僕がかわいいってことは秘密にしてください

昨日の雨が嘘のようによく晴れた空の下、いくつもの紺色の制服が校門をくぐって大塚男子高校へと吸い込まれていく。
その中にやけに猫背でブレザーを制服のズボンの中にインしている生徒がいた。

髪の毛はボサボサに逆だっていて、分厚い眼鏡と長い前髪のせいで表情が見えない。

後ろから歩いてきた生徒が彼を追い越すたびに一旦ふり向き、そして友人らとこそこそいいあいながら早足になって逃げるように校舎へと向かう。

明らかに周りから浮いている彼は、だけどそんなことを気にする様子もなく、新入生を歓迎している体育館へと向かった。
大塚男子高校の体育館の扉は大きく開かれていたけれど、中に入った途端にムワッとした空気に包み込まれた。

男子特有の汗臭さと、体が大きいための威圧感で思わず一旦足を止めてしまう。
気を取り直して開いているパイプ椅子を見つけて座り、その横に荷物をおろした。

周りを見ると自分と同じ新入生が続々と集まってきていて、その保護者の姿もチラホラと見える。

椅子に座っても直らない猫背のまま、校長がステージに立って入学の祝の言葉を長々を話すのを、ジッと聞いていると、時々笑い合う声やひそひそ話が聞こえてくる。

みんなすでに友達をみつけたのか、それとも中学から仲のいいもの同士を見つけたのかもしれない。
少し顔を上げて長い前髪の間から声が聞こえる方へと視線を映してみると、そこにはひときわ目立つ茶髪の男子生徒の姿があった。

その生徒は背筋をしっかり伸ばして隣に座った友人に笑いかけている。
口から覗く白い歯は輝くほどで、一瞬ドキリとしてしまった。

すぐに目をそらし、また猫背になって下を向く。
校長先生の話はまだまだ続きそうだった。
☆☆☆

長い入学式が終わって昇降口へと向かうとまだまだ生徒が団子状態で、張り出されたクラス表を確認していた。
クラスを見て喜んで飛び跳ねる者。

特に反応を見せずに校舎内へと入っていく者。
ほとんどの生徒が校舎の中へ入って言ったタイミングで、ようやく張り紙を確認した。

生徒の名前は1年A組にあった。

3階にある1年A組は西階段から一番近い場所にあり、生徒が教室へ入ったときにはもうほとんどのクラスメートたちが教室内にいた。
そんな中に生徒が入っていくとみんなの視線が集まり、会話がとまった。

「おい、あれ……」
「まじかよ」

そんな声があちこちから聞こえ始めたかと思うと、笑い声も耳朶を震わせた。
生徒は視線を向けることもなく、自分の名前が書かれた席へと向かい、着席した。

カバンを机の横にかけると、そのまま突っ伏して目を閉じる。
先生が来るまでどうせやることもない。

そう思っていたとき、突然教室内がざわめいた。
一瞬自分の容姿に驚いた生徒たちが声をあげたのかと思ったが、こんなズレたタイミングでそれもないだろう。

どうしたのだろうと少しだけ顔を上げて教室内を確認してみると、入学式のときにひときわ目立って見えた明るい髪色の男子生徒が入ってきたところだった。
「日向!」
「お前もこのクラスだったのか」

そんな声があちこちから聞こえてきて、日向と呼ばれた彼はすぐにクラスメートたちに囲まれてしまった。

あの人も同じクラスだったんだ……。
生徒はぼんやりとそう考えて、すぐに顔を伏せて目を閉じたのだった。
☆☆☆

日向が来てから教室内のざわめきは収まらず、気がつけば先生がやってきていた。
生徒はのっそりと顔をあげてまだ若い男の担任を見つめた。

「はい、じゃあまずは自己紹介してもらおうかな」
入学してすぐにやる定番の挨拶だ。

ひとクラス35人もいるのに一気に自己紹介したって覚えられるわけがないと思うのだけれど、しかたない。
生徒の名字は霞だったので3番めに順番が回ってきた。

生徒はのっそりと立ち上がると誰とも視線を合わせること無く「霞……燐音です」とボソボソ呟いてすぐに席に座った。
先のふたりは趣味や特技を説明していたけれど、なにも話すことはない。

クラス内から一瞬「キモッ」という声が聞こえてきて、ついでクスクス笑いも聞こえてきたけれど、霞燐音がそちらに顔を向けることはなかった。

僕は霞だ。
誰にも気にされず、誰にも認識されず、霞のように生きていければそれでいいんだ。

大きなメガネがずれてきて慌てて指先で直し、ほうっとため息を吐き出す。
燐音にとって初日の挨拶は大成功だったと言えよう。
このまま順調に終わってくれればきっと今までにない学生生活を送ることができる。
それこそが燐音にとっての希望だった。

のだが……。
「はじめまして! 日向詠斗です!」

特別明るく弾むような声が聞こえてきて燐音は視線を向けた。
金髪に少し日焼けした健康そうな肌。

長い手足に輝くような白い歯。
日向詠斗が笑顔で挨拶をしていた。

その笑顔は自分にはないもので、一瞬視線が釘付けになってしまう。
「小学校の頃からバスケしてます! 高校でも続けるつもりです」

バスケときいて燐音はひどく納得した。
あの陽キャはバスケをして培ってきたものなのだろう。

日向詠斗の容姿とバスケがあまりにもしっくりきているので、嫉妬すら覚えない。
「詠斗、今年も1年よろしくな!」

「あぁ、もちろん」
「俺もバスケ部に入るんだ。今度はポジション争いも負けないからな」

「俺だって負けないからな」