* * *

 2人が始めに入ったのは、青い暖簾を下げた金魚掬いの屋台だった。

 菫は100円玉を店主に払い、ポイで赤い金魚を掬おうとする。

「それっ」

 勢いよく水から上げたポイは、金魚の重さと染み込む水に耐えきれずに穴を空けた。

「金魚すくいって、こんなに難しいのですね……」

 菫は穴の空いたポイを見て唸る。それを見て、店主の男性は豪快に笑った。

「お嬢ちゃん。あと2回チャレンジできるけど、やってくよな?」

「もちろんですわ!」

 菫は店主から貰った新しいポイを持ち、構える。

 この屋台は3回で100円。あと2回ポイを貰うことができる。

「えいっ!」

 菫は赤い金魚を狙ってポイで掬ったが、2個目のポイにも穴が開いてしまった。

「ううっ……まだまだ、これからですわ!!」

 どうやら、菫は意外と負けず嫌いなようだ。彼女の新しい一面を垣間見たルナは、何だか面白くて、思わずクスリと笑った。

「これで最後……それっ!」

 菫は勢いよく金魚を掬い上げようとしたが、その頑張りも空しく3個目のポイにも穴が開いた。

「残念ですわ……」

 しょんぼりする菫を見て可哀想に思ったルナは、彼女を何とか元気づけたいと思い考えを巡らせた。

 ただありきたりな励ましをしたところで金魚が掬えなかったという事実は変わらない。なら……。

「おじさん、僕も!」

 自分が代わりに掬ってあげるのが、菫を喜ばせることができる唯一の方法だ。そう思ったルナは、店主に100円玉を手渡した。

「おう!」

 店主がそれを受け取り、ルナにポイを手渡す。それを受け取って、ルナは隣にしゃがむ菫に尋ねた。

「藤堂さん、この赤い金魚だよね?」

「ええ、そうですけど……」

 菫が頷いたのを確かめて、ヨルは金魚の動きに集中した。

 不規則な動きで泳ぐ赤い金魚。まずは、ポイでそれを捉えなくてはならない。しかし、ポイを水に浸けすぎると穴が空いてしまう。

──よく見ろ。一瞬だ。一瞬が勝負だ……!

「それっ!」

 ルナは金魚を素早くポイで掬い、受け皿に入れる。受け皿の中で泳ぐ金魚を見て、店主と菫は驚いた顔を見せた。

「おお!やるね兄ちゃん!」

「すごいですわ、ルナ君!」

 菫は目を輝かせながら、ルナに拍手を送った。

「えへへ……」

 ルナは照れ臭そうに笑いながら、店主に金魚の入った受け皿を渡す。すると、店主が金魚を手際よく袋に移し替え、笑顔と共にルナに手渡してくれた。

「はいよ、兄ちゃん」

「ありがとうございます」

 ルナ笑顔でそれを受け取ると、菫に差し出した。

「はい、これ」

「え、いいんですの?」

「もちろん」

 ルナが優しく微笑むと、菫は嬉しそうに目を細めた。

「……ありがとう、ルナ君。大事にしますわ。」

 菫の細い指が金魚の入った袋の紐に通ったのを確認し、ルナは袋から手を離す。

 僅かに、お互いの指が触れ合った。

「あっ……」

 菫はそれに気がつき、顔を赤らめながら声を漏らしたが、ルナがそれに気付く様子はない。

「藤堂さん、次はどこに行く?」

 そう優しく尋ねるルナの表情からは、下心なんて微塵も感じられない。

 ルナの気持ちは自分の気持ちと同じではない。それに気付かないフリをしながら、菫はルナに笑顔を作った。

「……そうですわね。じゃあ、あっちの綿あめの屋台に」

「分かった。行こっか」

 ルナは菫に微笑んで、彼女の歩幅に合わせて隣を歩く。その優しさに切なくなりながらも、菫は彼の隣を歩いた。