* * *

 しばらくして、夕方5時のチャイムが聞こえてきた。

「あ、もうこんな時間か」

 ハルは立ち上がり、ルナの車椅子の取っ手を握った。

「そろそろ帰らないと。涼介、また来るからね」

「分かった!」

 良い返事をした涼介は、ルナに満面の笑みを浮かべて言った。

「ルナもまた来てね。絶対だよ!」

「うん。もちろん!」

 ルナはそう答えて、明るい笑顔を見せる。

「……さて、病室まで送っていくよ」

 ハルは、ルナの車椅子を押して病院の廊下を歩き始めた。

「涼介と話してくれてありがとう。嬉しそうだったよ」

 ハルの声に、ルナは笑顔で頷く。

「うん。僕も楽しかったよ」

 やはり部活が忙しいのか、景太と百合は頻繁には来てくれない。そんな中でルナも寂しさを感じることもあったが、涼介と話してその寂しさも薄れた。

 ルナの明るい返事に微笑みながら、ハルはゆっくりと涼介の事情を話し始める。

「……涼介はね、もう11歳なのに、難病で学校に行ったことがないんだ。だから、友達もいなくて。お見舞いに来ても元気のないことが多かった」

 ハルの話を聞き、涼介の事情を知ったルナは表情を曇らせる。

「そうだったんだ……」

 彼の暗い声色に気がつき、ハルはすぐに明るい声を出す。

「でも、今日の涼介はいつもより元気だった。君のお陰だね」

 ハルにそう言われ、ルナは照れ臭くなって頬をかいた。

「そんな、いいんだよ。僕も楽しかったし……」

 そんな彼の様子を見て、ハルは思わず微笑む。

「ふふ……君はお人好しだね」

「そうかな?」

「そうだよ。急に連れて行かれたのに、文句1つ言わないで楽しかったなんて……」

 言われてみればその通り。半ば強引に連れて行かれ、1時間も拘束されていた。普通ならば怒るだろう。

 しかし、ルナにとっては些細なことだった。

「でも、涼介君もハルさんも喜んでくれたから、いいんだ」

 ルナは、誰かを笑顔にすることが好きだったのだ。自分の周りにいる人には、少しでも幸せに生活して欲しかったから。

 その性格のせいで、悪魔の仕事は全くできていなかったのだが。

 優しく笑うルナを見て、ハルは少し照れ笑いを浮かべながら言った。

「ハルさんじゃなくて、ハルで良いよ。ルナ」

 ハルにそう言われ、ルナは嬉しそうに目を細めた。

「……うん」

 そんな風に仲良く話す2人を、見ている影があった。

「ルナ君……」

 菫はお見舞い用の花を持ったまま、病院から逃げるように帰って行った。