* * *

 シチューを食べ終わった後、ルナは家に帰る前にハルの様子を見に彼女の部屋へ向かった。

「ハル……?」

 声を掛けたが、返事はない。ハルはベッドの中ですやすやと寝息を立てていた。

 ルナはハルの傍に座ると、口を開く。

「……ハル、僕は悪魔だ。君の命を奪うために、魔界から来たんだ」

 ハルの返事はない。

「君を殺さなきゃ、僕は殺されてしまう。僕は死にたくない」

 ルナは依然として眠ったままのハルに語りかけ続けた。

「……でも、同じくらい君を殺したくない。君が死んだ後の世界で、僕はきっと生きていけない」

 ルナはハルの頭を撫でた。髪の毛がサラサラと流れる。   

「だから……僕が死ぬまででいいから、僕と一緒に居てくれないかな」

「……さよならって言ったくせに」

 ハルは眠たげな目を開けて、ルナに微笑んだ。

「ハル……!」

「やっぱり、ルナはボクを殺さなかった」

 ハルはそう言って安心しきった表情を浮かべて、口を開いた。

「ルナ、あのね……ボク、天使なんだ」

「うん……」

「修行で、涼介の病気を治すために人間界に来た……ルナが殺そうとしてた、天使なんだ」

「うん……知ってる」

「でも、君のことが好きなんだ」

「うん……分かってる」

「一緒に出かけたい。一緒に話したい。一緒に笑い合いたい。ずっと……一緒にいたい」

 ハルの頬に涙が伝った。

「ルナが死ぬのも、ボクが死ぬのも嫌だよ……」

「……うん。そうだね」

 ルナはハルの涙を拭った。

(天使も悪魔も人間のために働いているのに、どうして憎み合わなきゃいけないんだろう)

 ルナは泣いているハルの頭を撫でた。

「ルナと一緒がいい……天界なんて、帰りたくないよ……」

「ハル……」

 熱い。熱が上がってきているようだった。今はとにかく休ませなくては。

 ルナはハルを安心させようと、努めて穏やかな笑顔を作った。

「……ハルが元気になったら、一緒に考えよう。どうしたら僕達が一緒に居られるか、2人で考えよう」

「……うん」

「だから、今はゆっくり休んで」

「……もうさよならなんて言わない?」

 ハルは不安げに尋ねる。それに対して、ルナは穏やかな笑顔で答えた。

「うん。さよならは、あれで最後」

 ルナはもう一度ハルの頭を優しく撫でた。

「ハルと一緒にいる。約束するよ」

「……うん」

 ハルはその言葉を聞いて安心したのか、ふにゃりと笑った。

 その後、ハルが眠ったのを確認したルナは、音を立てないよう静かに部屋を出て、玄関に向かった。

 リビングにいるハルの母に、帰ります、と声を掛けると、彼女は心配そうにルナに尋ねる。

「ルナ君、ハルの様子どうだった?」

「少し熱が上がってて……」

「そう……分かったわ。後は任せて、気をつけて帰ってね」

 そう言うと、ハルの母は優しい微笑みでルナを送り出す。

「はい。ありがとうございました」

 ルナは軽く会釈して、ハルの家を出た。

 外は相変わらず雪が降っている。

「遅くなっちゃったな……」

 家に置いてきてしまったヨルはどうしているだろうか。ルナは少し心配になりながら、ヨルの待つ家に急いだ。