* * *

 ルナは1人帰り道を歩いた。

 アパートの前まで来ると、ヨルがそわそわと外で待っているのが見えた。

「ヨル……?」

「あ!ルナ兄!」

「どうしたの、こんな所で……」

「大変なんだ!父さんが来たんだ……!」

「え……!?」

──父さん……悪魔王が!?

「今家に居る……ルナ兄のこと待ってるんだ。急いで!」

「……うん、分かった」

 ルナはごくりとつばを飲んで頷いた。

──遂に来てしまった。このまま僕は殺されてしまうのか……?

 ルナの頭の中は恐怖でいっぱいだった。  

(……でも、今更後には退けない)

 ルナは覚悟を決めて、アパートの中に入った。

 震える手で部屋に繋がるドアのドアノブを握り、ゆっくりと回す。

 恐る恐る中を見ると、大きな人影が見えた。

「ルナか……?」

 黒く大きな角に、真っ赤な瞳、そして立派な翼を携えた大男。

 父……悪魔王だ。

「……お久しぶりです、父さん」

「そこに直れ。ヨルもだ」

「……はい」

 ルナとヨルは、父の目の前に正座した。

「まず、ルナ。お前の使命はなんだ?」

「……大天使の娘を殺すことです」

「そうだ。なぜ殺さない?」

「それは……」

「見ていたぞ。その天使と親しげに話すお前の姿を」

 父の言葉に、ルナは口を噤む。

「何とか言わんか!!」

 もう言い逃れは出来なかった。ルナは覚悟を決めて口を開いた。

「その天使……ハルのことが好きだからです……!」

 ルナが気持ちを打ち明けたその瞬間、悪魔王の顔が怒りで真っ赤になった。

「何を抜かすか!!お前!!」

 悪魔王はルナの胸ぐらを掴んだ。

「いいか?天使は敵だ!憎むべき害虫だ!それを……それをお前は好きだと?馬鹿言うな!!」

 悪魔王はものすごい剣幕で怒鳴る。

「天使は人間を甘やかして駄目にする……我々悪魔の敵なのだ!!」

「でも、人間を思う気持ちは、悪魔も天使も同じです!!」

 ルナは意を決して言い返した。

「ハルは難病の少年を救った……これは、悪魔にはできないことだ!」

「うるさい!」

 悪魔王はルナを投げ飛ばした。ルナの背中が、壁に思い切り打ち付けられる。

「うぐっ……」

 ルナは痛みのあまりうずくまった。

「今ここで、お前を殺してもいいのだぞ!!」

 悪魔王の怒鳴り声に、ルナは何も言えなかった。

 悪魔王は台所にあった包丁を手に取り、ルナに近付いてくる。 

 悪魔でも心臓を突き刺されたら命は無い。

(僕、ここで死ぬのかな……?)

 ルナは思わず目を瞑った。

 しかし、その時。

「待ってください、父さん!」

 ヨルがルナと悪魔王の間に立ち塞がった。

「これは俺の監視が行き届いてなかったことにも責任があります。罰ならオレも受けます!だからルナ兄を殺さないで!」

「ヨル……」

「ヨル、そこをどけ!!」

 悪魔王は大きな声で怒鳴った。しかし、ヨルは1歩も退かなかった。

「どきません!……オレは父さんに実の息子を殺して欲しくない!!」

「くっ……!」

 ヨルの言葉に、悪魔王は躊躇った。

「……オレ、分かりますよ。父さんにルナ兄は殺せない。だって、家族だから」

「……チッ」

 悪魔王は舌打ちして、包丁をもとあった場所に戻した。

「……命だけは勘弁してやる」

「父さん……」

「ただし、お前達は二度と魔界に帰ってくるな。魔界追放だ……」

 それだけ言うと、悪魔王は部屋を出て行ってしまった。

「ルナ兄、大丈夫?」

 ヨルはルナを抱き起こした。

「ヨル……ごめん。僕のせいでヨルまで……」

 ルナは痛みを堪えながら、ヨルに謝る。しかし、ヨルは首を横に振った。

「……いいんだ」

「でも……」

「ルナ兄を見てて思ったんだ。こんなに人を好きになれるなんて、素敵なことだって。誰かを好きになるのに、天使も悪魔も関係ないって……だからルナ兄、ルナ兄は自分の意思を貫いて」

 ヨルはにこっと笑った。

「ヨル……ありがとう」

 ルナはそう言うと、穏やかに微笑んだ。