「ただいま」
 木枠のドアを引きながら奏翔は言った。その後に隠れるようにして中に入る。人の家というのは久しぶりすぎて敷居をまたぐのも憚られるのだ。
「おかえり。あら、カノジョさん?なわけないよね」
 階段を降りてきたばかりの40代くらいの女性が心底驚いたような顔をして言った。顔のつくりはパーマでもかけたようにセミロングの赤茶髪に濃い琥珀色の丸い瞳、そしてすっと通った鼻筋。身長までも奏翔と同じくらいだし風貌がよく似ている。
「カノジョだよ。あれ、言ってなかったっけ母さん?」
「聞いてないわよ。そもそもあんたが家に人を連れてくるなんて初めてじゃない!」
 奏翔がとぼけると、母さんと呼ばれた女性は慌てて奏翔を叱りつけた。額にはシワが寄っていて眉も切れ長なので一層鬼のようにも見える。どうやら奏翔は私と同じぐらい人脈が狭いらしい。
「まぁまぁ、この前も朝早くから何も言わずに出ていったじゃない。きっとデートだったのよ」
 そこへ居間の方から顔を出した50代ぐらいのおばさんがなだめるように言った。こちらは焦げ茶色のポニーテールの髪に直線のようにまっすぐな細眉で濃い琥珀色に澄んだ目をしている。泉平くんととてもよく似ている。
「そうなの?あんた」
 奏翔の母さんは半信半疑らしく問いつめてくる。
「ああ、そうだよ」
 当然だと言いたげに奏翔は返事した。この状況に戸惑いながらも挨拶ぐらいはした方がよいかと思い、意を決して口を開く。
「お、お邪魔……します。た、高吹楓音……です」
 その割に出した声はしどろもどろに途切れていてた。まるで人見知りな人だなと自分のことなのに他人事のように考える。
「隠れてないで堂々としろ」
 そこへ階段の上の方から泉平くんの張りのある咎めるような声がした。いつの間に三羽先輩を送って帰ってきていたらしい。私は緊張した場面に怖さが混じり、奏翔の背中へ必死に隠れる。奏翔の母さんも鬼のようだから尚更だ。