「どこがだよ」
 私のつぶやきに、奏翔は不満そうにぼやいている。きっと、名前を一度も呼ばないことに不服を感じているのだろう。それでも、これがどう見ても愛されている証拠だと思う。
「無理しなくていいからな。残った分は明日の朝食にするから。あ、このちゃぶ台4人用だけどいける?」
 泉平くんが座布団の上に座りながら言った。それに、奏翔は平然と「俺が詰めればいい話だろ」と答える。なんだか気を遣わせているようで、申し訳ない気持ちになる。
「ごめんね」
 ペコリと頭を下げながら奏翔の隣に座ると、「いや、そこはありがとうだろ」と泉平くんがツッコミを入れてきた。確かに、言われてみればその通りだ。
「あ、ありがとう」 
「そう言われるほど大したことしてねぇから」
 しどろもどろに言い直すと、奏翔は恥ずかしそうにそっぽを向いた。その様子がまた可愛らしくて、思わず微笑んでしまう。
「さあさあ、食べましょう」
「ええ、そうね」
 沙湊さんと和樂さんも座布団に座り、みんなで「いただきます」と手を合わせた。
「……おいしい」
 ひと口食べた瞬間、思わず言葉がこぼれた。まるで祖母と過ごしていた頃の生活に戻ったような錯覚を覚え、涙がこぼれそうになった。この3年間、父さんの手抜き料理と、自分で作った簡単な料理しか食べてこなかった私には、こんな温かい食事がとてもありがたく感じられた。目頭が熱くなっていると、ふと奏翔が気づき、慌ててティッシュを箱ごと持ってきてくれる。
「ありがとう……」
 私はティッシュを受け取り、涙を拭きながら食事を続けた。普段は一人で静かに食事をすることが多く、たまに父さんとふたりで食べることがあっても、こうして賑やかな食卓で会話が飛び交うことはなかった。今日は、その違和感が薄れて、心地よさを感じていた。
 その夜、奏翔が「俺が下で寝る」と譲らず、私は彼の言葉に甘えて、奏翔のベッドで眠りについた。心のどこかで少しだけ遠慮している気持ちもあったけれど、ふんわりとした布団に包まれると、すぐに安心感に満たされて、目を閉じた。