「せっかく声が聞こえたからってのもあるけどな。さぁ、やるぞ」
 付け足すように奏翔は言うと、椅子の左側を優しくたたいて座るように促す。それにこくりと頷いて従った。しばらくふたりで練習をしていると、唐突にパチっと音共に部屋が暗転する。いきなりのことに私は体が強張り、奏翔の学ランの裾に掴まった。停電だろうか。しかし、外で雷が鳴っているわけでもない。
「あ、悪い。いつもの癖で」 
 ブレーカーが落ちたのかなと思っていると、電気はすぐにつき、後から泉平くんの声がした。
「ノックしても声をかけても俺が気づけなかったからさ、ある日わざと意地悪で消されたんだ。でも逆にその方が気づきやすくて、続けてもらうように俺がお願いしたんだよ」
 怖がる私を安心させるように柔らかく微笑みながら奏翔は説明してくれた。確かにびっくりするけれど気づきやすいアクションだ。
「ということで夕食できてるから降りてこいよ」
 泉平くんは話に区切りをつけるように言い、階段を降りていった。その後を追随するように私と奏翔も降りていく。すると、香ばしい匂いが鼻をかすめた。
「作りすぎちゃったわ。どうしようかしら」
「沙湊さん、息子が初めて人を連れてきたってだけで張り切りすぎよ」
「そういう和樂さんだって初めて萌響ちゃん来た時張り切りすぎてたじゃない」
 居間に入ると、沙湊さんと和樂さんがキッチンでくだらない言い合いをしていた。そのすぐ横で、泉平くんはまた騒がしくしてる、と呆れながらも出来上がった料理をちゃぶ台に運んでいる。ピーマン、ニンジン、タマネギ、そして豚肉を炒めた香ばしい酢豚に、卵とネギがたっぷり入ったチャーハンがメインだ。
 さらに、卵スープやチンゲンサイとほうれん草のシンプルな炒め物、肉と豆腐のピリ辛麻婆豆腐、キツネ色にカリッと揚がった春巻きが添えられている。その量はちゃぶ台に載りきらず、周囲に小皿が散らばっているほどだ。あまりの多さと彩りの豊かさに息をのむ。