「誰がやったの・・・」



息を切らしながらそう呟いた女の前には、静かに横たわる幼子が一人。

一歳くらいになるだろうか。

ただ静かに寝ている、それならよかったのだがその眠りは永遠に続くようだ。

あぁかわいそうに。



「私がやったの・・・?」



他に誰がいるというのだろうか。その青ざめた表情から察するに、どうやら幼児の首を締めあげている間は無意識だったらしい。適した言語かわからないが、何かに没頭できることは素晴らしいことだ。



気持ちはわかる。四六時中狭いアパートの一室でギャンギャン金切り声で泣かれ続けては、耐えられるほうが奇跡に近い。女手一つで、休む間もなく。よく一年近く我慢したものだ。だが子供を育て上げるには、女は若すぎたようだ。一夜の興奮とともに生命を腹に宿し、私ならできるという言葉とともにその子を産んだ。絶対に無理だ育てられないなんて言葉はこの世に存在しないかのように。聞き入れなかった。何もかも。

最初から最後まで、若気の至りってやつだ。



「違うわ。殺したのは私じゃない。この子自身よ。この子が泣きわめくのが悪いじゃない。この子が死んだ原因はこの子自身にあるのよ!」



現実逃避だ。こういう責任を背負いきれない若さゆえの弱さが、彼女を殺人鬼に仕立て上げた。



「あはっ あはは あははははははは」



楽しそうで何より。



「ようやく しずかに ねれるのね」



女はふらふらと立ち上がり、薄い布団のほうへと向かった。

幸せという概念が居住したことがないこの一室に、久方ぶりの静寂が訪れた。



時は来た。この時を待っていた。

自分の人生において邪魔で仕方がなかったこの女の存在を消すことに今は何のためらいもない。この女は、もうただの人殺しだ。




すべてを終わらせられるという幸福感に包まれ、小さな微笑みを浮かべたその男は、部屋の様子を伺える小さな窓のもとを離れ、事前に作っておいた合鍵でその部屋の扉を開ける。

カチャリという小さな物音に、女が目を覚ます。

ギシリギシリと女のいる部屋に近づく足音。

そして、女の前に姿を現した男はこう言った。



「ただいまぁ」



女の心にざわめきが取り戻される。幼子のわめく声よりも一層騒がしく。



「だから言っただろ?堕ろせって笑」

「ふざけないで!あんたが逃げたせいでこうなったんじゃない!」

「逃げたのはどっちだ?まぁ落ち着けよ。やっぱりお前を見ると高ぶってくるものがあってさぁ。ほら、旦那をスッキリさせるのも花嫁の仕事のひとつだろ?」

「結婚する前にいなくなったくせに何よ!やめて来ないで!」



男に抑えつけられ、欲をぶつけられる女。抵抗する力など、もう残っていない。



女は泣き叫び続ける。

天まで届くような金切り声で。



女は泣き叫び続ける。

魂と肉体が切り離される、その時まで。