2人が藤堂邸に着くなり、お団子頭の背の高いメイドが、柔らかい笑顔で出迎えてくれた。

「菫お嬢様のお友達ですね。どうぞこちらへ」

メイドに案内されて辿り着いたのは、菫の部屋だった。

メイドは扉をコンコンとノックしながら、部屋の中へ声を掛ける。

「菫お嬢様、お友達がいらっしゃいましたよ」

すると部屋から勢いよく菫が飛び出してきた。

菫はルナに満面の笑みを見せながら、上品にお辞儀をする。

「ルナ君、ご機嫌よう」

「こんにちは、藤堂さん」

挨拶を返すルナに微笑んだ菫は、ルナの傍らにいるハルを見て目を丸くする。

「えっと……そちらの方は?」

菫に問われたハルは、彼女に笑顔を向ける。

「白神ハルです。はじめまして」

「藤堂さん、僕が言ってた友達だよ。南野女子の生徒なんだ。きっと勉強教えてもらえると思って……」

ルナの説明を聞き、菫はハルに笑顔を返す。

「ああ、あなたが……わたくし、藤堂菫と言います。よろしくお願いいたしますわ」

菫は、普段通りを心掛けて挨拶をする。しかし、そう挨拶を返す菫の顔は、ルナには少し強ばって見えた。

あの日、病院でルナと仲良さそうに話していた少女が、目の前にいる。彼女も、ルナが好きなのだろうか。彼女は恋のライバルなのだろうか。

そんな不安に苛まれて、菫は内心穏やかではなかった。

「藤堂さん、どうかしたの?」

ルナに不思議そうに尋ねられ、菫は慌てて首を横に振る。

「いえ!何でもありませんわ。さ、入って勉強いたしましょう」

菫に促されて、ルナとハルは菫の部屋に入った。

菫の部屋は、ルナのアパートが丸々入ってしまう程の大きさだった。しかも、部屋の真ん中には高そうなグランドピアノまで置いてある。

「ひ、広い……」

思わず声を漏らすルナに対して、菫は首を傾げる。

「そうかしら?」

菫の反応に苦笑いしているルナに向かって、部屋の隅から聞き慣れた声が飛んできた。

「お、ルナ!それと……ハルだっけ?こっちだぞ~」

見ると、部屋の隅にある大きなテーブルで、景太と百合が勉強道具を広げていた。

ルナ達は空いている席についてノートを開いた。ルナが今日勉強するのは英語だ。ルナは英語が大の苦手だった。

文法も、単語も、聞き慣れないものばかりで全く理解できない。将来、悪魔の仕事に戻らなくてはいけなくなる日が来たとしても、英語圏にだけは行きたくなかった。

そんな日が来るかどうかは分からないが。

ルナが英語のワークに取り組む横で、景太も苦しそうに唸る。

「あ~、ここ分からん……」 

シャーペンを回しながら苦い顔をする景太と、彼が解こうとしている問題を見て、百合は溜息をついた。

「ちょっと景太、それ基本だよ」

百合の声につられて、ルナも景太のノートを見たが、確かに基本中の基本の問題……基礎問題だった。

景太はサッカーは得意だが、反対に勉強は苦手なのだ。

しかし厄介なことに、翔北高校サッカー部は定期試験で赤点を取ると、再テストに合格するまで練習に参加させて貰えない。それは、キャプテンを務める景太も例外ではなかった。

今回のテストの全科目で赤点を回避しなければ、景太は全国大会の大事な予選である関東大会に参加できないのだ。

景太は、百合に必死に頭を下げる。
 
「百合、助けてくれ!この通り!!」

そんな景太の様子に呆れながら、百合は景太のノートに式を書いていく。

「全く……ここはこの計算式を使って……」  

「……なるほど分からん!」

「開き直らないの!」

(雨宮さんが教えても苦戦するなんて、景太、相当勉強サボってたんだな……)

ルナが景太を見て苦笑いしていると、景太と百合の会話を聞いていたハルが、景太のノートを指し示して言った。

「花里君、まずはその式を変形してみようか」

「えっと……分かった」

ハルに言われた通り、景太は計算式を変形してノートに書き込んでいく。

「その直線の傾きは何になった?」

「えっと……(a-2)だ。」

「それと平行な直線の傾きは……?」

「えっと……あ、あー!分かった!ハル、ありがとな」

「どういたしまして」

そう言って微笑むハルが綺麗で、ルナは何だか見とれてしまう。自分に向かって微笑んでくれている訳ではないのに。

「ルナも分からないところがあった?」

ハルの髪を耳にかける仕草にドキリとしながらも、ルナは何とか平常心を保って頷いた。

「英語なんだけど、ここってどう訳せば……」

「ああ、そこはね……」

ハルは丁寧に教科書を指でなぞった。その仕草一つ一つにドキドキしてしまい、ルナはその度に自分がどうにかなってしまったのではないかと不安になった。

(駄目だ……集中するんだ!)

ルナは必死にハルの説明を聞き、ノートに日本語訳を書き込んでいった。