奏翔が私についた嘘、隠し通したこと。
 私からは雛鳥のようにそばから離れようとはしなかったこと。
 たとえ一度見失っても最低なことをされても見放すことはなかったこと。
 遊具の中で泣き暮れていた、私を見つけ出してくれたこと。
 私の背中を強く押してくれた言葉。
 まっすぐで揺らぐことのなかった眼差し。
 私の背中を優しくたたいてそのままきつく抱いてきたこと。
 儚いものに触れるようにそっとキスをしてきたこと。
 優しく握ってくれた手。
 真っ暗闇の世界の中に突如として一筋の希望の光が射し込んだ。
 私にとっても、彼にとっても、それは同じことだった。
「好きだ……高くて澄んだかわいい声も……たれ気味な目も。心の底から笑う顔も」
 しばらくして奏翔は私の体から離れながら無理に笑みを浮かべながら真剣に告白してきた。その言葉にぎゅっと胸が締め付けられる。しかし、彼はすぐにつらそうに顔を歪め、俯き嗚咽混じりに口を開いた。
「でも……助けない方がよかったんだ。近づかない方がよかった。助けてしまえば、こうなることはわかってたのに……それに、俺の耳がちゃんと聞こえていれば、俺がいなければ、楓音は隠蔽のためにあんな条件を課せられたり、耳を壊すこともなかったんだ。こんなこと、今まで以上に楓音に迷惑をかけるだけだ……だから、隣にいるべきじゃないんだよ」  
「そんなこと……言わないで……」
 奏翔の今にも消えそうなかすれた声に思わず彼の手を両手で包み込む。しかし、奏翔は泣き止んでくれない。私の声が聴こえないからだ。
 私が何を言おうと、その声は彼の耳に届かない。奏翔が俯いている顔を上げて私の口を読んだり、私から彼のスマホにメッセージを送ったりしない限り、言葉としてはちゃんと伝わらない。その直に耳を通して言葉の強弱を感じることができないのだ。