その誘いに私は面食らった。ハードスケジュールだから猫の手も借りたくなるのはわかるが、私は楽譜の作り方すらも知らないド素人だ。せめて三羽先輩や未弦に頼む方がいい気がする。私よりかは音楽の知識に詳しいし、間違いなく役に立つだろう。
「そんなのムリです」
「じゃあ、そこで指でもくわえてろ。その代わり、今回の定期演奏会は中止になるけどな。兄貴が出演しない舞台なんて、僕は立ちたくないんだ」
 泉平くんはそう言って、五線譜に音符を書き始めた。その偉そうな発言が、どうにも癪に障る。真顔なのに、少しも偉そうな口調ではなく、むしろ棒読みなのに、それが余計に気に食わない。まるで、何もかも当然のように話す彼の態度に、少し苛立ちを覚える。
「あたしだって立ちたくないわよ。譜久原くんのピアノが好きだから。でも中止はいや。あたし3年だから夏には引退なのよ。なんならあたしが一緒に作るわ。それか未弦さん――」
「お前らじゃ意味ねぇだろ」
 三羽先輩が私の言いたかったことを代弁してくれるが、さらりと遮られまるで効果がないようだ。
「楓音さん、知りたいんだろ?兄貴に拒絶された理由」
 音符を書きながらも二村くんは問いかけてきた。その答えは言うまでもない。このまま黙って指をくわえてるのはいやだ。トーク画面とずっとにらめっこするのも終わりにしたい。
「……知りたい」
「その気持ち、生半可ならやめとけよ」
 が、二村くんは釘を刺してきた。あたかも私と奏翔の間に今ある壁の厚さや高さを知っているかのごとく。彼は奏翔の弟だから壁がある意味すら知っていてもおかしくない。
「どういうこと?」
 私は思い切って聞いてみる。
「腹をくくれってことだよ」
「そこはちゃんと言いなさいよ。譜久原くんは――」
「萌響は黙ってろ!」