* * *

 景太は百合の家の前に着くと、両手に持った紙袋を左手に全て持ち、インターフォンを鳴らした。

 すると、百合の母が玄関に出てきた。

「あら、景太君!」

「おばさん、こんにちは。百合、どうしてますか?」

「百合なら部屋に籠もりっきりよ。夏休みが明けてから、なんだか元気がないのよね……」

 百合の母は頬に手を当てて心配そうに言った。

「そうなんですか……今、百合と話せますか?」

「いいわよ、呼んでくるからちょっと待ってて」

 百合の母は、そう言って家の中に戻っていく。

 しばらくすると、百合が玄関に出てきた。

「景太……何の用?」

 百合は険しい顔で景太を見つめる。その様子は、やはり気を張っているようだった。

「これ、今日ハルの学校の文化祭でもらってきた。多いからやるよ」

 景太はそう言うと、紙袋を1つ手渡した。

「ありがとう……」

 百合は紙袋を受け取り、家の中に戻ろうと玄関のドアを開けた。

「あっ、待ってくれ」

 景太は扉を掴んで止め、百合に向かって続けた。

「俺、百合に言いたいことがあるんだ」

「言いたいこと……?」

 身構える百合に、景太は頷き、口を開く。

「百合が、どうして俺を避けてるのか、何に悩んでるのか、俺には分かんない。でも、俺は百合の力になりたい」

「え……」

「今は何も言いたくないなら、それでもいい。言ってくれるまで待つから」

「景太……」

 百合は俯き、か細い声で尋ねる。

「どうしてそこまでしてくれるの?」

「どうしてって……」

 すると、景太はさも当然のように言うのだった。

「幼なじみだから」

 ──幼なじみ。百合の胸にその言葉がずしりと重くのしかかった。

 景太にとって、百合はただの幼なじみ。恋愛のれの字もないのだ。

 小学校まではそれでも良かった。しかし、景太がサッカープレイヤーとして有名になり始めた中学時代から、景太の隣に居ることで嫉妬を買うようになり始めた。

 景太の周りにはいつも沢山の人が居た。今まで人気者の景太の隣に居られたのは幼なじみだからだ。
 
(幼なじみの肩書きに甘えてきた私は、やっぱりずるいのかもしれない……)

 落ち込む百合を真っ直ぐ見つめながら、景太は話し続けた。

「俺、今まで通り百合と一緒にいたい。駄目か?」

 百合は、この幼なじみの真剣な顔に、すこぶる弱かった。

「……分かった。避けててごめん」

 百合は根負けして謝ってしまった。

 自分が抱えている悩みも、想いも、言うことができないまま。

 百合の言葉を聞いた景太は、表情を明るくする。

「じゃあ、一緒にいていいのか?」

「……景太がいいなら」

「そっか……よかった」

 そう言って嬉しそうに笑う景太を見て、百合の胸がドキリと音を立てた。

(ずるいな、もう……)

 百合はこのドキドキが悟られないように、必死に真顔を作って言った。

「じゃあ、また学校でね」

「ああ」

 いつものように笑う景太を見送って、百合は1人溜息をついた。

(……こうなったら覚悟を決めよう。景太が一緒に居て欲しいと思ってくれるなら、私は、景太の隣にいよう)

 百合は先程貰った紙袋を握りしめた。