっとシュートを決めたらかっこいいに違いない。特にそのスイッシュというやつはシュートの正確さがすごいと思うのだ。テレビで見ていても感情が高まる。
運動神経がよさそうなのに小笠原は部活に入っていなかった。特に理由を聞いたこともなく、単に興味がないだけだと思っていたけれど、怪我が理由なら仕方ない。
何しろバスケは走るし動くし、飛び跳ねる。足ともなればプレイへの影響は大きいだろうし、おそらく他の運動部に入るという考えもなさそうだ。
もし高校でもバスケを続けていたら、きっと活躍していたと思う。体格はもちろんのこと、判断力やセンスだってあるに違いない。
でも怪我が原因で続けることを断念したのなら、あまりバスケの話には触れないほうがいいかと思って、僕はシュートを決めてくれるという話のほうに食いついた。だって見たいじゃん。リングに触れないでシュパッと決まるシュートは見ていて気持ちがいい。それをしてくれるなんて気分が上がる。
それなのに──
「じゃあ万里のために決める」
「っ……ぅん、シュート、よろしく」
あ、あ、あ。
ちょっとそういうのズルい。めちゃくちゃ自信の溢れた顔で、かっこいいこと言うから、ぐっときてしまった。
シュートするって言っているだけで、それはチームが勝つために必要な得点だ。もちろん見たいと言ったのは僕だけど、交わした約束を叶えるみたいに僕のためって言葉を添えられたら。あまりにも、あまりにもさあ。
「行こうか」
試合の順番がきて、先に立ち上がった小笠原は僕に手を差し出してきた。これは掴めってことだよな。そう理解して僕は遠慮なく手を借りることにする。
右手でその大きな手を掴んだら力強く握り返され、そして引き上げられた。一瞬だけ体がふわりと浮く。勢い余って小笠原にぶつかりそうになりながら、トトンと足を鳴らした。
単なる親切のひとつでしかないのに、けれどでも繋いだ手が妙にくすぐったい。
勝とうな、と言った小笠原は勝つこと以外考えていないようで、とても眩しく見えた。