が、泉平くんは詳しいことを伝えようとしてくれない。三羽先輩が代弁しようとするも、それも強く遮られた。
 もしかすると、弟だからではなく三羽先輩も知っているのかもしれない。いや、それだけではない。
『正直譜久原くんだからこそ楓音のパンドラの箱を開けられたんだと思う。弓彩も譜久原くんのこと叩いてたけど、家についた時には落ち着いて納得してたよ。グダグダとうちに文句言ってこなかったし、あんまり怒ってなかった』
 ふと未弦の意味深な発言が頭をよぎる。あの発言はまるで未弦も弓彩も知っているとでも言ってるようだった。むしろ、私だけが知らないんだ。この壁がある意味を。
「母さんは仕事の人間関係がうまくいかないみたいで、よく僕に暴力を振るってきた。アザもたくさんできたし……そのせいで、いつの間にか忘れてしまったんだよ。どうやったら笑えるのか、感情すらも……どっかに消えてしまったんだ」
 私の思考をぱっと終わらせるように泉平くんは唐突に過去を語ってきた。音符を書いていた手を止め、嗚咽混じりに言葉を吐き出す。
「でも……それを思い出させてくれたのが、あいつなんだ。交番に駆け込んで、おまわりさんを連れてきてくれた。母さんを捕まえてくれて、それで父さんが二股をかけていたことが明らかになった。兄貴は、俺に一緒に暮らそうって誘ってくれた。そういう優しいやつほど、つらくて寂しい世界にいることがあるんだ。お前は、そんなあいつの隣にいられるかって聞いてんだよ……」
 泉平くんは涙ながらに机に突っ伏した。それは鉛のように重たく真剣な言葉で奏翔のことがただ優しい人ではない気が無性にした。
 覚悟を決めるようにつばをごくりとのみ、意を決して口を開く。