* * *
白神家に着くと、母親と思しき人が出迎えてくれた。短い黒髪と黒い瞳の女性で、ハルとは全く似ていなかった。
「うちのハルが……ごめんなさいね」
「いえ……大丈夫です」
「申し訳ないんだけど、ベッドまで運んでくれるかしら?」
「分かりました」
ルナは、2階のベッドまでハルを運んだ。本当なら着替えさせるべきだが……自分がやるわけにはいかなかった。
「あの……後は任せます」
「ええ。ありがとね」
ハルの人間界の母はそう言って微笑んだ。
優しそうなお母さんだ。彼女がいるなら、もう大丈夫だろう。そう思い、ルナは部屋のドアノブに手を掛けた。
「じゃあ、僕はこれで……」
「ああ、待って。どうせならうちで夕食を食べて行きなさい」
ハルの母はそう言うと、ルナに向かってニコリと微笑む。彼女の言葉を聞いて、ルナは戸惑った。
(夕飯をご馳走になるなんて、さすがに迷惑じゃないか?僕はハルを殺すために人間界に来た悪魔なのに……)
ルナは、ハルの母の誘いを断ろうと口を開く。
「でも……さすがにそれは」
「いいから。ハルを助けてくれたお礼よ。リビングで待ってて」
彼女の有無を言わせない口調に断れず、ルナは言われた通りにリビングに向かった。
リビングの棚には、家族写真が並んでいる。その中に、幼いハルの姿もあった。
(ハルは、僕よりずっと前から人間界にいたのか……)
しばらく写真を見ていると、ハルの母がリビングにやってきた。
「おまたせ。さ、シチューを盛るから座って」
「あ、はい……」
ルナは言われた通りにテーブルの席に座る。
「そういえば、お名前聞いてなかったわね。あなた、名前は?」
シチューを盛り付けながら、ハルの母が尋ねた。
「……黒崎ルナです」
「あら、あなたがルナ君だったのね」
ハルの母は嬉しそうに微笑んだ。
「ハルと涼介から、よくあなたの話を聞いてるわ。優しくて、一緒に居て楽しいって」
「そうですか……」
「ええ。いつもありがとう」
ありがとう──。その言葉に、ルナは胸を締め付けられた。
「あの……ハル、寒い中ずっと僕のことを待ってたみたいで……」
ルナがそう伝えると、ハルの母は目を丸くした。
「あら、そうなの……」
「だから、すみませんでした……」
「ルナ君が謝ることないわよ。助けてくれてありがとうね」
優しく微笑むハルの母は、見た目こそハルと似てなかったが、どこか似たような雰囲気をしていた。
やがて、シチューを2人分運んできたハルの母が、ルナの向かい側に座った。
「ハルはね、私の本当の娘じゃないの。ハルが小学生4年生の時に、うちに来たのよ」
ハルの母は懐かしむような目をして言った。
「あの頃の私は旦那を亡くして、涼介も難病だって分かったばかりで……本当に辛かった。施設からハルを預かったのも、寂しかったからなの」
「そうだったんですか……」
「ええ。でもね、ハルが来てから、色んなことが上手くいくようになったの。涼介の病気が回復し始めたりね。それに、よく笑うハルのお陰で、私もとっても救われたわ」
ハルの母はそう言って微笑んだ。
「だからね、ハルが幸せだと私も嬉しいの。ルナ君、あなたの話をするようになってから、あの子はますます楽しそうな顔をするようになったわ。本当にありがとう」
「そんな、ありがとうだなんて……」
──お礼を言うのは僕の方だ。ハルに出会ってから、毎日が本当に楽しくて……ハルの顔を見るだけで、自分が悪魔だってことを忘れるぐらい幸せな気持ちになれるんだ。だから本当は、これからもずっと……ハルと一緒にいたいんだ。
ルナはシチューを掬う手を止めて、目を伏せる。
「……僕も、ハルに出会えて本当に嬉しかった。……ありがとうございます」
「ふふ……これからもハルをよろしくね」
「……はい」
ルナは頷いて、シチューを口に運んだ。温かくて優しい味がした。
──僕は、ハルを殺すために人間界にやってきた悪魔だ。でも……。
迷っていたルナの心の中に、ある思いが芽生え始めていた。
白神家に着くと、母親と思しき人が出迎えてくれた。短い黒髪と黒い瞳の女性で、ハルとは全く似ていなかった。
「うちのハルが……ごめんなさいね」
「いえ……大丈夫です」
「申し訳ないんだけど、ベッドまで運んでくれるかしら?」
「分かりました」
ルナは、2階のベッドまでハルを運んだ。本当なら着替えさせるべきだが……自分がやるわけにはいかなかった。
「あの……後は任せます」
「ええ。ありがとね」
ハルの人間界の母はそう言って微笑んだ。
優しそうなお母さんだ。彼女がいるなら、もう大丈夫だろう。そう思い、ルナは部屋のドアノブに手を掛けた。
「じゃあ、僕はこれで……」
「ああ、待って。どうせならうちで夕食を食べて行きなさい」
ハルの母はそう言うと、ルナに向かってニコリと微笑む。彼女の言葉を聞いて、ルナは戸惑った。
(夕飯をご馳走になるなんて、さすがに迷惑じゃないか?僕はハルを殺すために人間界に来た悪魔なのに……)
ルナは、ハルの母の誘いを断ろうと口を開く。
「でも……さすがにそれは」
「いいから。ハルを助けてくれたお礼よ。リビングで待ってて」
彼女の有無を言わせない口調に断れず、ルナは言われた通りにリビングに向かった。
リビングの棚には、家族写真が並んでいる。その中に、幼いハルの姿もあった。
(ハルは、僕よりずっと前から人間界にいたのか……)
しばらく写真を見ていると、ハルの母がリビングにやってきた。
「おまたせ。さ、シチューを盛るから座って」
「あ、はい……」
ルナは言われた通りにテーブルの席に座る。
「そういえば、お名前聞いてなかったわね。あなた、名前は?」
シチューを盛り付けながら、ハルの母が尋ねた。
「……黒崎ルナです」
「あら、あなたがルナ君だったのね」
ハルの母は嬉しそうに微笑んだ。
「ハルと涼介から、よくあなたの話を聞いてるわ。優しくて、一緒に居て楽しいって」
「そうですか……」
「ええ。いつもありがとう」
ありがとう──。その言葉に、ルナは胸を締め付けられた。
「あの……ハル、寒い中ずっと僕のことを待ってたみたいで……」
ルナがそう伝えると、ハルの母は目を丸くした。
「あら、そうなの……」
「だから、すみませんでした……」
「ルナ君が謝ることないわよ。助けてくれてありがとうね」
優しく微笑むハルの母は、見た目こそハルと似てなかったが、どこか似たような雰囲気をしていた。
やがて、シチューを2人分運んできたハルの母が、ルナの向かい側に座った。
「ハルはね、私の本当の娘じゃないの。ハルが小学生4年生の時に、うちに来たのよ」
ハルの母は懐かしむような目をして言った。
「あの頃の私は旦那を亡くして、涼介も難病だって分かったばかりで……本当に辛かった。施設からハルを預かったのも、寂しかったからなの」
「そうだったんですか……」
「ええ。でもね、ハルが来てから、色んなことが上手くいくようになったの。涼介の病気が回復し始めたりね。それに、よく笑うハルのお陰で、私もとっても救われたわ」
ハルの母はそう言って微笑んだ。
「だからね、ハルが幸せだと私も嬉しいの。ルナ君、あなたの話をするようになってから、あの子はますます楽しそうな顔をするようになったわ。本当にありがとう」
「そんな、ありがとうだなんて……」
──お礼を言うのは僕の方だ。ハルに出会ってから、毎日が本当に楽しくて……ハルの顔を見るだけで、自分が悪魔だってことを忘れるぐらい幸せな気持ちになれるんだ。だから本当は、これからもずっと……ハルと一緒にいたいんだ。
ルナはシチューを掬う手を止めて、目を伏せる。
「……僕も、ハルに出会えて本当に嬉しかった。……ありがとうございます」
「ふふ……これからもハルをよろしくね」
「……はい」
ルナは頷いて、シチューを口に運んだ。温かくて優しい味がした。
──僕は、ハルを殺すために人間界にやってきた悪魔だ。でも……。
迷っていたルナの心の中に、ある思いが芽生え始めていた。