2カ月後、ルナはようやく退院することになった。もう車椅子は必要ない。

「まったく、君の回復力には驚いたよ……」

ルナの主治医は、笑いながらそう言った。

「足に何か異常があったら、すぐに診せにくること。いいね?」

「はい!ありがとうございました」

ルナは彼に対して深くお辞儀をした。

その傍らで、ルナのバッグを持った百合が、彼に尋ねる。

「黒崎君、荷物これで全部?」

「うん。ありがとう雨宮さん」

ルナが退院すると聞いて、練習を離れられない景太の代わりに百合が手伝いに来てくれたのだ。

荷物……といっても、百合と景太に取ってきてもらった日用品と勉強道具ぐらいしか無いのだが。

「……やっぱり荷物くらい自分で持つよ」

「いいのいいの。病み上がりなんだから、歩くのに集中して」

「そっか……ありがとう」

ルナは百合の気遣いに甘えることにした。

「それじゃあ、お世話になりました」

ルナはもう一度お辞儀をし、病室を後にした。

***

「黒崎君、とりあえず家に帰るよね?」

廊下を歩きながら、百合は彼に尋ねる。

「うん……あ、ちょっと寄りたい場所があるんだけど、良いかな?」

「良いけど……どこに?」

「友達の病室」

ルナはそう答えて、百合を連れたまま白神涼介の病室に向かった。

病室に入ると、ハルと涼介が談笑している光景が飛び込んできた。

「涼介君、ハル、こんにちは」

ルナが声を掛けると、ハルは表情を明るくする。

「あ、ルナ!と、この前の……」

ハルに見つめられ、百合は微笑みながら名乗る。

「雨宮百合です」

「百合ちゃんか。ボクはハル。よろしくね」

ハルは百合に笑いかけると、辺りをキョロキョロと見渡して首を傾げる。

「今日は花里君がいないね」

「部活なの。ほら、大会が近いから……」

「そうか。そろそろ関東予選だもんね」

「関東予選!?」

ハルの言葉を聞いた涼介が、目を輝かせながらルナに向かって尋ねた。

「ルナも出るの?」

涼介の言葉に、ルナは苦笑いして答える。

「ケガが治ったばっかりだから、僕はまだ出してもらえないかな……」

「そっかぁ……」

落ち込んだ様子の涼介にルナは力強く微笑んだ。

「大丈夫だよ。早く試合に出してもらえるように、僕頑張るから」

「……!分かった。僕、応援してるからね!!退院おめでとう、ルナ」

涼介はそう言うと、ルナに向かって笑顔を見せた。

「いつでも遊びに来て良いんだからね?」

「うん、また会いに来るよ。約束する」

ルナはそう言って涼介とグータッチした。

その様子を見ていたハルも、ルナに向かって口を開く。

「ボクも、また君とお話ししたいな」

「あ、じ、じゃあ連絡先交換しようよ!」

ルナは慌ててスマホを差し出した。画面にはメッセージアプリのQRコードが表示されている。

またハルと話ができる……それだけで、ルナは何だか嬉しかった。

「うん。もちろん」

ハルは笑顔で頷いて、スマホを出してQRコードを読み取った。

「ちゃんと連絡するから!」

ルナは少し焦りながら言った。

不自然じゃないだろうか。鬱陶しくないだろうか。ルナの頭に、そんな不安が過る。しかし、その心配を余所に、ハルはあの日のようにニッと笑った。

「うん。楽しみにしてる!」

ハルの明るい笑顔を見て、ルナもつられて笑った。

人を惹きつけ、明るい気持ちにさせる力。そんな力が、ハルの笑顔にはあった。

(不思議な人だな。ハルって)

ルナはそう思い、小さく微笑む。

「じゃあ……またね。2人とも」

「うん。またね、ルナ」

ハルと涼介に見送られながら、ルナと百合は病室を後にした。

* * *

ルナと百合と別れた後、ハルのスマホが鳴り響き始めた。

「電話だ……ちょっと出てくるね」

涼介を病室に残し、ハルは廊下に出た。

「もしもし……」

『おぉハル。修行の調子はどうだ?』

「お父様……うん。順調です」

ハルの答えに、彼女の父親は嬉しそうに笑う。

『そうかそうか!……婚約者も待っている。早く終わらせて、天界に帰ってくるのだぞ。お前は大天使の娘だ。くれぐれも失態のないようにな』

「……分かってます」

ハルは短く答えて電話を切った。

……婚約者だの、大天使の娘だの、ハルはもううんざりだった。

(結局、お父様は自分のメンツが大事なんだ。婚約者だって、近頃権力を強めている大天使の若者を適当に選んだだけだった。しかも、独占欲が強いと噂の)

嫌なことを思い出してしまい、ハルは思わず溜息をついた。

(みんながみんな、周りのために生きてくれたら良いのに。例えば、ルナみたいに)

ハルはルナのお人好しさを思い出し、少し微笑んだ。

(早く連絡、来ないかな……)