* * *

 体育祭当日がやってきた。

 全校生徒は大賑わいだ。午前中の中間発表が終わった段階で、1組の属する赤組は2位だった。

 そして、午後の最後の種目が、ルナの出場するクラス対抗リレーだ。

「あ、ルナ兄みっけ!」

 観客席から弁当を持ったヨルが駆け寄ってきた。

「一緒に弁当食べようよ」

「うん。いいよ」

 ルナがヨルについて行こうとすると、突然誰かに目隠しされた。

「だーれだ?」

 少しハスキーな、でも明るくて優しい声。ルナが聞き間違えるはずがなかった。

「ハル……!?」

「当たり」

 振り返るとそこには明るく笑うハルが居た。

「ちょっと抜け出してきたんだ。ごはん、一緒に食べようよ」

 ハルと誘いに、ルナは思わず笑みを零す。

 思いがけない幸運だった。まさかハルと一緒に昼食が食べられるとは。

 ルナは慌てて頷いた。

「あ、うん!……弟も一緒でいい?」

「もちろん」

「ありがとう!……ヨル、行こう」

 そう言って振り返ると、ヨルは驚いた顔をしていた。

「ヨル……?」

「……あ、うん。行こうか」

 様子がおかしい弟を見て、ルナは心配そうに尋ねる。

「大丈夫?」

「う、うん。大丈夫!」

 ルナはヨルの様子に首を傾げたが、ヨルが普段通りに笑うのを見て、気のせいだと思い直した。

「ほら、こっちだよ!」

 ルナ達はヨルの準備していたレジャーシートに座った。

「ボクのお弁当は……これだ!」

 ハルが勢いよく開けた弁当箱の中には、卵焼きやたこさんウィンナーなど、可愛らしいおかずが入っていた。

(僕達の茶色い弁当とは大違いだな……)

 ルナはそう思い苦笑いする。

 ルナとヨルの弁当箱には野菜炒めの残りと唐揚げ、それからプチトマトが入っていた。

 栄養バランスもいいし、味も問題ない。だが、見栄えはハルのものよりかなり劣っていた。

 ハルはそんなルナ達の弁当には目もくれず、ルナに向かって明るく尋ねる。

「ルナの種目は午後から?」

「うん。午後の一番最後なんだ」

「そっか、頑張ってね!」

 ハルはそう言ってニッと笑った。

 ルナがそれに頬を染めながら頷いた後、3人でしばらくもくもくと弁当をつつき……そういえば、とハルは顔を上げた。

「弟君ははじめましてだね。ボクの名前は白神ハル。よろしくね」

「黒崎ヨル……よろしく」

 ヨルは普段の様子と異なり、ハルのことを警戒しているようだった。

 いつもなら、美しいレディだの何だの言いながら、口説くところだろうが……。

(ヨル……どうしたんだろ?)

 ルナが心配そうにヨルを見つめていると、不意に遠くから鼻に掛かった声が聞こえてきた。

「ハルー!やっと見つけた!」

 ハルの友達が、ハルに声をかけたようだった。

 彼女はハルの傍にくるなり、彼女に抱きつく。

 その距離感の近さに、ルナは少しばかりドキリとしてしまった。

「急に居なくなったから心配しちゃった!……ほら、早くしないと花里君のお昼休みが終わっちゃうよ~!」

「分かったよ。今行く」

 ハルは弁当を平らげ、立ち上がった。

「それじゃあ午後の部、頑張ってね」

 ハルはヒラヒラと手を振りながら、友達と共に走って行ってしまった。

 それを見送りながら、ヨルは小さな声でルナに尋ねる。

「……ねぇ、ルナ兄の好きな人ってもしかして今の人?」

 突然の問いかけに、ルナは顔を真っ赤にして頷いた。

「……そっか」

 ヨルは小さく呟くと、視線を落とす。

 やはり、今日のヨルは様子がおかしい。今日……というか、ハルに会ってから。

「ヨル、ハルがどうかしたの?」

 ルナが尋ねると、ヨルはいつもの悪戯っぽい笑顔で言った。

「別に!あんまりうつつを抜かさないでね。ルナ兄の使命は、大天使の娘を殺すことなんだから」

「うっ……」

 耳が痛くなる言葉を聞き、ルナは思わず苦笑いする。

 そうだ。ルナの使命は大天使の娘を殺すことだ。そのために、人間界に来た。

 しかし……。

(殺しの使命なんて、果たしたくないし……できることなら、ハルと一緒に……)

 ハルと一緒に生きていきたい。そんな風に考えている自分に気がつき、ルナは慌てて首を横に振った。

(いけない……。今は体育祭に集中しないと)

 ルナは気持ちを切り替えようと、両頬を叩いた。

 そうしている間に、放送席から案内の声が聞こえてくる。

『昼休み休憩は残り5分です。選手の皆さんは控え場所に戻って下さい』

「ほら、呼ばれてるよ」

「あ、うん……!」

 ヨルに背中を押されて、ルナは慌てて控え場所へ走っていった。