生き地獄のようだった日常が一変した瞬間だった。 
 これは本当に娯楽なのだろうか?
 そう、何度も自問したことがあった。
 けれど、弾き終わった瞬間、みんなが笑顔で拍手を送ってくれた。その瞬間、世界が一気に広がったような気がした。狭い世界の片隅に追いやられていたはずの俺が、いつの間にか広い世界の中心に立っていたのだ。
 その途方もない爽快感が、俺にとって生きがいとなった。
 その影響で、学校では先生の勧めで音楽発表会の伴奏者を任されるようになった。
 発表会では、みんなが拍手をして喜んでくれた。こんな俺でも、何かできることがあるんだ。誰かを笑顔にできるんだ、そう思えて目頭が熱くなり本当に嬉しかった。
 でも、それを面白く思わない人もいた。オヤジもその一人で、俺をパシリに使ったり、暴力を振るったりした。
 止めようとしてくれる人もいたけれど、結局、少しでも目立とうとした自分が悪いんだと思った。だから、自ら進んで人質役を買って出て、もうどうなってもいいや、と自暴自棄になっていった。
 でもつらい気持ちはあって、死ねばいいんだってまた思い詰めて、今度は屋上から飛び降りようとしてまた運悪く学校に来ていた母さんに助けられた。
 母さんは相変わらず逃さないんだからとギロリと睨みつけてきて、世界はまた刑務所化した。
 あと何回、こういう羽目に合わなければいけないんだ。
 あと何回、死にたい消えたいって泣き暮れたらいいのかな。
 そんな絶望感に支配されて、感情さえ消えてしまえばどれだけ楽になれるだろう。誰かひとりの声を聞くだけで、少しは心が軽くなるかもしれないのに。