* * *

 1匹の赤い金魚と一緒に、ルナと菫は屋台巡りを続けた。

 先ほど買った綿あめは、ふわふわとしていて優しい味がした。食べ慣れていない菫は、口の端に綿あめを付けてしまったが、それをルナが取ってくれた。

 次に向かった射的の屋台では、菫が欲しがった小さなマスコットを、ルナが見事に撃ち落としてくれた。

 その次に向かったアイスの屋台では、アイスの青い色がお互いの舌についているのを見て2人で笑った。

 こんなに、仲が良いのに。こんなに、優しいのに……自分の想いは通じていない。そして……通じることはない。それが分かっていたから、菫は胸が痛かった。

 その痛みを悟らせないようにしながら、菫はルナの隣を並んで歩く。

「景太達、見つからないね」

 ルナは辺りを見渡しながら、そう零す。

「ええ、そうですわね……」

 菫は彼に頷きながら、少し立ち止まって、草履のつま先で地面をトントンと叩いた。

(草履で歩くの、少し疲れてきましたわ……)

 菫の顔に疲れの色が浮かぶ。

 いくら菫がお嬢様だからと言っても、草履を履く機会は少ない。履き慣れていないのだから、疲れて当然だった。

 菫が疲れていることを察したルナは、彼女の顔を覗き込みながら、優しい声で

「藤堂さん、少し休もっか」

と伝えた。

「え、でも……」

 休んでいる暇があったら、3人を探さなくては。せっかく5人で集まったのだし、ルナだって景太達と一緒に花火を見たいはずだ……。そう思い、菫は戸惑う。

 しかし、ルナは優しい表情のままだった。

「藤堂さん草履だし、疲れたでしょ?少し休んで、それから探そうよ」

 表情や声色から伝わってくる優しさ。そして何より、自分が疲れたと言わなくても、それを察して助けてくれる思いやり。

(優しいわ。ルナ君は、本当に優しい人……)

 菫はその下心のない優しさを噛みしめ、少し泣きたくなるのを我慢しながら頷いた。

「……はい。そうします」

 ルナと菫は、人通りから少し外れた、道の端に設置されたベンチに腰掛けた。

「……ルナ君は優しいですわね」

 菫の口から、本音が零れる。

「そうかな?」

 ルナはその言葉に首を傾げた。

 ルナは、自分が優しいと思ったことが無かった。なぜなら、他人に親切にすることも、他人を気遣うことも、ルナ自身がしたくてしていることだからだ。

 ルナはただ、大事な人達の笑顔が見たいだけだったのだ。

 不思議そうな顔をするルナに、菫は迷わずに告げる。

「そうですわ。出会ったときから、そうでしたわ……」

「出会ったとき?」

 ピンと来ていない様子のルナに、にこりと笑顔を作りながら、菫はゆっくりと語り出した。

「ええ。去年の入学式、家柄のせいで周りから距離を置かれていたわたくしに、ルナ君は声をかけて下さいました。それがきっかけで、話しかけてくれる人が増えて友達もできて……本当にありがとう」

 そう。その時から……菫は、ルナが好きだった。

 ルナが、自分と対等に話をしてくれた初めての人だったから。

「それは、藤堂さんがいい人だからだよ。みんながそれに気がついたから……」

「でも、きっかけをくれたのはルナ君ですわ」

 ルナが、自分にとってどれほど大切な存在なのか……気がついていないルナのことを、菫は立ち上がって正面から見つめて、口を開いた。

「わたくし、ルナ君が好きです」

ドン!

 花火が上がった。

 赤色の花火の光が、菫の顔を仄かに照らした。

「誰よりも優しいルナ君が好き。入学式でお話しした時からずっと……あなたのことだけを考えていました。……わたくしの恋人になってくださる?」

 菫の顔が赤く見えるのは、花火に照らされているだけが理由じゃない。ルナにも、それは分かっていた。

 校内有数の美人で、お金持ちで、ずっと一途に自分を想っていてくれたクラスメイトが、頬を染めながら自分に好きだと言っている。普通の男子であれば、喜ばずにはいられない状況だ。

 しかし……ルナは違った

「恋人って……僕と?」

 ルナには分からなかったのだ。恋人というものがどんなものか。好きという気持ちどんなものか。

「僕……分からないんだ。好きとか、恋人とか……」

 そう困った顔をするルナの目を、菫は真っ直ぐに射貫いた。

「……本当に?」

「え……?」

 菫に真剣な顔で見つめられ、ルナは戸惑う。しかし、菫の発言に更に心を乱されることになる。

「本当は、他に好きな人がいるのではなくて?」

「好きな人……?」

「そう。今日の花火大会、本当は会いたくて堪らなかった人がいるんじゃなくて?」

 菫の言葉を聞いたその瞬間、ルナの脳裏にハルの笑顔が浮かんだ。

 ハッとするルナの様子を見て、菫は涙をこぼしながら笑顔を作った。

「そうですわよね。……最近のルナ君、いつもよりもキラキラしてましたから。そうじゃないかと思ってたんです」

「藤堂さん、僕……」

 何か言わなければ、と口を開いたルナを、菫は止めた。

「言わないで。分かってますから……」

 菫は涙を止められずに、居たたまれなくなってその場から逃げ出した。

「藤堂さん……!」

 ルナは彼女を追いかけようとして、足を止めた。

 今の自分に、菫を追いかける資格があるのだろうか?そう思い、彼女を追うことができなかったのだ。

「最低だな、僕……」

 ルナは彼女の去って行った方を見ることもせず、ただ1人俯いた。