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日向が来てから教室内のざわめきは収まらず、気がつけば先生がやってきていた。
生徒はのっそりと顔をあげてまだ若い男の担任を見つめた。

「はい、じゃあまずは自己紹介してもらおうかな」
入学してすぐにやる定番の挨拶だ。

ひとクラス35人もいるのに一気に自己紹介したって覚えられるわけがないと思うのだけれど、しかたない。
生徒の名字は霞だったので3番めに順番が回ってきた。

生徒はのっそりと立ち上がると誰とも視線を合わせること無く「霞……燐音です」とボソボソ呟いてすぐに席に座った。
先のふたりは趣味や特技を説明していたけれど、なにも話すことはない。

クラス内から一瞬「キモッ」という声が聞こえてきて、ついでクスクス笑いも聞こえてきたけれど、霞燐音がそちらに顔を向けることはなかった。

僕は霞だ。
誰にも気にされず、誰にも認識されず、霞のように生きていければそれでいいんだ。

大きなメガネがずれてきて慌てて指先で直し、ほうっとため息を吐き出す。
燐音にとって初日の挨拶は大成功だったと言えよう。