* * *

「今日の練習はここまで!」

 グラウンドに、監督の声が響き渡る。

「ありがとうございました!」

 生徒達は頭を下げ、各々帰り支度を始めた。

 雪が降り始めた時はどうなるかと思ったが、幸い練習に支障はなかった。ルナは白い息を吐く。

「黒崎君、はいタオル」

 百合は微笑みながらルナにタオルを渡す。

「あ!ありがとう、雨宮さん」

 ルナは笑顔でタオルを受け取ると、それで汗を拭いた。

 その横から、景太も歩いてくる。

「百合、俺にも……」

「……はい、花里君」

 百合は表情を変えずに景太にタオルを渡した。しかし、どこか他人行儀だった。

「さんきゅ」

 そう礼を言いつつも、景太にも元気がなかった。

 百合が立ち去ってから、ルナは景太にこっそりと聞いた。

「ねぇ……何かあったの?」

「……ちょっと、な」

 景太は辛そうに俯いた。

「大丈夫……?」

「百合に、もう一緒にいられないって言われた。昔みたいには、戻れないんだって」

「え……」

 景太の言葉に、ルナは目を丸くした。

 以前、仲直りしたばかりではなかったか。たしか、修学旅行まではいつも通りだったような……。

「俺は百合と居たいけど、百合はそうじゃない。……もう、どうしたらいいか分かんなくてさ」

 悲しそうな顔をする景太を見て、ルナも胸を締めつけられる。

「景太……」

「……なんでこんなに悩むんだろうな」

「景太、それって雨宮さんのことが……」

 好きだからなんじゃないの……?ルナがそう言いかけたとき、向こうから監督が大きな声で景太を呼んだ。

「花里!全国大会のことで相談がある!」

「はい!……わり、先に帰っててくれ」

「う、うん……」

 ルナは頷き、部室に向かった。

 部室では、練習を終えた生徒達がワイワイと騒ぎながら着替えをしていた。

「いよいよ全国かー!」

「今年こそは優勝したいよな」

「この1年で俺らも強くなったし、自信持っていこうぜ!」

 部室の中にあるホワイトボードには、目指せ全国制覇!と書かれている。

 ルナは着替えを済ませて、荷物をまとめ終えると、厚手のコートを着て、部室を出た。

 いつも景太と百合と一緒に帰っていた玄関前の広場を、今日は1人で歩く。

(あ、雪……まだ降ってる)

 日が落ちて薄暗い視界の中でも、真っ白な雪がはっきり見えた。   

(もう冬なんだ……)

 ルナが正門をくぐると、そこには顔を赤くしながら佇むハルの姿があった。

「ハル……!?」

 ハルは名前を呼ばれて振り返った。

「ルナ……!会いたかった……くしゅんっ!」

 長い間待っていたのか、ハルの頭には雪が積もり、頬も真っ赤だった。

「ハル、どうしてここに……」

「君に話したいことがあって……へくしっ!」

 くしゃみを繰り返すハルに、ルナは慌てて自分のコートを着せた。   

「ありがとう。やっぱり君は優しいね、ルナ」

 ハルはいつものように笑った。

 その笑顔を見て、ルナの胸が痛む。

(僕は悪魔だ。君を殺すために人間界に来た……)

 ハルはこの事を知っているのだろうか。そう気にはなったが、聞く勇気はなかった。

「それより、話って……?」

「話……なんだっけ……」

「ハル……?」

 突然の出来事だった。





 ハルが目の前で倒れた。




「ハル……!」

 ルナがハルの額に手を当てると、明らかに熱があった。

「ハル、大丈夫?」

「えへへ……ごめん」

「謝らなくていいよ!」

 ルナはハルを抱きかかえた。

「君の家に送っていく。場所、教えて……!」

「分かった……」

 ルナはハルの指示に従って、雪の降る道を歩いた。