「楓音、慌てすぎ。口読めねぇじゃん。それはそうと、防音イヤーマフはどこいった?俺の声がうるさかったりしないのか?」
 そんな私に奏翔は唐突に声を潜めて首をかしげながら問いかけてきた。
 おかげではっと我に返り、辺りを見渡す。防音イヤーマフは草原に死んだように転がっていて、ほっと安心した。風で飛ばされたりたまたま通りかかった人に奪われたりしなくてよかった、と。これは自分の命と同じぐらい大切なもの。
 でもそれをいつの間にか存在すら忘れていた。
 奏翔がすがるように抱きついてきた反動で外れ、耳元へ直に聞こえる声に苦痛を感じたが、今ではそれすら気にもなっていない。
 もしや聴覚過敏の症状が治まりを見せた?
 いや、そんなまさかと思いながらも防音イヤーマフを拾い、頭にかける。その途端、耳全体がふんわりと包まれるような感覚になり、安堵を覚えた。程よく均等に広がる圧力も心地よい。まるで魔法のようだ。
 それから楽譜立てに置いてあったスマホを手に取り文字を打って見せる。
【隣にいるのも隣で弾くのもいいよ。でも、泊まれって何?】
「あー、そうしないと間に合わないだろ。別に手は出したりしねぇから。ほら、いくぞ」
 奏翔は当然のようにいい、私の手を引いてくる。そのまま手を繋いで丘を後にした。