* * *

 今日はいよいよ花火大会の日だ。

 開催場所は、町の河川敷。時刻は既に18時を回っており、会場では多くの人が行き来している。

 その人混みをかき分けながら、ルナはヨルと一緒に待ち合わせ場所に向かった。

「あ、ルナとヨルだ」

「こっちだよ!」

 屋台のない少し開けた場所で、景太と百合が手を振っているのが見えた。

 ルナは手を振り返しながら、2人の所へ歩み寄る。

「景太、雨宮さん。久しぶり」

「久しぶりだな。終業式以来か?」

「そうだね……ところで、関東予選は?」

 ルナが尋ねると、景太は得意気にVサインを作って笑った。

「勿論優勝してきたぞ。しかも無失点」

「ほんとに!?良かった……!」

「これでルナと全国行けるな」

「うん。優勝おめでとう!」

 そう言ってルナは景太はグータッチし、傍らの百合にも笑顔を見せる。

「雨宮さんも、マネージャーおつかれさま」

「ありがとう、黒崎君」

 ルナの言葉に、百合も嬉しそうに微笑んだ。

「……ねぇ、お嬢さんは?」

 ヨルに尋ねられ、ルナは辺りを見渡した。

「藤堂さん、まだ来てないみたいだね……」

「ルナ君、みんな!」

 ルナ達が声がする方を見ると、浴衣に着飾った菫がこちらに駆けて来ていた。

「お待たせいたしました……!」

 息を切らせて駆け寄った菫の姿は、いつにも増して上品で美しかった。そんな菫の浴衣姿を見て、ヨルは目を輝かせる。

「お嬢さん!浴衣凄く似合ってるね!」

「ありがとうヨル君」

 菫はそう言って微笑むと、ルナをじっと見つめて尋ねた。

「ルナ君……私の浴衣、どうかしら」

 緊張している様子の菫に優しく笑い返しながら、ルナは答えた。

「凄く似合ってる。綺麗だよ、藤堂さん」

「えへへ……ありがとうございます、ルナ君」

 菫は、幸せそうに照れ笑いした。睫毛の長い目が優しく細くなり、頬が薄紅色に染まる。上品で、それでいて可愛らしい笑顔だった。

 今日、菫が浴衣を着てきた理由は、2つある。

 1つ目は、ルナに告白するための勇気を出すべく、気合いを入れるためだ。

 そして、2つ目は……ルナに、少しでも綺麗な自分を見て貰うためだ。

 ルナに……大好きな相手に、綺麗だと、似合っていると言われたかったのだ。

「……よし。全員揃ったな」

 景太の言葉に、ルナは再度辺りを見渡した。

 まだハルが来ていなかった。

「あの、ハルは……?」

「ああ、病院で弟と見るって」

「そ、そっか……」

 ハルに会えないと分かった途端、何となく気持ちが沈んでしまう。ルナは、自分のこの気持ちが理解できなかった。

(今日会えないだけで、何でこんなに……)

 落ち込んだ様子を見せるルナに気がつき、菫は彼の肩を叩いて笑顔を作る。

 ルナがどんな気持ちでも、今日だけは……この花火大会の間だけは、自分と一緒にいる時間を楽しんで欲しかったから。

「ほら、ルナ君。花火も始まってしまうし、早く屋台に行きましょう」

 菫に促されて、ルナは頷いた。

(そうだ。折角の花火大会だし、楽しまなきゃ)

 ルナは菫と並んで歩きながら、屋台の方へと歩いて行った。

 屋台の並ぶ道に入ると、人がごった返していた。油断するとはぐれてしまいそうだ。

「あ、何あれ、面白そう!」

 ヨルは「ヨーヨーすくい」と書かれた看板に目を輝かせると、屋台に向かって1人駆けて行ってしまった。

「あ、ヨル!」

 ルナも慌てて後を追いかける。

「待ってルナ君!」

「おい、そんなことしてるとはぐれるぞ!」

その時

ドーン!

 花火が上がる音がして、それを一目見ようと多くの人が立ち止まった。

 その結果、道がいっきに混み合う。

「おっと……すみません!」

 ルナは立ち止まる人にぶつかりそうになりながらも、ヨルの居るであろうヨーヨーすくいの屋台に辿り着いた。

「はぁ、はぁ……ヨル!」

 しかし、そこにヨルは見つからなかった。

 それどころか、他のみんなの姿も見当たらない。

「もしかして……はぐれた……?」

 ルナは慌てて辺りを見渡した。しかし人が多すぎて、背の高い景太すら見つけられない。

(どうしよう……)

 うなだれていた、その時だった。

「ルナ君、見つけた!」

 ルナの腕を掴んだのは、菫だった。

「よかった……見つからなかったらどうしようかと思いましたわ」

 菫の安心しきった顔を見て、ルナの胸に罪悪感が広がる。

 浴衣を着て、草履も履いている菫が、ルナを探すために人混みを歩くのは大変だったはずだ。

「藤堂さん……急にいなくなってごめんね」

 申し訳なさそうに謝るルナに向かって、菫は明るい笑顔を見せた。

「大丈夫ですわ!気になさらないで。それより、花里君達は……」

「僕にも分からないんだ。はぐれちゃったみたいで……」

 ルナがうなだれると、菫はそれを元気づけようと笑顔を作る。

「闇雲に探しても大変ですし、屋台を回りながら3人を探しましょう?大丈夫。きっと、どこかの屋台にいますわ」

 菫の落ち着いた様子を見て、ルナの心も平静を取り戻していく。

「そうだね……一緒に回ろっか」

 ルナが微笑んでそう言うと、菫は目を輝かせた。

「ええ!わたくし、見たい場所がたくさんありますの!」

 菫は嬉しそうな顔をして、ルナの手を引いた。