「バカだな、楓音。俺、楓音のストーカーなんだぞ。耳も聞こえないし、お前の弟になるはずだった十唱を殺した父親の息子なんだ。本当に殺されるべきだったのは、俺だったんだ。お前も俺の自殺を止めるつもりか?それに、楓音の声が聴こえなくなることが怖くて……怖くて依存してた、弱虫なんだよ。そんな最低な俺を好きになるなんて、お前は本当にバカだ」
 むっとして私はスマホを楽譜立てに置き、逃げようとする奏翔を両手でぎゅっと引き止める。
「それがどうしたの?奏翔は奏翔なんでしょ?それに、私だって最低な人間だよ。あと、奏翔が私のことをめちゃくちゃ好きなの、知ってるから。キャラ弁で私を描いてきたりもしたじゃない。絶対そうだよね?さっきも好きだって言ったばかりじゃん。もし逃げたら、今度は私が地獄の果てまでも追いかけるから」
「……なんだよ、それ。俺への仕返しかよ」 
 私の真剣な訴えに今度は口が読めたのか、奏翔は振っていた腕を止め、諦めかけたようにケラケラと笑った。
「そうよ、仕返し。してもいいでしょ、それぐらい。なんなら、明日も私隣でピアノ弾く」
 ピアノに触れることすらつらい。
 いつもは楽しいはずなのに全然楽しくない。
 まともに弾けそうにないから隣で弾いててほしい。
 そう、奏翔は私に訴えかけてきた。だから明日も彼はピアノに触れることがつらいはず。まともに弾けないはず。
「何言ってるんだよ。楓音が弾いたことのない曲なんて、何曲もあるんだから。楽采が作った曲や、前のコンクールで弾いた曲、それにクラシックや流行りの曲だって弾かなきゃいけないんだ。未弦先輩たちとも音を合わせる必要があるし、そんなのムリに決まってるだろ。バカか」
 私の突拍子もない発言に奏翔はまたケラケラと笑う。それはどこか呆れているように見えた。