とりあえずカノンのページを開けたままにされてあるのでそれを弾いてみようと楽譜に目を凝らしてみる。しかしペンを持ってきているわけでもないので楽譜に書き込めない。もとよりこれは奏翔のだろうし、まずそういことをしてはいけないだろう。
 じゃあどうやって弾こうか、と思いながらもテキトーに指を動かしてみる。
「こうだよ、こう」
「え!?」 
 戸惑っていると後から手が伸びてきて両手に重ねられる。びっくりして上を向くと奏翔の顔があり、私の手は奏翔の手により操られるように動いていく。その距離があまりにも近い気がして心臓が早鐘を打った。
「ちょっ、ちょっと……」
 恥ずかしいからやめてよーと逃げたいところだが、いとも簡単に手を押さえられているので逃げようがない。男の人って年下でもこんなに力が強いのかと実感させられる。
「大丈夫、俺が教えるのは初心者でも弾けるやつだから」
 私の返事を待つことなく奏翔は私の指1本1本を押さえたままうねうねと動かしていく。
 思いも寄らない現実に頭が追いついていかない。
 なのに勝手に私の指は動かされていく。ゆっくりではあるが、ぎこちないメロディーが音楽室に響き渡った。
「な、弾けただろ?」 
 1回サビを弾き終わると手をゆっくり離ししながら奏翔は問いかけてきた。急に爆弾を投げてくるような行動をされ、理性が一向に追いつこうとしない。 
「あ……うん」
 弾けたじゃなくて弾かされたんだけどと思いながら、辛うじて頷く。
「じゃあ、感覚を忘れないうちに1人で弾いてみて」
 すると優しい口調で指示してきて、その言葉に少し安心したものの緊張は解けず、おぼつかない指で鍵盤を押していく。