「やめとけよ。あいつ、人殺しの息子だから」
 本を開けながら彼は言った。また音楽関係の本である。それより人殺しの息子という言葉に反射的に反応し「へ?」と声が上擦る。あんなに優しい人柄の奏翔の親が人殺しだとは想像もしにくい話だ。
「4年前に起きたあの事故。飲酒運転で妊婦を轢いて、お腹の子を奪ったあの事件。その犯人、佐竹暁則は奏翔の父さんだ。名字が違うのは、母さんの旧姓を使っているからさ。だからこそ、世間には知られずに生きていける。だけど、奏翔自身は逃げられないんだ。父親の罪からも、楓音さんとの繋がりからも。あいつが楓音さんに近づいたのも、結局は父親の償いみたいなものだよ」
 ページをめくりながら、泉平くんは口を開いた。親友だからこそ知っている情報なのだろうが、さすがに突拍子もない話だ。そもそも、佐竹暁則に息子がいたなんて初耳だし、それが本当かどうかも怪しい。罪滅ぼしだなんて言っていたけど、私の家族に起こったことは世間には知られていないはずだし、母さんの名前も報道では非公開だったのだ。佐竹暁則に関係する人でなければ特定は無理な話である。
「それは楽采もでしょ?」
 そこへ割り込んでくるようなはっきりとした声。それと共に引き戸が勢いよく開かれ、そこから切れ長の女子生徒がずけずけと入ってきた。三羽先輩だ。初対面の時と同様、目立つというかうるさい登場の仕方なので反射的に防音イヤーマフを押さえる。
「萌響、うるさい。それは秘密だろ?やめろー。言うな言うなー」
 いきなりの登場に泉平くんは動揺し、焦って突然人が変わり小さな子どもへ戻ったように三羽先輩の口を塞ぎにいった。
「だってあたし、隠しごととか嘘とか嫌いだもん」
 しかしそれは、はいはいとクスクス笑いながらいとも簡単にかわされ、彼女はそのまま遠慮なく私の隣の席に座ってくる。相変わらずこのバカップルはじゃれるのが主流らしい。
 そのことにため息を漏らしながらも防音イヤーマフを押さえていた手を降ろす。いずれ一緒に演奏する人と言われても気が進まない。絶対に釣り合わなさそうなパターンだ。やはり、部員ガチャとしては完全なはずれである。